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目を開けると、暗闇が支配していた。ぼんやりと浮かぶ松明の明かりが、目に刺さる。
「あら、起きましたか。随分と遅い目覚めですね」と呟いたのはマルラーだ。松明を持ったまま、俺へ近づく。
俺は、拘束されて地面に転がっていた。声の反響から察するに、ここは洞窟だろう。微かに聞こえる水滴の音が、静かな空間に響く。
「マルラー……これは一体?」
「今からあなたに、いくつかの質問をします。それに応えることができれば、無事に元の世界へ帰します」
松明が揺らぐ。彼女が深呼吸をした。
「アリスタを、見殺しにしましたね?」
「していない! 本当だ!」
俺は食い気味に答えた。しかし、マルラーの表情は固まったままだ。
片眉を微かに上げ「それじゃ、姫さまの元へ帰れませんよ?」と冷たく言い放つ。
「姫さま、ご懐妊とのことじゃないですか」
「な、なぜそれを……」
「私は、噂好きなので」
ふわりと微笑んだマルラーに、ゾッとする。
「……いいですねぇ。魔王を倒し、勇者だと持て囃され人気者になったあなたが、今度は姫さまと結婚。玉の輿ってやつですよね。素敵だわ。それに、姫さまは可愛くてあなたにぞっこんらしいじゃないですか。やけますねぇ」
そうだ。俺の人生は順調に進んでいるんだ。
田舎から出て、魔王を倒し、平和をもたらした上に、今度は王族となって悠々自適に暮らすことができる。
俺は、今からが本番なのだ。可愛くて若い嫁をもらい、金持ちになる。勇者として崇められながら何不自由なく生活するんだ。
恨めしげに見上げた俺の瞳を見て、マルラーが口角を歪めた。
「……ほら、早く。本当のこと、言っちゃえばいいんですよ。私、事実を知りたいだけなんです。アリスタがあなたの言う通りの最期を迎えたのか、どうかを」
「……」
息を呑む。事実を伝えるべきか、とマルラーを見上げた。
彼女の目は、全てを見透かすような魔力を感じる。俺は唇を舐めた。
「本当に、全てを話したら解放してくれるのか」
「はい」
「誰にも、他言しないと?」
「えぇ、秘密は守ります。正直なところ、私は真実が知りたいだけで、あなたを追い詰めたいわけではないので」
天使のような笑みに、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「……見殺しにしたのは、本当だ。だが、その言い方は正確ではない。あれは、仕方がないことだったんだ。彼女は負傷していたし、逃げることが難しかった。俺は君を担いでいたし、二人同時に救うことなんて……」
「なるほど。ところで、あなた、アリスタに告白して振られたって本当ですか?」
その言葉に、体が跳ねた。
────なぜ、それを。
出かけた言葉を飲み込んだ。
「私とアリスタはただの旅仲間ではありません。それ以上に深く、親密な仲でした。故に、あなたがアリスタに好意を寄せていたのは知っています。で、間違いありませんよね? あなたはアリスタが好きだった」
「……あぁ、そうだ」
もう言い訳は通用しないだろう。俺は高を括る。
「振られた日を境に、あなたはアリスタにひどく冷たくなりましたよね? そして、私に対して、妙な感情を孕んだ眼差しを向けるようになった」
まさか、そんなところまで悟られていたとは。俺は唾液を嚥下する。
「アリスタ、とても困っていました。「そういう感情はないと告げると、ひどく激昂された。それから、当たりが強くなった」と。その他にも、あなたはアリスタに嫉妬していましたよね?」
「……あぁ。そうだな。嫉妬していた」
「あら、認めるんですね。よかったです。これで一歩、外への道が近づきました」。煽るようにマルラーが笑う。
「……勇者は俺だけなのに、あいつの方がちょっと強いからって、持て囃されていた。「女勇者」なんて呼ばれて。俺は蚊帳の外だった」
「そうですね、そう呼ばれていた時期がありましたね」
「だから、俺は嫉妬していたんだ。俺の方が勇者に相応しいのに。それなのに────」
ぶわりと怒りが込み上げた。村人に勇者さまと呼ばれ、照れくさそうに笑うアリスタが脳裏を過ぎる。
「その上、ちょっと好きだって言っただけで勘違いして「そういうのは困る」とか抜かしやがって。ちくしょう。誰があんなプライド高いクソアマなんか本気で好きになるかよ」
口から言葉が止まらなくなる。
ここで吐き出せば、解放されるんだ。俺は晴れて金持ちだ。
マルラーから何を思われても知ったこっちゃない。
「あの日、殺すつもりはなかったんだよ。でも、たまたま魔物がいて、あいつが怪我して。そこで、チャンスだと思ったんだ。あのクソアマを消せるってな。本当は、余裕で助けることもできた。だって、実際はあの洞窟は崩れかけてなかったんだぜ?」
マルラーを見上げる。彼女の瞳が揺らいでいた。
「俺の魔法で、崩れるように仕向けたんだ。元々、脆かったと言うこともあって、天井は容易く落ちるように仕組めた。魔物を倒せるし、邪魔な女を排除できるし、一石二鳥だったんだよ」
ニタリと笑った俺に、マルラーは何も言わなかった。
「あの時、二人で協力して魔物を倒すことなんて容易かった。けど、俺はしなかったんだ。あいつを、殺したかったから。魔剣士の俺より目立って、勇者さまなんて呼ばれて。その上、俺からの告白を断ったあの忌々しい女を、殺したかったんだよ」
しんと静まり返る。「これで満足か? 縄を解いてくれ」と顎で指示すると、彼女は「なるほどぉ」と言いながら踵を返した。
「勇者さまは、そんなひどいことをしたんですねぇ」
「おい、どうしたマルラー。縄を解いてくれ」
ぐいと体を動かしてみる。
しかし、頑丈な縄なのかぴくりともしない。
「宴で仰っていましたが、あなたはもう魔法が使えないとのことで」
「……あぁ。使う機会もないしな。なぁ、マルラー。縄を解いて……」
「じゃあ好都合です。自力で縄は解けないみたいなので安心しました」
そう言い、洞窟の出入り口へ歩みを進める。窄まるように開いた小さな穴へ向かった。まるで吸い込まれ、消えていくようだった。
「何を言っている? おい、マルラー! 本当のことを言えば解放してくれるんだろ!?」
「まさか、あんな話を信じたんですか? 勇者さま。私はね、ひどい女なんですよ?」
振り返った彼女は、今まで見たことないほどの美しい笑顔をしていた。全身の汗が止まらず、呼吸が乱れる。
不意に、俺の後ろで物音が聞こえた。今さら、そこに誰かがいるという事実を知る。
「あら、私の魔法で眠りにつかせていましたが、起きたようです」
首だけを傾けると、そこにはゴブリンの群れがいた。暗闇に浮かんだヤツらは、ぬらりとした視線を俺へ向けている。
俺は引き攣った悲鳴を上げ、足をジタバタと動かす。
「あぁ。あなたが一番、幸せを感じるこの時に、復讐を果たせて満足です」
きっとマルラーは復讐の機会をずっと狙っていたに違いない。
俺が一番幸せになる瞬間に行動に出たのだ。姫との結婚、懐妊、玉の輿────全てを踏み躙るために。
「では、楽しい時間をお過ごしください、勇者さま」
俺の悲痛な叫びが洞窟内に響く。同時にゴブリンが俺の足を掴んだ。
「バイバイ」
ズシンと鈍い音が聞こえ、足音が遠ざかる。出入り口が岩で塞がれたのだろうと察し、俺は上手く呼吸ができないまま無我夢中で体を動かした。
────勇者。
うるさい。
────勇者。
うるさいうるさい。
────お願い、置いていかないで。
耳の奥で懐かしい声がこだました。
「助けてくれ!」
俺の声は誰にも届かないまま、闇に消えた。




