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夜が深まり、宴は解散した。「結婚式にはちゃんと呼ぶんだよ」と大きく手を振るルリィとセナに見送られ、俺たちは家を後にする。
「じゃ、あたしはこの辺で」
エルは酔っ払いそのものの顔つきで俺たちにそう告げ、魔法で風のように去っていった。
あんな状態でも魔法が使えることに感心しつつ、エルがいた場所をぼんやりと眺める。
酒で微睡んだ視界は、幾重にもブレていた。
「途中まで、一緒に帰りましょうか」
隣にいたマルラーが、目を細め俺へそう言った。
宴でも俺を避けているような対応をしていたマルラーからの声掛けに、俺はどぎまぎとしてしまった。
「あ、あぁ、うん」と歯切れの悪い言葉を残し、ふらつく足元もそのままに歩みを進める。
酒の入っていない彼女はハキハキとしていて、足取りも軽やかだ。
「まさか、勇者さまが結婚するだなんて」
「あ、あはは。本当、人生何が起こるか、分からないよな」
彼女と話していることに、心臓が脈を打つ。
実は、マルラーとはあまり仲良くなかった。
旅を始めたての頃はそれなりに会話をしていたはずなのだが、ある日を境に、彼女は俺を避けるようになった。
俺は、緩やかにマルラーのことが好きだった。顔が綺麗で、お淑やかで、スタイルが良くて、胸がデカくて────そんなことを考えていると、無意識に視線が彼女の胸元へ行く。
月明かりが照らす薄暗がりの中、色白の肌と、真白いワンピースがやけに明るく見えた。
「ごめんなさい、宴の最初に、空気が読めない発言をしてしまって」
「え? あ、あぁ、あのこと……」
きっとアリスタの話だろう。俺は気にしないでくれと言いたげに首を横に振る。
「アリスタは確かに、俺たちの仲間だ。むしろ、彼女の名前を出してくれて、良かったよ。ありがとうな」
笑いかけた俺に、マルラーは表情筋を一つも変えなかった。
穏やかに口角をあげ、目を細めて俺を見上げている。
その顔つきが恐ろしくて、酒で火照った体が冷えていく。
「アリスタは残念でしたね。冒険に危険はつきものです」
「……そうだな」
アリスタはとても優秀な女剣士だった。
ルリィと俺は剣を使い戦っていたが、彼女はその三倍はあろう大剣を掲げていた。
前衛は俺とルリィ、そしてアリスタが担当していて、彼女はパーティーの要とも言える存在であった。
最初のうちは、俺より「勇者さま」と呼ばれることが多かった。
女勇者が引き連れた一行が世界を救う、と持て囃されていたぐらいだ。
「あの日、あんなことがなければアリスタは……」
ふと、アリスタが亡くなった日の記憶が蘇った────途中で寄った街で、討伐の依頼をされたのだ。
その街はとても大きく、立派だった。故に、無碍にするわけにはいかなかった。
旅をしている間、俺たちには「魔王を倒す勇敢な冒険者」という肩書きがつきまとう。
そのため、依頼を蹴って一般人を見捨てたとなると、後々厄介なことになりかねないのだ。
俺とアリスタ、マルラーは洞窟内を。ルリィとセナ、エルは森を探索するため、二手に分かれた。
その最中に、あの事故は起きた。
洞窟内を探索している最中、最奥で今までに見たことがない巨大な魔物が現れた。
戦いを繰り広げる中、まずマルラーが戦闘ができないほど負傷した。気絶したマルラーを庇いながら敵の攻撃をかわすアリスタは、足に大きな怪我を負った。
そして、洞窟の最奥で戦闘をしていた俺たちに、さらなる悲劇が降り注いだ。
それは、洞窟の崩壊だ。
「アリスタ、逃げるぞ」。俺はマルラーを抱え、そう叫んだ。
しかし、彼女は聞く耳を持たなかった。「ここで逃げたら、私の評判が悪くなる。絶対に引かない」。そう頑固に拒絶をした。
俺は崩れそうになる天井を見つめながら、何度もアリスタへ声をかけた。
だが、彼女は魔物との戦いに夢中なようで、俺の声は届いていなかった。
アリスタは俺たちを巻き込んでまでも、自我を優先させたがったのだ。
しかし、俺には世界を救うという名分がある。
だから俺はマルラーを抱えたまま、逃げた。
その後、彼女は魔物と共に生き埋めになった。
アリスタはとても頑固だった。そしてプライドが高かった。故に、あんな結果に終わってしまった。
だが、彼女が魔物と対峙してくれていなければ、俺たちはどうなっていたか分からない。
だから、彼女には感謝している。
「私が戦闘不能になって気絶していなければ、あんなことには……」
「違うよ、きっと結果はあまり変わっていなかった」
あのあと、俺はマルラーを抱えて街へ戻った。医者へ診せ安静にさせたのち、目覚めた彼女に全ての事柄を伝えた。
マルラーはひどく混乱していた。何度も「その話は事実ですか?」と疑いの目を向けた。
その度に、俺は静かに頷くのだった。
「それに、アリスタをやむを得ないとはいえ、見捨てたのは俺だ。だから、君はそんなに落ち込まなくていい。あれは、仕方がないことだったんだ」
「本当に、仕方がないことだったんですか?」
色のない声が、静寂に響く。氷のように冷たく、そして鋭い音だ。
マルラーは無表情で俺を見上げている。
「本当に?」
「あ、あぁ。あれは、仕方がないことだったんだ。どうしようも、なかった」
「嘘ですよね?」
「え?」
俺の素っ頓狂な声が響く。
マルラーが薄い唇を動かした。
「あなた、アリスタを見殺しにしましたよね?」
「な、何を、何を根拠に、そんな」
「……私、途中で意識が戻ったんですよ。あなたに抱えられている最中、衝撃で目が醒めまして」
俺は目を見開いた。まさか、アリスタと俺の会話を、マルラーが聞いていたとは。
汗が全身から溢れ、伝っていくのが分かった。
「アリスタは、最後の最後まで、剣士らしく足を負傷しながらも戦っていました。それは、事実です。そして、洞窟が崩れかけていたのも、事実です。ですが、あなたはアリスタとの会話をひどく捻じ曲げていますよね? 「ここで逃げたら、私の評判が悪くなる。絶対に引かない」。アリスタがそう言ったとあなたは断言していました。けれど、違いますよね? アリスタは気高い剣士でした。しかし、そんなこと、一言も言っていなかったはずです。「待って、勇者。私を置いていかないで」。そう、言っていたはずです。違いますか?」
射るような目が俺を捉えている。思わず唾液を嚥下した。
「……あの時、私も声が出せないほど負傷していました。けれど、聞き間違えることはない。アリスタの────あんな悲痛な叫びは。「やめて、置いていかないで」。あなたにそう訴えていた。でも、目の前には魔物がいて、牙を剥いてきていて、一瞬でも隙を見せたら首根っこを掻き切られる。そんな状況。崩れ落ちそうな天井、負傷して瞬発的に動くことができない足。全て、彼女にとっては悪条件だった。その上、今まで旅を共にしてきた頼れる仲間が、自分を囮にして魔物から逃れようとしている……きっと、あの人は怖かったに違いない」
マルラーが淡々と語る。その様子は、何もできなかった自分への不甲斐なさも滲ませていた。
「やっと意識がはっきりとして、あれが現実だとじわじわ認識した時、あなたは私に先ほどの説明をした。アリスタが自分のプライドを守るために我が儘を突き通した、と。けれど、その説明は私の曖昧な記憶の出来事と一致しなかったんです」
あの日、マルラーはしきりに「その話は事実ですか?」と疑いの目を向けていた。
あの目はそう言うことだったのか。俺は舌打ちをしそうになる。
「君は、勘違いをしている。俺がそんなことするはずないだろう」
「……えぇ。私も最初はそう思っていました。少なくとも短い間ですが、共に戦ってきた仲間です。そんな仲間の言葉を信じたい。嘘であって欲しい、と。けれど、それ以上に、私はあの人────アリスタを知っています。だから彼女が、プライドを優先させて仲間や自分を危険に晒す行為はしないと理解しているんです」
マルラーの声には憎しみが含まれていた。
それは愛する何かを失った、哀愁漂う気高き者のようであった。
「あなた、アリスタを見殺しにしましたよね?」
もう一度、問われる。食い入るようなスカイブルーの瞳が恐ろしい。
その眼球に映る自分は、ひどく老けて見えた。
「まさか、そんな。マルラー、君は酔っているんだ」
「私は、酒を一滴も飲んでいません」
「この時のために」。そうひとりごち、俺に手を翳した。
視界が幾重にもぶれ、呼吸をすることさえままならない。
マルラーを見上げる。彼女は無表情のまま俺を見下ろしていた。
瞬間、地面が歪んだ。膝に力が入らず、その場に崩れ落ちる。
「あなたが酒をたらふく飲んでくれていて、よかった。術が効きやすくなっている」
風が吹いた。痺れた体に染み渡る。「助けてくれ、マルラー」。その言葉を喉から搾り出すことができないまま、俺は地面に突っ伏せた。




