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「アンタ、学校で授業したんだって?」
現役の頃より幾分かふっくらとした女剣士のルリィが、豪快にガハハと笑い、俺の肩を叩いた。
子供を身籠っている腹は膨れていて、旅に出ていた頃の面影は無い。白に近い金髪を乱暴にひとつ結びにし、それを高い位置で結っていた。喋るたびに、馬の尻尾のように揺れる。
「すごいじゃないか、子供達に教えを説くだなんて」とルリィの旦那になった弓使いのセナが肩を竦めた。
セナは、昔と一ミリも変わらなかった。変わるとすれば、薄い緑の髪を少し短めに切り揃えているという点だろうか。
彼らは旅の途中で惹かれ合い、魔王を倒したのちに結婚をした。
男勝りな性格をしたルリィと優男のセナがまさかと思っていたが、ヒーラーのマルラー、魔術師のエルは気がついていたらしく「鈍感だねぇ」と笑われた。
「俺が話せることなんて、ほとんどないけどな。魔法も、もう使えなくなったし」
「おいおい、世界を救った勇者さまなのに、怠け癖がついてるのか?」
以前より弱くなってしまった俺は自嘲気味に肩を竦める。
「さて、今日は久しぶりにパーティーのみんなが集まったわけだけど」
ルリィが重そうな体を起こし、椅子から立った。隣でセナがあわあわとしている。
俺たちは今日、ルリィたちの家に呼ばれていた。広いテーブルを、懐かしい顔ぶれが囲っている。その上には豪華な料理が並べられている。鼻腔を擽る肉の香りと、ジョッキに注がれた酒にごくりと喉が鳴った。
「なんで集まったか、分かるね?」
ニヤリと笑ったルリィは、冒険をしていた日々によく見た、変わらぬ笑みを浮かべている。魔術師のエルがすかさず野次馬のように「勇者さまの結婚祝いでーす」と声を上げた。
重そうなローブを身に纏った彼女は、ショートヘアの赤髪を揺らしながらジョッキを掲げる。
その姿は旅をしていた頃となんら変わりなく、幼い少女のように見えた。
ルリィがエルを指差し「その通り!」と歯を見せる。
「いやぁ、まさか。アンタが結婚するだなんてねぇ」
「それも、この国の姫さまとでしょう? いいねぇ。田舎にいた剣士の息子が冒険に出て、魔王を倒して、数年後に若くて可愛いお姫さまと結婚だなんて。よ、玉の輿!」
エルが茶化した。笑うたびに八重歯が見える。
俺は彼女らの囃し立てる声を手で払いながら「あぁ、うるさい、うるさい」と唇を尖らせた。
「その祝いとして、この場を設けた。さぁ思う存分、食べたり飲んだりしな!」
「君は、お酒を飲んじゃダメだよ?」
「わかってるっての」
セナがルリィを労ると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。「ひゅう、いつでも熱いねぇおふたがた」とエルがまだ酔ってもいないのにゲタゲタと笑う。
ふと、エルの隣に視線が向かう。ずっと笑みを変えないままニコニコとしている、まるで聖女のような存在────マルラーがそこにいた。
真白いワンピースに包まれた彼女とは、もう久しく会っていなかった。
家業を継いでいるとは聞いたがその程度で、旅をしている間もあまり話したことはない。
自然と、視線が彼女の胸元へ向かう。豊満な膨らみを、食い入るように見つめた。
「ねぇ、姫さまのどんなところに惹かれたんだい?」
セナが俺に問いかけた。突然の問いに体を揺らした俺を見て、エルが「名誉?」と煽るように言った。
「お前はいつまで経っても生意気だな」と返し、咳払いをする。
「小柄で、可愛いところかな」
「え、じゃあ、あたしとそっくりじゃん」
「エル、口を挟まないで」
「あと、エルより賢くてお淑やかだ」
「はぁ〜? 喧嘩売ってんの、勇者さま?」
エルとの言い合いは、旅の途中でよくあったことだ。懐かしさに顔を見合わせて笑う。
「いい子に見初められたんだね。おめでとう。君は幸せ者だな」
「あぁ、幸せだ。すごく。今まで生きてきた中で、一番……幸せだ」
セナの穏やかな笑みに、俺は頬を掻きながら頷く。
「こうやって、パーティーのみんなで祝えて、嬉しいよ」
ルリィが目尻に浮かんだ涙を拭っている。
「すぐ泣くなよ」とエルが言うと「子供を身籠ると涙腺が弱くなるんだよ」とルリィが返した。
「いませんよね?」
透き通った、まるで川のせせらぎのような音に、その場の空気が止まる。声の主へ視線を投げた。
マルラーだ。彼女は目を伏せ、テーブルに置かれた食事を、フォークで弄っている。頬杖をつき、口元だけ愉快げに歪めた彼女は、どこか不気味に見えた。
「……何が?」
ルリィがポツリと呟く。彼女の頬は引き攣っていた。
「アリスタが、いませんよね?」
その名前に、一層、空気が凍った。あれだけ楽しげにしていたエルも目を伏せている。
ルリィが「その話は────」と言葉を濁し、セナが視線を逸らした。
「……彼女のためにも、私たちが笑顔を絶やさず、幸せに暮らそうよ。それが、アリスタにできる弔いだと、私は思ってる」
ルリィが腹を撫でながらひとりごちる。俺はあえて口を挟まないようにしていた。
その間、マルラーは一度も視線を上げなかった。かちゃかちゃと食事を弄り、やがて花が咲いたかの如く笑う。
「そうですよね。ごめんなさい」
いつも通りの笑みに戻った彼女にホッとしたのか、エルが肩へ手を回した。
「呑もうよ」と誘う言葉に、マルラーは眉を下げ「お酒は苦手なの」と断る。
「無理して進めるなよ」と咎めた俺へ、彼女が視線を合わせることは一度も無かった。




