第7話・幼き喪失のひとひら~虚ろの滓は朱に染まり~
第5章 セント・ブレイズ~今、誓約を胸に~
第7話・幼き喪失のひとひら~虚ろの滓は朱に染まり~
ジャンヌの動きが止まった。
振り上げた神剣は振り下ろされることなく、その手を離れ、床に落ちて大きな音を立てる。
幻影の天使は姿を消し、その身を包む朱金の光も消失する。
クスリと、アーグは小さく笑い声を漏らした。
何が起きたのか理解できなくて、ファンも、リオンも、クロードも、ただ呆然とジャンヌを見る。
「…ふ…っ」
苦痛を色濃く宿す吐息が漏れて、ジャンヌの足元に赤いシミが広がっていく。
「…な、んで…?」
「っ!姫様!!」
呆然としたリオンの掠れた声と、怒気を宿したファンの悲鳴はどちらが先だったのか。
ジャンヌの後ろで、小さな影がゆらりと揺れる。
「…アイン…?」
その影を、クロードが信じられないと言わんばかりに呼んだ。
「く、くくく…あはははは…!」
堪えきれないとばかりにアーグの哄笑が響く。
「…っ!」
同時に戦斧を跳ねのけられて、クロードはたたらを踏み、アーグは一歩、後ろに下がる。
今まさにジャンヌが神剣を振り下ろさんとした、その瞬間に、突然起き上がったアインが、手にしたナイフで背中側から脇腹付近を刺した。
「その子の心の宝石は、ここにあるんですよ?」
堪えきれない笑いを零しながら、アーグはその手の剣を軽く返して、その柄に嵌まった濃紫色の宝石を示す。
「…言ったでしょう?この呪いの魔剣は、13人分の子供の負の感情を宿し、それを『増幅させるための心の宝石』と、『制御するための心の宝石』を配しています。と…増幅に使っているのは貴女の弟君のものですが、制御に使っている心の宝石はその子のものです」
「「「…な…っ!?」」」
説明に絶句するファンたちの前で、ゆっくりとジャンヌは膝から崩れ落ちる。
パシャリと跳ねた血だまりが、アインにかかって朱を散らす。
「…正直、蠱毒の呪いとしては失敗だったのですが、おかげで面白いことになりました…」
愉悦に歪む三日月が、倒れ伏したジャンヌを見下ろす。
痛みを堪え、ジャンヌはアーグを見上げた。
強く、睨む。
「…姫様!!」
「っ!ジャンヌ!!」
ファンとリオンがジャンヌを呼ぶ。
両手で持ったナイフでジャンヌを刺し、その刺したナイフをためらいなく抜いたアインの顔に表情はない。
涙の跡が残る青ざめた頬に、薄く開いた唇から零れる吐息。
そして、光のない、霞がかった瞳がぼんやりと、見るとはなしに向けられているだけ。
「さあ。ディエルの巫女?」
呼び掛けたアーグが切っ先をジャンヌに向ける。
クロードがジャンヌを庇うようにその身を滑り込ませた。
戦斧の切っ先をアーグに向け、けれど体は、アインとの間に向けて、盾のように立つ。
「っ!?クロード!!」
リオンが悲鳴のような声で叫んだ。
「お前の死で、事は成る」
そんなリオンを無視して、アーグは嫣然と笑う。
呪いの魔剣を振り上げる。
同時に、アインも手にしたナイフを構えた。
「ここに我が呪いは完成し、女神の力を巫女を通じて封じる。死になさい。ジニア・プローフ・ジャネット!」
(殺される――っ!!)
振り下ろされる、赤黒い剣から目を逸らせない。
仮に、クロードが受け止めてくれたとしても、それは一時しのぎ。
アインがクロードを刺して、その次の一撃は防げる者がいなくなる。
あるいは、アーグの代わりにアインがジャンヌに止めを刺す。
幼いころ、笑顔で自分の後を追って来た弟。
何の反応も示さない現在。
厳しくも優しい皇帝。
いつでも頼りになる自慢の父と、優しく美しい母。
それから…
次から次に、大好きな、大切な人たちの姿が脳裏に浮かぶ。
「っ…ジニア、さまっ!!」
ファンが声を荒げる。
「敬称」でも「愛称」でもなく、特別親しい、許された者だけが呼べる「ジニアの名」で。
一番。大事な、人――
自分のすべてと引き換えて、他の多くが助かるのなら、死ぬことだって恐れない。
でも、自分の死が、自分にとって大切な、多くの人たちを悲しませるとしたら…。
…そんなことは、できない。
すべてが助からなければ、意味はないのだ。
(死ねない。死にたくない――!)
そして、もうこれ以上、誰も傷ついてほしくない。
(女神よ――。わたしに、力を!!)
傷つけるためではなく、守るため、救うための――力を。
「「っ。させる…かぁ…っ!!」」
ファンとリオンの声が重なる。
神剣が、四本同時に眩い光を放った。
ご覧いただきありがとうございます!
この第7話をもって、第5章完結です。
物語は、予期せぬ展開を迎えました。ジャンヌを刺したのは、なんとずっと意識が戻らなかったアイン!
アーグの口から、魔剣の恐るべき仕組みが明かされます。ジャンヌの弟ジョンの心の宝石だけでなく、アインの心の宝石までもが、制御のために利用されていました。
深手を負って、倒れ伏してしまったジャンヌに、今度こそとどめを刺さんと歩み寄るアーグ。
絶体絶命、文字通りの死の宣告を前に、ジャンヌが願ったのは「守るための力」。
ジャンヌの願いに呼応するように神剣が同時に光を放ちます!
この光は、アーグを打倒する「真の力」となるのか?
絶望の中、物語は第6章へ――!
次話もどうぞお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
【読者の皆様へのお願い】
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【本作は第1部まで執筆完了済みです。安心して連載にお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
――――――
ノリト&ミコト




