第2話・再会~この機会を最大限に~
第5章 セント・ブレイズ~今、誓約を胸に~
第2話・再会~この機会を最大限に~
眩い光に視界を遮られた直後、鼻をつく異臭にジャンヌたちは顔を顰めた。
目が眩んでしまったために視界が利かなくて、その代わりに嗅覚が鋭くなってしまったせいもあるかもしれない。
「……何?この臭い?」
「くっさ……なんだよこれ?」
文句をつけるジャンヌとリオンは状況を理解できていないようだったが、視界が利かなくても、この臭いで何が近くにあるのかをファンとクロードは察して警戒を高める。
「ずいぶんとのんきですね?それとも、状況が分かっていないせいでしょうか?」
「「「「っ!?」」」」
そこに、若干呆れたような男の声がして、思わず体を硬直させる。
ファンとクロードが咄嗟に剣を抜き、声の方を向いた。
徐々に、視界も回復してくるが、直前まで日の光に照らされた明るい室内にいたはずなのに、ここは窓がなくてずいぶんと暗い。
そのせいで視界が利かないと感じている部分もあったようだった。
よくよく目を凝らすと、場所がジャンヌの部屋の居間ではなくなっていた。
どこかはわからないが石造りの部屋。
ざっと見た限りでは窓も扉もなく、壁際にぐるりと並んだ明かりが部屋を照らしている。
天井は高く、広さはそれほどではない。
床には黒焦げになった物体が折り重なり、首を切り落とされた傷だらけの子供が3人。
その中心には寝衣を着たアインが俯せに倒れていた。
「ひっ!?」
「「……っ!?」」
「……ぅっ」
それが子供たちの死体だと分かった瞬間、ジャンヌが口元を覆って喉の奥で悲鳴を上げる。
ファンとクロードも微かに眉を潜め、リオンは思わず嘔吐く。
「久しぶりですね?ジニア・プローフ・ジャネット……そして、ディアス・ラーシア・ファーン=フロークス」
「「……っ……!」」
この惨状も、4人の様子も気にせず、穏やかに微笑んで男が呼びかけた。
名を呼ばれたジャンヌとファンが一瞬身を強ばらせる。
声の方に視線を向けて、男の姿を目にした瞬間、ジャンヌの体に衝撃が走った。
それは一見、若い男だった。
黒ずんだ血のような暗い赤色の髪と瞳を持ち、目を見張るほどに整った容貌に穏やかな微笑みを浮かべている。
神官衣に似た、けれども暗い赤色のローブを身に纏った二十代半ばほどの男は、だがその背に、人とは違う特徴を持っていた。
「何だ?こいつ。知り合い?というか……」
硬直した2人の様子に気付かずに、何とか吐き気を押さえたリオンがぼそりと呟く。
「……羽がある?」
男の背に、人には存在しないそれを見て、人間ではないことはわかった。
だが、一体何者だというのか……ジャンヌとファンの知り合い?
「っ。リオン……」
緊張感の少し足りていないリオンの様子に、クロードが腕を引き、背に隠す。
一体何だとリオンはクロードを見るが、その眼差しは男を見据えたまま、一度も動かない。
「貴方がたは新顔ですね?クロード=トレーニア。そして、リオン……でしたか」
「「……っ……!?」」
クスリと笑った男に名指しされて、クロードとリオンも身を強張らせる。
ただ名前を呼ばれただけ。
それなのに、僅かでも動けば、その瞬間に死ぬような、そんな恐怖を感じた。
「……誰なんだ?こいつ?」
喧嘩は怖気づいた方が負ける。
だからリオンはごくりと唾を飲み込んで、あえて強気な声を出す。
「私の名はアーグ。覚えて頂かなくて結構ですよ?貴方がたには、ここで死んで頂くのですから」
そんなリオンの様子に、優雅に一礼したアーグがにこやかに応える。
ひゅっと、リオンは息を飲んだ。
その名前を、リオンも知っていた。
何度も何度も、ジャンヌから聞いた、ジャンヌが探す魔族の名前。
5年前、皇太子宮が襲撃され、当時の皇太子夫妻を始めとして、多くの犠牲者を出した大事件。
その事件の襲撃者である魔族の名前。
それが『アーグ』だった。
ようやく見つけた。
それがジャンヌの正直な感想。
同時に、忘れかけていた恐怖も思い出して、体が震えるのを止められない。
それが悔しくて、ジャンヌはぎゅっと唇を噛み、アーグを睨む。
リオンに教えてもらった喧嘩の極意を、リオンの声で思い出していた。
怖気づいた方が負ける。
恐れを見せれば、隙をつかれる。
それは5年前にも思い知った。
だから、怯えはもう見せない。
もう、怯えて、助けを求めるだけの子供じゃない。
今度は自分が、助ける。
そのために、力を求めた。
魔族に負けない、魔族を倒せる力を。
ジャンヌはゆっくりと、腰の剣を抜き、その切っ先をアーグに向ける。
「っ!姫様!」
そんなジャンヌの様子に、ファンが小声で、だが明らかな叱責を込めて呼ぶ。
正直、最悪だ。
というのがファンの感想。
アーグは並の魔族とは違う。
それは5年前に相対した時に思い知った。
いくらまだ見習いだったとはいえ、幼い時から騎士としての鍛錬に励み、ジャンヌたちの一番近くに仕え、守ることが役割だったというのに、一太刀浴びせるどころか、何もできずに無力化されたのは苦い記憶だ。
ジャンヌは神剣があればどうにかなるとでも思っていそうだが、そんなはずはない。
少なくとも、自分ならば情報収集は怠らないし、得た情報から対策を立てる。
ここ数日起こった呪師家系の子供の連続失踪事件も、街中でジャンヌが結界に閉じ込められたのも、そこに魔物が現れたことも、すべては繋がっているに違いない。
そう考えれば、先日、インスが作った影人形が制御下を離れて暴走したことだって、アーグの仕業である可能性が高い。
こちらの情報は筒抜けで、むしろ、自分が有利になるように状況を整えたからこそ、ジャンヌをこの場に呼び寄せたに違いないのだ。
むやみにジャンヌが飛び出さないように牽制しつつ、ひそかにクロードに合図を送る。
当然、クロードも相手の危険性や、こちらの不利を悟っているだろう。
だからこそ、リオンが無茶をしないように腕を掴んだまま背に隠し、前には出させない。
おそらく、アインの様子も気にはなっているのであろうが、それでも優先順位は間違えない。
下手にリオンが動けば、つられてジャンヌも動く。
2人が動けば、それで終わる。
もちろん、このまま睨み合いがずっと続くはずはないが、だからと言って無謀で無策な特攻など意味がない。
どこかで均衡は崩れる。
いや。そもそも、アーグが動かずにいるからこその、この状況なのだから、所詮は相手の掌の上とも言える。
だが、そうだとしても、何とかこの場を乗り切らなければならない。
どうすればよいのか。
内心の焦りを押し隠し、ファンは必死に打開策を探った。
なるほどこいつがそうか。
というのが、リオンの感想だった。
リオンは魔族など初めて見た。
というより、殆どの者が魔族と遭遇したことなどないだろう。
だから、魔族というのがどんな存在なのかをちゃんと知っている者は少ない。
ジャンヌからは人間にそっくりで、背中に羽が生えていた。
とだけ聞いていたので、魔族とはそういうものなのだと思ってはいたが、なるほど聞いていた通りだ。
実際には、魔族と言っても姿は色々あるし、その実力のほどもおおよその見当はつくのだが、それを知っているのは、一部の呪師と護衛官のみ。
この中では、クロードくらいしか見た目から実力を測ることはできない。
だからリオンは、先ほど名を呼ばれた時に感じた恐怖を勘違いだと、無意識で自分に言い聞かせる。
言い聞かせている時点で勘違いではないのだが、無意識なのでそのことには気づかない。
クロードに右腕を掴まれているので、剣を抜けないのがもどかしい。
そんな風に考えながら、その腕が震えていることには見て見ぬふりをする。
ナヨっとして弱そうなやつだ。
と心の中で嘯いて、さてどう動くべきかと妄想を広げる。
正直、正面から殴り掛かればそれで倒せそうな気もする。
もちろん、そう簡単にはいかないのだろう。
何しろ、相手は自称魔族。
魔法の1つや2つ、使ってくるかもしれない。
というか……
「こいつら殺したのお前か?」
「リオン……」
黒焦げの物体と、首を落とされた傷だらけの子供の死体を視線で示して、一応確認する。
他には考えられないが、だが理由はよくわからない。
それを確かめる目的もあった。
咎めるようにクロードが呼び掛けるが、リオンは真っ直ぐにアーグを睨んだ。
不確定要素が多すぎる。
クロードはそれを心配していた。
この場に連れ込まれた瞬間の臭いで、死体があることはわかっていた。
それはつまり、死体を作りだしたものがいることを示し、実際に直後に声をかけてきたものがいた。
惨状があることを示す臭いの中で、ごく穏やかに。
それだけで状況の悪さが分かるというもの。
だと言うのに、状況を理解していない上に、何をしでかすかわからない者が複数いる現状は正直困難を極める。
これがファンと2人だけであったり、あるいはそこにアインがいるだけならば、まだよかったのだが……
ジャンヌもリオンも悪い子ではない。
普段であれば、多少のことは「2人だから仕方がない。」で済ませられる。
だが、完全人型の魔族を前に、しかも相手の領域に呼びこまれた状態で、不確定要素があるのは不安を通り越して恐怖に近い。
即ち、全員の死という結末を招く恐れがあった。
ファンやクロードの不安をよそに、リオンの問いかけにアーグはあっさりと返す。
「いいえ?私は子供たちを集めて、蠱毒の呪いをかけただけです。殆どの子供は、ここに紛れ込んできた皇宮呪師が殺しましたね」
「なっ!?」
「は!?」
あっさりと答えられて、その思いもしない回答に、ジャンヌとリオンは目を丸くする。
「私が呼んだのは子供だけだったのですが……近くにいたのか、皇宮呪師が1人ついてきてしまいましてね……最後に呼んだ子と親しいようでしたので、少々趣向を凝らしたところ、彼が殆ど殺してしまいました」
軽く肩を竦めて続けたアーグの言葉が信じられない。
おそらく、アーグの言う皇宮呪師はインスのこと。
他に該当者をジャンヌたちは知らない。
だが、インスだとしたら、なぜそんなことをしたのか……
それが理解できなかった。
「……蠱毒の呪いは、かけられた者が殺しあう」
その疑問に答えるように言ったのはクロードだ。
というより、他に蠱毒の呪いを説明できるのはアーグだけなので、教えられる者が限られてしまう。
「ああ。そういえば、殆どの人間は魔法に詳しくないのでしたね。その通りです。蠱毒の呪いは、対象に殺し合いをさせ、最後の1人から呪詛の種という呪いの素を作らせる魔法です。かけられた者は条件を満たした上での殺し合いしかできなくなりますし、解呪には最低でも術者……今回で言うなら、私の魔力を上回らなければ不可能です」
「魔族の魔力を上回っての解呪は、人間にはできない……しかも、解呪は神官呪師にしか使えない魔法だ」
人間の魔法の認知度を思い出してアーグが解説し、クロードが補足を入れる。
「つまり、皇宮呪師であるインスには解呪はできない。だが、その魔法にかけられている子供たちは放っておいてもお互いに殺しあうだけだった。と言う訳か……」
「なんてことをっ!!」
低い声でファンが呟き、ジャンヌは怒りを露わにして怒鳴る。
「貴女のせいでしょう?」
クスリと笑って、あっさりと言い切ったアーグの言葉に目を丸くする。
は?と間の抜けた声が漏れた。
「貴女が神剣の封印を解いたから、私はそのお相手にふさわしい剣を用意しただけです」
言いながら、アーグは軽く右手を掲げる。
その手の上に、赤黒い炎が現れ、細長く伸びて剣の姿を取った。
炎と同色と言えばいいのか、刀身が赤黒く輝き、柄の両面には薄青い宝石と、濃紫の宝石がそれぞれはめ込まれていた。
「蠱毒の呪いで生み出した呪詛の種から作った呪いの魔剣です。13人分の子供の負の感情を宿し、それを増幅させるための心の宝石と、制御するための心の宝石を配しています」
ちなみに……とアーグは口元に笑みを這わせて続ける。
「増幅に使っている心の宝石は貴方の弟君のものです。5年前に手土産に頂いた、少々おイタが過ぎた皇子様の、ね」
「っ!!」
「姫様っ!!」
それを聞いた瞬間、ジャンヌはアーグに切りかかっていた。
ファンの制止も間に合わない。
ほんの一瞬で間合いを詰め、上段から一閃。
真っ直ぐに振り下ろされた剣撃を、アーグはあっさりとその手の剣で受け止める。
「無謀ですね。動きも遅いし、軽くてぬるい」
「うるさいっ!!」
溜め息混じりの退屈そうな声に、なおさら逆上して、ジャンヌは声を荒げる。
次々と繰り出される攻撃を軽くいなすアーグに、ファンも剣を向ける。
少なくとも、何とかジャンヌを引き離す必要があった。
「所詮はお姫様のお遊びですか……型通りで、実戦に使えるものではない。あなたも……」
割り込むようにして剣を向けたファンの刃を受け流す。
「以前よりは楽しめそうですが、それでも弱い」
クスリと笑うアーグがファンを見た。
ご覧いただきありがとうございます!
第5章第2話は、壮絶な戦いの幕開けとなりました。
ジャンヌたちが転送された先は、インスとアインがいた、あの蠱毒の呪いの現場でした。黒焦げの死体と、切り刻まれた子供たちの亡骸が残る部屋で、彼らを待ち受けていたのは、魔族アーグ。
リオンは、アーグが5年前の皇太子宮襲撃事件の犯人であると確信し、緊張感は極限に高まります。
そしてアーグが作り上げた魔剣。その力の源について衝撃的な真実が明かされます。
怒りに燃えて、ジャンヌは神剣を手に斬りかかりますが、あっさりと受け止められてしまいます。
アーグとの絶望的な実力差を前に、4人はなすすべなく屈してしまうのか!?
次話もどうぞお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
【読者の皆様へのお願い】
「面白い」「続きが気になる!」と感じていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけますと、連載を続ける何よりのエネルギーとなります。
また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【本作は第1部まで執筆完了済みです。安心して連載にお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




