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第5話・その魂に、~刻まれたもの、刻んだ者~

第4章 昏き闇の炎は呑み込む



        第5話・その魂に、~刻まれたもの、刻んだ者~



 アーグの言うとおり、インスの体に絡みつく魔力でできた糸は、少しづつ体に食い込み、締め上げ、肌に直接触れている部分では、既にうっすらと、赤い血が滲みだしていた。


 もちろん、インス自身も抵抗していないわけではない。


 だが、いくら逃れようと身を捩っても、より強く巻き付いてくるだけで、緩みも弛みも一切なかった。


 開始の合図と共に、子供たちがナイフを手に、ゆっくりと囲むようにインスに近づいてくる。


「インス様っ!」


「近づいてはだめですよ」


 悲鳴を上げたアインに視線を向けることなく、インスはきっぱりと言い切る。


 インスの視線は、子供たちに向いていて、その動きを慎重に見ていた。


「……さて、どうしますか?」


 クスリと笑ったアーグが、口の中で呟き、インスとアイン。


 そして子供たちの様子を、まるで見世物を楽しむかのように眺めた。


 蠱毒こどくの呪いは強制的に殺し合いをさせる魔法。


 そのため、魔法にかけられた側は、一切の逃走、拒絶、防衛ができない。


 できるのは、条件を満たすこと。


 即ち、対象への攻撃のみ。


 更に言うなら、実は、自我はそのまま残されている。


 だから、子供たちの表情は戸惑いと恐怖。


 体が自分の思う通りに動かない戸惑い。


 そして、この場で言うなら、武器を手に、人に向けているという恐怖。


 自分が何をしようとしているのか、何をさせられているのか、本能的に感じ取っているが故の恐怖であり、その先にある死への恐怖だ。


 子供たちが完全に自分を囲み、怯えた表情でナイフを構える様子を確かめて、インスは僅かに目を伏せた。


「……すみません。私では、君たちにかけられた呪いを、解くことはできないのです」


 それから、口の中で小さく呟く。


 解呪の魔法は白魔法を使える神官呪師しんかんじゅしにしかできない。


 皇宮呪師こうぐうじゅしであるインスが、子供たちにしてあげられることがあるとすれば、それは……


「だから……」


「っ!インス様っ!?」


「……へぇ?」


 続けたインスの言葉と同時に、魔法陣が浮かび上がる。


 驚いて、アインは声を上げ、アーグも軽く目を見張る。


「その魂に、安寧を……業火包尽ラグナ・フラミ!」


 魔法を発動させる、その合図の言葉と共に、漆黒の炎が吹き上がった。


 魔法陣の円周に沿って、左から右へと走る炎が、次々と子供たちを飲み込んでいく。


 上がる悲鳴と、燃える臭い、爆ぜる音。


「……っ!!」


 あまりの状況に、アインが口と鼻とを覆って吐き気に耐える。


 目の前で自身が引き起こした惨状を、インスは瞬きすらせずに見つめた。


 微かに顔を顰めはするが、視線は逸らさない。


 それは、命を奪う者が負うべき業。


 同時に……


「っ。ちっ!」


 炎が消えたその後に、まだ動く存在があることに気付いて、インスは小さく舌打ちする。


 慎重に位置を測って発動させたはずだったが、魔法の範囲から外れた子供が3人。

 

(取りこぼした……3人も!)


 悲鳴のような奇声を上げ、恐怖に引き攣った表情で子供たちはナイフを振り回す。


 当然だ、一瞬にして命を刈り取る魔法を間近で使われて、しかもそれは自分も飲み込むはずだったのだ。


 恐れないはずがない。


 もとより攻撃することしかできない状態にされてはいたが、これで子供たち自身も、『自らを脅かす存在』としてインスを認識し、排除しようとする。


「……分割意識に、並列思考。多重詠唱……()()()()の人間でそれができる者がいたとは驚きですね」


 狂ったようにナイフを振り回す子供たちを眺めながら、アーグは小さく呟く。


 人間が魔法を使うには、呪文を唱え、場合によっては呪印いんを結ぶ必要がある。


 だが、インスはアーグによって拘束されている状態。


 呪印を結ぶことはできないし、呪文の詠唱もしていないように見えた。


 そもそも、普通に話をしながらの詠唱は不可能。


 それが可能だったのは、インスが普段から特別な魔法を使っているから。


 それが『分割意識』と呼ばれる意識を複数に分ける魔法。


 『並列思考』と呼ばれる、同時に別々の意識で思考する魔法。


 そして、その2つの魔法を利用した『多重詠唱』と呼ばれる技術。


 先ほどの攻撃魔法は、普段思考している意識とは別に、同時進行で思考できる複数の意識を作り、それらに呪文の詠唱をさせることで、呪印を結べないことによる構築の不足と不備を埋めて()()()()発動させた。


 だからこそ、効果は本来よりずっと弱かったし、対象の取りこぼしも発生してしまっている。


 更に……


(今ので、残っていた魔力がほぼ尽きた……これ以上の魔法は使えないっ)


 がむしゃらに振り回されるだけのナイフは、狙いが定まっているわけではないし、そもそも子供の力。


 一撃で致命傷になるような攻撃にはならない。


 だが、我を忘れて攻撃を繰り返しているので、いくらかは肌を掠め、皮膚を切り裂く。


 子供たちの叫びと、アインの悲鳴じみた呼びかけと、面白がるようなアーグの呟きと……


 体に巻き付き、締め上げ、食い込む拘束魔法の糸。


 痛みに微かに顔を顰めて、苦しさに息を吐く。


 くらりと意識が途切れかけるが、すぐに来る痛みに引き戻される。


「……さて、君はどうしますか?」


 しばらく様子を眺めて、アーグはアインに目を向ける。


 声をかけられたアインは怯えたように息を飲み、振り返ってアーグを見上げた。


 2人の間には、アーグが呼び出した両刃のナイフがまだ浮いていて、耳には子供の奇声と、インスの苦しげな声が響いてくる。


「このまま、彼が子供たちに殺されるか、捕縛の糸に殺されるのを待ちますか?」


「……っ!」


 改めて突き付ける。


「どうやら、彼にはこれ以上の隠し玉はなさそうですし、あったとしても魔力ちからが足りなさそうです」


 アーグの言うとおり、インスにはもうできることがない。


 磔にされた位置から動くこともできないし、魔力不足で魔法も使えない。


 時間が経てば経つほど、捕縛の糸に体を断ち切られそうになっていくし、狙いも定まっていないとは言っても、何の偶然で急所をナイフが裂いていくかわからない。


 現に今も、危うく喉元を切り裂かれそうになって、無理やり首を逸らして避けた結果、糸に喉を圧迫されて息ができなくなりかけていた。


 そのタイミングで糸も締め上げてきたせいで咳き込み、喘ぐ。


 インスにはもう、アインたちの方にまで意識を回す余裕はない。


 だからアーグがアインの退路を断っていくのを止められなかった。


「彼が死ぬ前に、子供たちが全員死んだら、彼は皇城に返してあげます。そう、言いましたよね?」


「あ……」


 目の前に浮かぶナイフが、明かりを受けて鈍く煌めく。


 悲鳴のような子供たちの声と、インスの声。


 吐き気を催す異臭と、面白がるように細められたアーグの眼差しに、頭の芯がぼうっとしてくる。


 思わず右手で額を押さえ、息を吐く。


「……っ!?」


 グラグラする思考に飲み込まれかけた瞬間、今までにない引き攣ったようなインスの悲鳴にハッとして視線を戻す。


 1人の子供のナイフが、インスの左足の太ももに刺さっていた。


「インス様っ!!」


「……ぐっ」


 子供は狙って刺したわけではないが、切り傷と刺し傷では傷の深さが違う。


 アインの声でそちらのことも思い出すが、インスにはくぐもった呻きを飲み込んで、痛みに堪えることしかできない。


 子供の力、しかも偶然刺さった程度では、それほど深いとは言えない。


 だが、子供はナイフを抜こうと両手で掴んで引っ張ったので、激痛に甲高い悲鳴が漏れた。


 傷口からは血が噴き出し、震える体から力が抜けて、ぐったりと項垂れてしまう。


 拘束魔法の捕縛の糸に抵抗していた力も奪われて、体重がかかったせいでより深く食い込んできた。


「……っ!?」


 抵抗する力を失ったインスに向かって、子供たちがナイフを振り上げる。


 振り回して切り裂くよりも、上から下へと振り下ろして刺した方が効果が高いのは自明の理。


 目を見張ったアインが、無意識に呪文を唱える。


 同時に床を蹴って走り出した。


「……詠唱?」


 軽く目を見開いて、アーグはアインを見る。


 どう見ても、13歳に満たない子供が、魔法を構築していく。


「……っ!?アイン、く……」


回復ルイオエル


 子供たちから守る様にインスに抱き着いて、アインは魔法を解き放つ。


 回復魔法の、白い光が、酷いケガを緩やかに癒していく。


「っ!離れて!危ないっ!!」


 ハッと気づいたインスが掠れた声を張る。


 振り下ろしかけたナイフを、子供たちは途中で不自然に止めた。


 そのおかげで、アインにナイフが刺さる事態にはならなかったが、深く考える間もなく、子供たちはインスの背後に回り込む。


 舌打ちしてインスは首を巡らせるが、拘束された状態では後ろをきちんと見ることができない。


 正面からインスに抱き着いてきたアインだけが、後ろに回り込んだ子供たちが、ナイフを握りしめて飛び掛かってくるのを見た。


「っ!?アイン君!ダメですっ!!」


 呪文の詠唱に気付いて、インスが制止を呼び掛ける。


 だが、アインは右手を子供たちに向けて開くと、魔法を解き放つ。


空刃切裂エウディヤ・ドゥグン


 見えない風の刃が発生して、子供たちの体を切り裂く。


 悲鳴を上げる間もなく、その首が宙を飛び、切り刻まれた体が地に倒れ、一瞬遅れて、頭が床を跳ねた。


「アイン君っ!!」


「っ!!??」


 呼び掛けにハッとして、アインは肩を震わす。


「……あ?」


 手を向けた、その先に、倒れた3人の子供たち。


 床に、赤い水たまりが広がっていくのを見る。


 転がった頭部が、怯えた表情のまま固まって、瞳を見開いたままのその1つと……目が合った。


「……え?……ぁ……っ。ああっ!!」


 今、自分が何をしたのか……


 遅れて理解して、アインが悲鳴を上げた。


 両手で頭を抱え、膝から崩れ落ちて慟哭する。


「あーっ!!」


「っ!?」


 叫びと共に、魔力が暴発した。


 吹き飛ばされそうになって、けれど拘束魔法でその場から動けない。


 悲鳴を上げるアインの後ろに、アーグが立った。


 インスがハッと気づいた瞬間。


 軽く手刀を落としてアーグはアインの意識を刈り取る。


「……はい。ご苦労様でした」


 穏やかに笑むアーグをインスは唇をかみしめて睨む。


「約束通り、貴方は皇城に返して差し上げます」


「まっ……!」


 視線を向けたアーグの言葉に、咄嗟に声を上げる。


 だが、無造作に胸を押されて、同時に拘束の魔法を解かれ、後ろに倒れて行く。


 周囲を囲む赤い光。


 この場に連れてこられた時と、同じ魔法陣が描き出され、体と意識が引っ張られる。


 そして……


 背を打った衝撃に息を飲んだインスの耳に、聞き覚えのある声が悲鳴のように響いた。

ご覧いただきありがとうございます!


第4章が、怒涛の展開をもって完結です!


蠱毒の呪いによる殺し合いは、インスとアインにとって最悪の結果を迎え、インスはアーグによって強制送還。


ラストに示された「聞き覚えのある声」の主は一体誰なのか?


そして、アーグの手の内に残されてしまったアインの運命は!?


次話もどうぞお楽しみに!


【今後の連載スケジュールについて】


続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!


【読者の皆様へのお願い】


「面白い」「続きが気になる!」と感じていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけますと、連載を続ける何よりのエネルギーとなります。


また次回もどうぞよろしくお願いいたします!


【本作は第1部まで執筆完了済みです。安心して連載にお付き合いください。】


【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】


――――――

ノリト&ミコト

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