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第4話・愉悦に嗤う絶対者~狭間で惑う幼心の~

第4章 昏き闇の炎は呑み込む



       第4話・愉悦に嗤う絶対者~狭間で惑う幼心の~



 最悪だ。


 というのが、インスの正直な感想だった。


 呪師(じゅし)は魔法でしか対処できない存在への対応をするために魔法を学び、使う。


 基本的に相手は魔物。


 時に自然災害への対応や、獰猛な野生動物の駆除に駆り出されることもあるが、魔法がなくとも何とかなる現場に出向くことは少ない。


 というよりも、呪師の数がまだまだ足りなさ過ぎて、他に回せないといった方が正しい。


 その中でも、皇宮呪師は魔物の討伐に出向くことが多い。


 理由はいたって簡単。


 皇宮呪師では、怪我の治療や毒への対処、浄化、解呪などができないから。


 それらは神官呪師が使う白魔法でしか対処できないので、神官呪師には攻撃魔法を使わせるよりも、後方支援として配置した方が効率が良い。


 インスは皇宮呪師として、精霊魔法と黒魔法。


 その両方を、かなり高度な魔法まで自在に使えるだけの才と魔力を持っている。


 他の呪師では対応できない凶悪な個体の討伐に、幾度となく駆り出されたことがあり、相手の力量を読む力と言えばよいのか……その脅威度を何となく察することができる。


 過去には、魔物を超える危険な存在として、魔族、亜魔族との遭遇・討伐もあった。


 魔物というのは、基本的には魔力を有し、普通よりも凶悪化した動植物を指す。


 それに対して、魔族の多くは人に似た姿かたちをしていて、体の一部に、人とは違う特徴を持ち、亜魔族は、人よりも魔物に近い姿をしている。


 魔物と亜魔族の違いは、意思疎通の容易さと精神性。


 魔物は所詮は動植物が魔力を有して凶悪化した本能だけの存在。


 亜魔族は、魔族由来の思考力の高さや知性を持つ。

 

 実際には、下位の魔族が亜魔族と呼ばれているだけで、両者共に魔族に違いはないのだが、人間が対応できる限界の存在として、魔族、亜魔族と呼び分けている。


 さて、それを踏まえて、アーグの姿を観察すれば、その外見は人そのもの。


 人間と違う部分はと言えば、その背の羽くらいなものだが、おそらくそれも、その気になればきれいに隠せてしまうのだろう。


 間違いなく、最高位に近い魔族だ。


 もとより人間がどうこうできる範囲を超えている上、殆ど魔力もからっぽで、体調も万全とは言えない状況。


 しかもアインという子供を抱えて対峙できる存在ではなかった。


 更に……


(先ほどの言葉から察するに、目的はアイン君の方……私に用はない。つまりはただの邪魔者)


 必要のないものが紛れ込んでいた時に取る行動は一つ。


 異物の排除だ。


 ただ、その排除が、単純に退けるだけなのか、それとも殺してしまうのかという違いはあるかもしれない。


 単純に退けるだけ、あるいは、興味さえ持たないのであれば、生き残れるかもしれないが、少なくとも既に認識はされている。


 この時点で詰んでいるといえるだろう。


 魔族が、己にとって価値のない相手に忖度するはずもない。


 邪魔な存在は消し去るだけだ。


「…………っ」


 そのことに、アインも気づいたのだろう。


 縋るように抱き着いてきて、インスも強く抱き返す。


「……ほう?」


 その様子に、アーグはすっと目を細めた。


 面白がるように、薄く微笑む。


「「っ!?」」


 次の瞬間、インスの体が何かに引っ張られ、あっという間に拘束されてしまう。


「……っ。くっ!」


「インス様っ!」


 細い糸の様な魔力が全身に絡みつき、膝立ちするような体勢で何もない空間に磔にされてしまった。


 インスと引き離されたアインが咄嗟に手を伸ばす。


「おっと。君はだめですよ」


「っ!?」


「アイン君!」


 だが起き上がったところで、アーグが後ろからアインの腕を捕らえ、抱き上げてしまう。


「いやっ!放して!……インス様っ!!」


「アイン君!落ち着いて!!」


 逃れようと身を捩り、必死に自由になる左手を伸ばす。


 きりきりと体を締め上げる魔力の糸に抵抗しながら、インスもアインに呼び掛ける。


 アーグの目的が分からない以上、その腕の中に捕らわれてしまったアイン自身も危険であることに違いはない。


 強制的に起き上がらされた状態になって、ようやく周囲の様子も目に入ってきた。


 アーグから目を離した瞬間、何が起こるかわからないので、全体を観察することはできないが、どうやら石造りの建物の中のようだった。


 見える範囲には窓も扉もなく、壁際にぐるりと並んだ明かりが部屋を照らしている。


 天井は高く、広さはそれほどではない。


 そして、大きくて奇妙な箱のようなものが等間隔で並んでいた。


 暴れるアインを難なく抱いたまま、アーグはゆっくりと箱の前に移動する。


 部屋の左の端から、右の端まで、まるでインスに見せつけるように歩いて、そこから中ほどに戻ると、箱を背にして向き直った。


「……十、三?」


 緊張したままその動きを追っていたインスは、無意識に箱を数えて青ざめる。


 クスリと、アーグが笑った。


「……まさか」


「貴方が聡ければ、その『まさか』で当たりですね」


 ぱちりとアーグが指を鳴らすと、箱が消えて、代わりに子供が現れる。


 箱の中にいたのは、全部で13人の子供。


 年齢はアインより少し上の10歳前後といったところか……


 少年が9人。


 少女が4人。


 どの子も横たわったまま、身じろぎ一つしない。


 眠っているようだった。


 周囲を見回して、アインも子供たちに気付いて息を飲む。


 インスの視線が、確かめるように子供たちを見る。


 それから、ゆっくりと口を開いた。


「……行方が分からなくなっていた、呪師の家系の子供たち?」


「そうですね。魔力が少しでも高い方がよかったので、呪師の家にいた子供を選びましたから」


「その人数が、13人?」


「ええ。13人必要でしたので」


「……必要」


 その言葉に、インスは思わず目を瞑る。


蠱毒(こどく)の、呪い?」


「っ!?」


 呻くように呟いたインスの言葉に、アインが息を飲む。


 緩やかに弧を描いた唇が、面白がるように細めた眼差しが、瞠目するインスを見た。


「思った通り、貴方は聡いようですね。そういう方は好きですよ。テンポよく会話を楽しめます」


 口調に言葉通り悦びを滲ませ、言外に肯定する。


 インスは微かに息を飲み、真っ直ぐにアーグを睨んだ。


 蠱毒の呪いというのは、呪詛(じゅそ)の一種。


 本来は蛇やネズミ、蜘蛛などの小動物や虫を使って行う呪術で、それらを一つの狭い空間に閉じ込め、魔法をかけることで()()()()殺し合わせる。


 そして、最後に残った1体からは呪詛の種という呪いの素が作成される。


 必要なのは同じ種類の生き物を13。


 そして、逃げ場のない空間だ。


 翻って、ここはどこかの建物の中と思われる石造りの部屋。


 天井はそれなりに高いようではあるが、広さ自体はそれほどでもない。


 そして部屋には、窓どころか、扉も見える範囲にはなかった。


 もしかしたら、背後に扉があるのかもしれないが、開くことはないのだろう。


 何より、13人の、同年代の子供たち。


「……蠱毒の呪いをその子たちにかけたのだとしたら、なぜ?」


「なぜ?とは?」


 インスの問いかけに、アーグは微かに首を傾げる。


 質問の意図はわかっていたが、あえて言葉に出させようと先を促す。


「アイン君です。蠱毒の呪いに必要な13人は既に揃っていたのでしょう?なら、どうしてアイン君を連れ込んだのです?」


「……ぁ!」


 インスが言葉にして言ったことでアインも気づく。


 蠱毒の呪いは13人いればよい。


 むしろ逆に、多くても少なくても呪詛の種は発生しない。


「……ああ。本当に聡いですねぇ。嬉しいですよ」


 くすくすと笑いだしたアーグを、怯えた眼差しでアインは見上げる。


 間近で見て初めて、その目が複眼になっていることに気付いた。


「この子の役目は、呪詛の種から作る魔剣の制御です」


「魔剣の、制御?」


 答えに、インスもアインも戸惑って、インスが口に出して繰り返す。


「ええ……。13人分の子供たちの、痛み、苦しみ、悲しみ、憎しみ、嘆き、恨み……ありとあらゆる負の感情を閉じ込めた呪詛の種から、私は魔剣を作る予定です」


「っ!?まさか……」


 ハッと、インスが気付く。


 アーグが魔剣をわざわざ作ろうとしている理由。


 それに、思い当たってしまった。


「そう。巫女姫が神剣を手にしたので、そのお相手をするためですよ」


「……なっ!?」


 クスリと笑うアーグの言葉に、アインは思わず声を上げる。


 それはつまり、ジャンヌが神剣を手に入れたから、蠱毒の呪いを使ったということ。


 蠱毒の呪いは、黒魔法に分類される魔法で、正直に言えば人間の呪師にも使える。


 この魔法をかけられた対象は、術者のつけた条件を満たした上で殺しあう。


 呪いを打ち破る方法が皆無、というわけでもないのだが、そのためには最低でも()()()()()を上回らなければいけない。


 それは、かけられた側が自身で解く場合も、神官呪師が使う白魔法による解呪でも同じ。


 今回の場合、蠱毒の呪いをかけた術者がアーグなので、人間が解呪するのはまず不可能。


 次の問題は、殺し合いの条件となるだろう。


 とりあえず、今はまだ子供たちは眠っているようなので、開始が合図されていないことはわかっている。


 ここまでを理解したところで、インスはアーグの考えに思いを巡らす。


 アーグにとって、インスの存在は予定になかったはず。


 そうなると、当初の予定では蠱毒の呪いをかけた13人の子供たちには、ごく普通に殺し合いをさせ、最後の1人となるのを待つだけだったはず。


 最後の1人となった後、呪詛の種を取り出す方法は、ぱっと思いつくところで三つ。


 一つは普通にアーグ自身が殺して取り出すこと。


 もう一つは、生き残りの子供に自殺をさせることで取り出す方法。


 そして最後の一つは、アインに殺させること。


 このうち、アインに殺させる方法を取ることで、呪詛の種から作る予定の魔剣との親和性を高めるつもりだったのだとしたら、今の現状でやろうとしていることが見えてくる。


「……なるほど……それで、この高さですか」


 そこまで考えて、インスは口の中で呟く。


 アーグが、膝立ちの状態という、中途半端な高さにインスを磔にした理由。


 この高さは、子供たちの身長に合わせてあるのだ。


「……本当に、話が早くて助かります」


 微笑んだアーグがもう一度、ぱちりと指を鳴らす。


 微かな呻き声をあげて、子供たちが身じろぎする。


 それぞれの前に、両刃のナイフが現れて、明かりを受けて鈍く煌めく。


 ゆっくりと、子供たちがナイフを手に起き上がると、アーグはアインを床に下した。


 だが、まだ肩を押さえたまま。


 下ろされた瞬間に走り出そうとしたアインを止める。


「蠱毒の呪いの条件その1。皇宮呪師の殺害」


「えっ!?」


 静かなアーグの言葉に、アインが驚いて声を上げる。


 立ち上がった子供たちが、開始の合図を待って、ゆらゆらと体を揺らしながらインスに向き直る。


「その2。それぞれの殺害」


 無視して、アーグは二つ目の条件を告げた。


 目を(すが)めたインスがアーグを睨み、子供たちを見る。


「そして、君には選択肢を上げましょう」


「選択肢……?」


 アーグがアインを見下ろし、笑む。


 戸惑って繰り返したアインの耳元に顔を寄せ、首を竦めたアインに囁きかける。


「子供たちが彼を殺す前に、子供たちが全員死んだら、彼は皇城に送り返して差し上げましょう」


「……なっ!?」


 びくりと震えたアインは、まじまじとアーグを見つめた。


 アーグはアインから手を放し、くるりと手首を捻って、右手を差し出す。


 その手の上に、子供たちと同じ両刃のナイフが浮いていた。


「さあ。君はどうしますか?」


「……っ!」


 促されて、アインはアーグを見、手をどかしても空中に浮いたままのナイフを見、子供たちとインスを見る。


「アイン君。だめですよ」


 視線が交わった瞬間、インスはきっぱりと言い切った。


 緩く、アーグの唇が弧を描く。


「っ!……でもっ!」


 思わずと言ったように声を上げたアインから視線を逸らさずに、インスは首を横に振る。


「君はまだ、命のやり取りをしてはいけません」


 正確に言うのなら、それにまだ耐えられない。


 食肉を得るために、狩りで獣を獲る者もいる。


 狩りを生業とする家に生まれた子供は、必然的に幼いうちから命のやり取りを目にする機会が多くなる。


 だが、それでも直接的に獣の命を奪うことが許されるのは、12歳を過ぎてから。


 10歳ごろから親や知り合いの狩人に付いて行って、狩りの仕方や罠の仕掛け方、あるいは、採取可能な植物の見分け方などを実地で学ぶが、獣の息の根を絶つところまではやらせない。


 命を奪う。


 その重さは、人の命であれ、獣の命であれ同じ。


 呪師の学校の最低入学年齢が13歳以上で、討伐参加可能年齢が15歳以上なのは、魔法で命を奪うのは、武器を使って命を奪うよりも容易であるから。


 容易過ぎるがゆえに、安易に、不用意に命を奪うことがないように、最初の『ひとつ』は必ず自分の手で直接止めを刺させる。


 魔法ではなく、討伐時に携帯する武器を使って命を絶たせる。


 それによって、肉を切り、骨を断ち、命を奪う。


 その重さを理解させるのだ。


 耐えられない者は、狩人にはなれないし、討伐にも参加できない。


 如何にアインが魔法の才に長け、年齢以上の精神的な落ち着きと賢さを兼ね備え、特例で魔法を学ぶことを許されているとしても、この一点は変わらない。


 アインにはまだ、命のやり取りに参加させられるだけの心の強さは、ない。


 それが分かっているから、インスはアインを止める。


 アーグの狙いは、アインに他人を傷つけさせ、命を奪わせ、その重さで心が壊れそうなほど傷つくことだと分かったから。


 いや。むしろ、心を壊してしまうことが目的なのかもしれない。


 心が壊れて、廃人となった呪師はもう魔法は使えない。


 自我を喪失した者など、生きていたとしても死者同然。


 だが、その身の内の魔力がなくなるわけではない。


 そうなれば、アインの持つ膨大な魔力は使い放題。


 それによって魔剣の制御とやらをするつもりなのかもしれなかった。


「……インス様」


 不安に揺れたアインの声がその名を呼ぶ。


「一つ、教えておきましょう」


 そこにアーグが口を挟んできた。


 ハッと緊張して、2人はアーグを見る。


「子供たちはまず最初に貴方を殺します。それまでは、子供たち同士の殺し合いは始まりません」


 穏やかに微笑み、涼しげな口調で、インスに告げる。


 もちろん、アインにも聞かせている。


「ですが、貴方が死ねば、子供たちは殺し合いを始めます。蠱毒の呪いを解くつもりはありませんので、それは変わりません」


 ここまでは、先ほど言ったことの確認に過ぎない。


「それから、貴方の命を脅かすのは、子供たちだけではありません」


「……えっ!?」


 続けられた言葉に、アインは息を飲み、インスは無言で睨みつける。


「……そう。気づいていますよね?その捕縛の糸は、時間経過で貴方の体に食い込み、締め上げ、やがて断ち切ります。今も、少しづつ糸に締め上げられていて、ずいぶんと苦しくなってきているのでしょう?」


「……っ!?」


 驚いて、アインはインスを振り返った。


 目を見開いて、インスに纏わりついている魔力の動きを見る。


 アインの目に、見者(けんじゃ)の目に、少しづつインスの体を蝕む魔力が見えた。


「インス様!」


 声を上げたアインに応えないまま、インスはアーグを睨み続ける。


 アーグはクスリと笑った。


「ですから、子供たちが貴方を殺す前に、その捕縛の糸が、貴方を殺すかもしれませんね?」


「そんなっ!」


 アインの声が悲鳴のように響く。


「さあ、では、そろそろ始めましょうか」


 それを無視して、アーグは三度、指を鳴らした。

ご覧いただきありがとうございます!


第4章第4話は、魔族アーグの恐るべき真の目的が判明し、息をのむ展開となりました。


アーグは、神剣に対抗するため、蠱毒の呪いを用いて魔剣を作ろうとしていました。その生贄として集められていたのは、行方不明となっていた13人の呪師の家系の子供たち。


そして、アインに課せられたの役目は、この魔剣の「制御」でした。


アーグは、インスを人質にとり、アインに究極の選択を突きつけます。


果たして、アインが選ぶのは一体どんな道なのか。そして、拘束されてしまったインスの命運はいかに!?


次話もどうぞお楽しみに!


【今後の連載スケジュールについて】


続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!


【読者の皆様へのお願い】


「面白い」「続きが気になる!」と感じていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけますと、連載を続ける何よりのエネルギーとなります。


また次回もどうぞよろしくお願いいたします!


【本作は第1部まで執筆完了済みです。安心して連載にお付き合いください。】


【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】


――――――

ノリト&ミコト

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