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第1話・医務殿の呪師たち~事件のあとに残された~

第4章 昏き闇の炎は呑み込む



       第1話・医務殿の呪師たち~事件のあとに残された~



 初秋の風がさわやかに吹き込む部屋で、微かな呻き声を漏らして、1人の男がゆっくりと目を開く。


 見覚えはあるが、自分の部屋ではない天井をボーと眺めた。


 部屋にあるのは簡素なベッドの他には、水差しなどが置かれた小テーブルだけ。


 窓は大きく開かれて風を通してはいるが、白いカーテンが日差しを程よく遮っている。


 シンプルというより、一切無駄なものが置いていない部屋は、質素でありながら隅々まで掃除が行き届いて清潔。


 床も壁も天井も、どころかリネンの類に、着ている寝衣まで柔らかな白色だった。


 部屋の入口には扉がなく、廊下から室内を確認できる造りになっているが、しんとして余計な物音は聞こえてこない。


「起きたか」


 寝すぎで痛くなった体の調子を確かめるようにモゾモゾしていると、部屋の前を通りかかった白いローブ姿の男が気付いて声をかけてくる。


 茶色の髪に、青灰色の瞳。


 年のころは40歳手前か、眉間に皴を寄せて見下ろしてくる。


「…………ああ。はい。おはようございます。ウスニーさん」


 寝起きの頭はあまりよく働いていないのか、枕元で立ち止まったその姿をしばらく眺めて、相手が誰なのかを思い出したところで挨拶をした。


 寝かされていたのはインス。


 声をかけた白いローブの男は、この皇宮医務殿(こうぐういむでん)で医師として勤めている神官呪師(しんかんじゅし)のウスニー=メンテといった。


 ちなみに、見覚えはあるが、自分の部屋ではないのは、医務殿の病室に寝かされていたから。


 更に言うと、インスがここで目を覚ますのは他の者より異常に多い。


 故に、殆ど第二の寝室状態だった。


「もう昼過ぎだぞ?おはようには遅すぎる」


「……ちなみに、何日後のお昼過ぎですか?」


「3日だな」


「……やっぱり……いえ。思ったより早かった。というべきかもしれませんね」


 のんきに挨拶をしてきたインスにあきれて、ウスニーは溜め息を吐く。


 起き上がろうとするインスに手を貸し、上体を起こして座らせた。


 続いて差し出されたコップを受け取り、インスはゆっくりと中身を飲み干す。


 ちょっと顔を顰めたのは、中身がただの水ではなく薬の入った薬水だったから。


 体に疲れが残っているのか、それとも単に寝すぎのせいか。


 だるさと痛みを感じるが、動けないほどではなさそうだった。


 ただ、回復量と言えばいいのか。


 あれから3日後の昼過ぎまで眠っていたにしては、回復している魔力の割合が極端に少ない。 


 そのせいか、魔力不足で起こる体調不良がまだ残っているようで、軽い眩暈と頭痛を感じた。


「で、今回は何をしでかしたんだ?お前だけではなく、アインにリオン。ジャネット皇女も意識がなかったそうだし。クロードも小一時間ばかし仮眠が必要になってたぞ?」


「う~ん。どこまでお話ししていいのか……ええと。ジャンヌ様やリオンさんはともかく、アイン君も意識がなかったんですか?」


 インスが薬を飲んでいる間に体調を確認して、ウスニーは診察結果を書きつけつつ口を開く。


 治療の一環として、事情は聴いておかねばならない。


 問いかけに、少し考えるようにしたインスは、逆に質問を返した。


「そうだな。ジャネット皇女に関しては、侍医(じい)殿からの情報共有だけで、私が直接診察したわけではないが、リオンと2人、翌朝までぐっすりだったそうだ」


「ああ。それでも翌朝には起きられる程度で済んだということですか」


「リオンやクロードの様子。それから、侍医殿の話からして、ジャネット皇女も。いわゆる魔力切れの症状に近かったようだな。魔法を使えるはずもないのに」


 ジト目で睨むウスニーに、インスは苦笑いを返した。


 魔力切れの症状が起こるのは、当然魔力を使うことがある呪師だけ。


 似たような状態というのならば、限界まで体力を使い切って、疲労困憊で眠ってしまった場合だろうか。


 子供が遊びすぎて、疲れを自覚する前に寝落ちした状態に近いかもしれないが、ジャンヌもリオンも、もちろんクロードも、流石に寝落ちするまで疲れに気付かない年齢ではない。


 それからウスニーは、インスが意識を失って医務殿に運び込まれてからの、知りうる限りを話していく。


「訓練中に事故があってお前らが倒れたとの報告だったな。お前は魔力切れ。アインは、理由はわからないが似たような状態だと思われる。呪師が2人とも落ちた後に事故原因となったものを、ジャネット皇女たちが片づけた結果、疲れで皇女とリオンは寝ちまって、クロードも仮眠を取ることになった」


「ファン卿とステールさんも一緒だったはずなんですが」


「知っている。ここに救援要請に来たのはステールだ。要請に来て、一応あいつも診察は受けて、その後は報告に行ったはずだ。で、昨日までは念のため休養ってことで非番だな」


 なるほど。と頷いたインスに話を続ける。


「ファン卿は皇女をお部屋に運び込んで、侍医殿の診察結果が出るまでは付き添っていたようだが、そのあとは諸々報告があったり、仕事があったりして皇宮や神殿とのやり取りの後は執務室だろう。昨日まではジャネット皇女も大事をとって休まれてたし、今日も部屋からは出ないように、ファン卿に言われた護衛が目を光らせてるよ。クロードとリオンも一応昨日までは休みだった。今日は出仕していると思うぞ。……で?」


 そこまで言って、ウスニーはインスの肩を掴んだ。


 驚いたインスが思わず身を引こうとするが、それを許すはずもなく、がっちりと掴んで顔を寄せる。


「お前は何をやらかした?極秘訓練にジャネット皇女がいるのも変だが、集まってる人間もおかしいだろ?ファン卿とクロードだけならまだ皇女の付き添いかと思うが、なんでか護衛騎士の一員になってるリオンに、もっとわからないのはアインだ。これだけならなんでかはわからないが、皇女とその護衛騎士の集まりだといえなくもない。でもそこに何でお前とステールまでいるんだよ?どうせお前がろくでもないことを言い出して、ステールも巻き込まれたんだろうけど……いい加減、医務殿を寝室代わりにするような事態はやめろ」


「近い、近い、近い!」


 真正面から睨みつけ、がくがくと肩を揺さぶるウスニーから逃れようと身をよじるが、体力も相当落ちているようで振りほどけない。


 というか、掴む手に力が入りすぎていて、普通に痛い。


「別に、私だって好きで医務殿に担ぎ込まれているわけじゃないんですよ!」


「その割にお前ほど頻繁に魔力切れ起こしてぶっ倒れる呪師はいないけどな?……まあ、正直、普段の討伐任務の時ならまだわかるんだよ。お前が倒れるくらいのヤバいのが出たか、新人どもが下手打って火消しで無茶する羽目になったんだろうってな?」


 ちなみに割合としては、新人の火消しが95%。


 全力を出さないと倒せない相手との遭遇が5%だ。


 そのくらい、インスは突出した実力者だともいえる。


「で?それを踏まえての今回だ。お前とアインだけならまだ、授業中にアインがやらかして、その火消しでお前まで倒れたのかとも思えるが、倒れたのはお前が先だって話だし、そもそも、だったら何で皇女やファン卿、リオンまでいたんだよ?」


 ちなみに、この場合、クロードとステールがいたのは護衛官としての同行だろうと分かっているので、この2人はいても全くおかしくはない。


「アイン君は授業の一環もあって呼び出したので、あながち間違っていませんが、今回のメインはジャンヌ様たちの方だったからですよ」


 インスの言葉に、ウスニーはようやく肩から手を放し、腕を組む。


 解放されたインスは大きく息を吐いて、疲れたようにウスニーを見上げた。


「それに、私が知っている範囲でアイン君がやらかして倒れたのは、保護されてすぐの1回だけで、授業中に問題になるような事態は1度もありませんでしたよ」


 問題を起こすことを極端に恐れているともいえるアインは、習い始めの生徒が犯すような失敗を起こしたことが1度もない。


 自分を過信していないのか、単に自信がないのかはわからないが、指導役の教師の言った通りに魔法を構成するので、暴走も暴発も起こらない。


 逆に、本人に判断を委ねて使わせると、結果が教師役の予想外、予定外になることは多いが……


 ただそれでも、丁寧に構成するし、慎重に使っているので、火消しに回らなければいけないような事態になったことはなかった。


「皇女たちの方がメインってことは……もしかして、先日神殿で起きたっていう魔力暴走に何か関係してるのか?」


 それはジャンヌが神剣の封印を解いたせいで起こった事件だった。


 詳細までは知らされてはいないものの、神官呪師が神殿の異変に気付かないはずもない。


 公式には、事故の発生とだけ告知されていたが、それだけではないだろうというのは、ある程度の実力を持ち、それなりの地位に就く者には共通の認識だ。


 尤も、だからと言って、隠された詳細を暴こうと思う者はいない。


 それは、知る必要がないから伝えられていないのだと分からない程度の者が、それ相応の地位に就けるはずもなかった。


 ウスニーは皇宮内に設置された神殿所属の医務殿を統括する立場にある。


 言ってみれば、皇宮内神殿の医務長官。


 配属の医師、医呪師、薬師などと、その助手らを管理する立場にあり、皇宮内神殿に範囲を限ればトップの1人。


 皇都・アンシェは主神殿があるので、そちらが上位神殿となり、皇宮内神殿は分殿に位置づけられているため、皇都内の神官としての地位は一段下になるものの、他都市の神殿で言うなら神官長の1人とされる存在だった。


 ちなみに、相手に合わせて言葉遣いを変えるのなんて当然のことではあるのだが、インスに対するウスニーの言葉遣いが少し乱暴になるのは、それだけインスが面倒ごとを頻発させているから。


 遠慮がなくなったというよりも、若干の苛立ちをぶつけていると言った方が正しい。


「そこまでわかっているのなら、お話しましょうかねぇ……神剣です」


 ウスニーは息を飲む。


 その一言で、先日の魔力暴走が何だったのかも、その結果、ジャンヌたちが神剣を手にしたことも、その神剣の力を使えるようにするための訓練だったことも分かって、苦虫を嚙み潰したかのような顔でインスを睨む。


「お前。何てことバラしやがる……国家機密だろ?」


「聞いてきたのはウスニーさんの方じゃないですか」


 呪い殺しそうな目で睨んでくるウスニーに、インスは軽く肩を竦めて返すと、溜め息を1つ。


「問題は、アイン君まで倒れてしまったことですか……そこまで無理をさせる予定ではなかったんですが」


「バカを言え。その場にいた呪師はお前とアインだけだったんだろう?お前がつぶれたら、アインがどうにかするしかなくなる」


 そのせいでちょっとした問題にもなっているのだが、とりあえずその件は置いておく。


「アインは魔力切れだけじゃないな。今朝には落ち着いてきたが、運び込まれた当初、体内で妙な魔力が暴れてた」


「妙な魔力?」


 より重要な案件として、何か知っていないかと問いかけられたインスは眉を潜めて聞き返す。


 聞かれたところで、インスはアインが意識を失う直前に出現した水と氷でできた獣のことを知らない。


 体内に神剣が入り込んでしまったせいもあって、ジャンヌの護衛騎士の1人とされたことは(こっそりジャンヌから)聞いていたが、神官ではないインスには、神剣に関する知識も足りていないので、それが関係しているのかもわからない。


 そもそも、本人以外の魔力が感じられるとしたら、それは何らかの魔法をかけられているということだ。


 だが、自分が知っている範囲で、意識を保っていた間に、アインに対して何らかの魔法が使われた形跡はないはずだった。


「当然、何らかの魔法かと思ったんだが、詳細が分からない。下手に解呪しようとしたところで失敗するのがオチだし、最悪逆効果になりかねないから、そのまま寝かせておいた。今朝になってようやく落ち着いてきたばかりだから、あっちはまだ寝てるはずだ」


 その反応に、どうやら詳しくは知らないようだと判断して、ウスニーはアインが寝かされている病室を親指で示して告げる。


「……様子を見ても大丈夫ですか?」


「別に構わんぞ。今は寝てるだけだ。むしろ、そろそろ起こして食事をさせないとまずいだろう。ついでだ。用意させるから、お前も食え。回復が追い付かない」


 示された病室の方に視線を向け、改めて向き直ったインスにあっさり告げて、ウスニーは部屋を出ていく。


 礼を告げて、インスもベッドを抜けると、近くの壁に架けてあったローブを上着代わりに羽織ってアインが寝かされている病室に向かった。

ご覧いただきありがとうございます!


第3章が終わり、物語はついに第4章に突入です!


3日間の眠りから覚めたインスは、皇宮内神殿の医務長官・ウスニーとの会話の中で、いくつかの重大な情報を口にしてしまいましたね。国家機密(神剣)をあっさりとバラしてしまうという、インスらしい一面も描かれました。


本話では、ウスニーの口から、「アインの体内で妙な魔力が暴れていた。」と言及されましたが、第3章ラストで突如噴出した「水と氷の獣」と、この「妙な魔力」は関係があるのか? 神剣を体内に取り込んだアインに、また新たな異変が起きているのでしょうか――?


次話もどうぞお楽しみに!


【今後の連載スケジュールについて】


続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!


【読者の皆様へのお願い】


「面白い」「続きが気になる!」と感じていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけますと、連載を続ける何よりのエネルギーとなります。


また次回もどうぞよろしくお願いいたします!


【本作は第1部まで執筆完了済みです。安心して連載にお付き合いください。】


【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】


――――――

ノリト&ミコト

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