第2話・演習場で躍る影~想定外と規定外。それでも変わらぬ現実に~
第3章 神剣の力を引き出す方法
第2話・演習場で躍る影~想定外と規定外。それでも変わらぬ現実に~
皇宮の北側には、広い演習場がある。
聖皇国に所属する騎士団はもとより、呪師たちの魔法演習も行われるそこは、普段であれば騎士なり、呪師なりが大勢利用するのだが、月に数度、立ち入りが制限される日があった。
理由は、極秘の訓練が行われるか、危険を伴う訓練が行われるかのどちらか。
本日の演習場にいるのは、危険を伴う(かもしれない)極秘の訓練のために集められたごく少人数。
ジャンヌを始めとして、神剣を持っているファン、クロード、リオン。
皇宮呪師のインスと、うっかり国家機密を聞いてしまって、この時間の担当になった皇宮護衛官のステール。
そして、神剣が体内に入ってしまったがゆえに、ジャンヌの護衛騎士団の一員とされたアイン。
ちなみにアインは、授業の一環として呼び出されていた。
「……と、このように、魔法でしか影響を与えられない存在に対しては、普通の武器は素通りします」
「「なるほど~」」
解説のインスに頷いて、ジャンヌとリオンは、実演のクロードとステールを交互に見る。
演習場には魔法陣が描かれ、その中には黒い樹木のような魔物が一体。
インスが魔法で作り出した『影人形』で、実体はないため、こちら側から触れることはできない。
具体的には、ステールが振るう、魔力を宿していない普通の剣は、文字通り素通りしてしまい、空気の揺らぎしか発生していない。
何もない所にできている影のような魔物なので、物理的には影響を与えられない。
との言葉通り、普通に触ろうとしても触れることはできないのだ。
逆に、魔力を持ったものであれば接触できるので、クロードが振るう神剣はごくわずかな時間、影を断ち切っている。
「神剣の力を引き出せていない。というディラート神官長の推測は正しいようだな」
同じく様子を見ていたファンが重々しい口調で呟いた。
「そうですねぇ……。では、アイン君。ステールさんの武器に強化魔法を付与してみて下さい」
「は、はい」
のんびりと頷いたインスは、続いてアインにそう告げる。
緊張した面持ちで頷いたアインは、ゆっくりと呪文を唱え始めた。
「武器強化!」
付与しやすいようにと、剣を下げたステールの前で、アインは魔法をかける。
翳した両掌から、淡い光があふれ、刀身にまとわりついた。
「ステールさん。お願いします」
様子を見ていたインスが一つ頷くと、ステールは無言のまま剣を掲げ、影人形に振り下ろす。
「は?」
「嘘だろっ!?」
ごく無造作に、上から下へと振り下ろされたステールの剣は、影人形をあっさりと両断。
影人形は、ゆっくりと左右に倒れていきながら霧散する。
「魔力が強ければ、ざっとこんな感じですね」
にこりと笑うインスに、ジャンヌとリオンが「ちょっと待て!」と食って掛かる。
「さっきは素通りしてたじゃない!」
「クロードが神剣使っても、ちょっとの間、ブレただけですぐに戻ってたのに!」
「……これほどあっさりと両断できる程度、だったということか」
ジャンヌとリオンがわめき、ファンは難しい顔で腕を組む。
「いやいや。流石に、ここまであっさり消えるほど、込めた魔力は少なくないですよ?」
苦笑を浮かべて手を振るインスが言うとおり、この一撃で完全に無効化させる予定ではなかった。
「アイン君にやってもらったのは、ごく基本的な武器強化の魔法です。武器の切れ味を良くして、壊れにくくするのが目的で、魔力を纏うのはオマケなんですよ」
いうならば、物理攻撃力を強化させる魔法。
普通は、魔法でしか影響を受けない影人形を倒せるはずもない。
だが、魔法で強化した武器は、その魔法の効果分の魔力をまとうので、影人形を切り倒し、霧散させることを可能にしていた。
ちなみに影人形の魔法は、呪師見習いたちの実践授業でよく使われている。
生徒となる見習いに、どんな魔法を使わせるかによって、姿かたち、強度、付与する属性、動き、速度などを教師役の呪師が設定して作り出す疑似的な魔物だ。
今回は、まず第一にジャンヌたちに『物理攻撃が通用しない相手』に物理攻撃をした場合、どうなるかを見せる。
次に、現時点で神剣が発揮している効果がどの程度なのかを確認する。
それから、普通の武器に魔法を付与した場合、どう変わるかをジャンヌたちに見せるとともに、アインの実践授業を行う。
そして、神剣の力を引き出せるように戦闘訓練を積む。
このような目的で影人形の魔法が使われていた。
当然、神剣の秘めたる力は強大であろうと思われるものの、現時点では感知できる表面的な魔力以上の力は発揮されないだろうとの予測の下、インスはそこそこの魔力を込めて影人形を作りだしていた。
具体的には、数人が同時に切りかかれる場所があって、
それぞれの行動が阻害されない程度の距離を取れて、
全く効果が見えないこともなく、
かといって簡単に切り倒せるほど弱くもなく、
勝手に動き回ったり、攻撃しないようにされていて、
属性は特に持たず、ただそこにあるだけに近い存在。
その結果が、黒い樹木のような魔物だった。
ちなみに、影人形の魔法で作る魔物は、実際に自然界に存在している魔物を参考にしている。
自然界の魔物と違い、影人形の存在を支えているのは、その魔法を使った呪師の魔力であり、追加で魔法をかけることで別の姿に変化させたり、損傷部分を復元したりなども可能だ。
「だから、枝が一本、切り落とされる程度だろう。と思っていたんですけどねぇ」
「ご、ごめんなさい……」
溜め息混じりに苦笑したインスの言葉に、青ざめたアインが小さく謝罪する。
「ああ。別に、謝る必要はないですよ。むしろ、このくらいは本来可能なのだと、皆様にお見せできましたから、良かったと思います」
にこやかに告げたインスがもう一度影人形を作るために呪文を唱え始めた。
「影人形――樹木魔!」
魔法陣に光が満ちて、下から上へとうねる様に黒い影が立ち上る。
徐々に大きさを増していく黒い影は、葉の落ちた枯れ木のようであり、だがどっしりとした太い幹とそれを支える太い根を持ち、横にも縦にも広がる枝の先は鋭く尖っている。
形がはっきりとしてきたところで、黒い樹木の中ほどに赤い光が生じた。
「「っ!?」」
唐突に、インスとアインが息を飲んだ。
「な……っ!?くっ……!」
「インス様!」
2人の様子に気づいたのはクロードとステールが先。
焦ったようなアインの声を聴いて、ジャンヌたちも戸惑ったようにインスを見た。
インスの様子と、影人形の様子とを交互に見るアインが、少し躊躇ってから呪文を唱え始める。
「っ!アイン!」
「やめろ!違反行為だぞ!!」
咎めるようにクロードが呼ぶ。
ステールは明確に叱責するが、アインは詠唱をやめようとはしない。
だが、魔法が完成する前に、出現した影人形が動き始めた。
「ちょっ!?」
「うわっ!なんだ!?」
「どういうつもりだ!インス=ラント!!」
先ほどは微動だにしなかった影人形が、枝を、根を蠢かす様に動くのを見て、ジャンヌたちが驚き、声を上げる。
問われても、応えられるだけの余裕がないインスは、先ほどから解除の合図を出しているのだが、一向に影人形は止まらない。
どころか……
「……魔力を、吸収している?」
「なんだと……」
呟くような声を拾ったステールが目を見張り、インスから影人形に視線を移した。
直後、魔法陣の中から、影人形が攻撃を仕掛けてきた。
うねっていた枝が勢いよく伸びて一同を襲う。
「バカ!何やって!!」
悲鳴と怒声が上がり、ファン、クロード、ステールの3人が慌ただしく迎撃態勢を取る。
それを見て、ジャンヌとリオンも剣を抜いた。
「解除!」
「光結陣域!」
インスが先。一瞬遅れてアインも呪文を解き放つ。
「っ!」
「インス!?」
「「「っ!?」」」
周囲に伸びた枝が一瞬だけ動きを止め、直後にインス1人に群がる。
両手を地面に着けたアインからは、左右に光の線が伸びて、影人形がいる魔法陣を囲んでいく。
「くっ……」
アインが掛けた魔法の残滓で、まだ強化されたままの剣を使って、ステールが枝を切り落としていくが、数が多すぎる。
もちろん、インス自身もぼさっと突っ立っているわけではないのだが、次々と襲い掛かってくる枝から逃れきることはできなくて、そのうちの1本が避けた先に伸びて胸を貫いた。
「っ!?インス!!」
痛みを堪えるような短い悲鳴と、裏返ったジャンヌの声が同時に演習場に響く。
インスに追いついたステールが剣を振るうが、その刃は枝をすり抜け、影響を与えられない。
「魔法が切れたか!インス!!」
舌打ちしたステールはよろめいたインスを抱きとめはしたが、その体に刺さった枝を切り落とすことも、抜くこともできない。
もがくように、胸に刺さった枝に触れようとするインスの手もすり抜けてしまっていた。
「クロード!?」
2人の前に駆けつけたクロードが神剣を振り下ろす。
驚いて呼んだのはリオンで、その目の前で黒い枝が僅かにぶれて、本体から一瞬、完全に分離された。
ほぼ同時に、アインが使った魔法は、魔法陣を完全に囲む、白い光の円として完成する。
それにより、影人形は魔法陣の範囲から外にまで枝を伸ばすことができなくなり、光の円に沿って枝が暴れまわる。
「光鎖縛留!」
アインは光の円が完成すると、間を置かずに次の魔法を解放する。
円の中で、影人形は光の鎖に絡まれて動きを止めた。
いや。正確に言うのならば、鎖に絡まれても動こうともがいてはいるようだった。
「インス様っ!」
一応の封じ込めに成功したアインがインスを呼ぶ。
すでにインスの周りにはジャンヌたちも駆けつけていて、ステールに肩を抱かれたまま蹲るインスの様子を見ていた。
クロードによって切り離され、アインの魔法で封じ込められはしたものの、胸に刺さった枝はそのまま残っていて、無意識にか取り払おうと動く手が、触れられずに胸元を強く掴む。
「っ。アイン……」
皆から少し遅れて駆け寄ってきたアインは、様子を見るとグッと唇をかみしめ、大きく息を吐く。
ちらりと視線を走らせたクロードの呼びかけには答えずに、新たな呪文を唱え始めた。
「魔法解除!」
解き放たれた魔法は、先ほどから何度もインスが使っていた、解除の魔法と同様の白魔法。
インスが影人形の魔法を解除しようとしたのに対し、アインは対象をインスの胸に刺さった枝に絞って魔力を集中させる。
その甲斐があってか、インスの胸に刺さっていた枝の先は崩れるようにして消えていく。
枝が完全に消えたところで、インスが大きく息を吐き、ジャンヌたちもホッとする。
とはいえ、影人形は魔法陣の中に、そしてアインが作った光の円の中に残っていて、鎖から抜け出ようともがき続けていることに違いはなかった。
「それで、一体何がどうしてこうなったのだ?」
落ち着いたのを見て取ったファンの問いかけに、ぐったりとして青ざめた顔のインスは億劫そうに影人形を見て、ファンを見る。
「……簡単に言うなら、魔法を誰かに乗っ取られた。ということですね」
「「はぁっ!?」」
溜め息混じりの返答に、ジャンヌとリオンは声をひっくり返し、ファンも軽く目を見張る。
「そんなことが可能なのか?」
「実際に乗っ取られていますからねぇ……可能なんでしょうね」
「だが、いったい誰に?」
当然の疑問を放つファンにインスは軽く肩を竦め、ステールがインスと影人形とを見比べて呟く。
「さあ?……そもそも、流石に人間に可能な芸当ではないのは確かですし……とはいえ、一応皇宮内ですよ?結界もあるのに、人間以外の何かがどうやって干渉したのか……」
「え?ちょっと待って?じゃあ、皇宮にいる他の呪師が、嫌がらせでしてるってわけじゃないのね?」
インスの説明に、ジャンヌが目を見開いて問い詰めた。
言い様に、ファンは目を眇め、クロードは困ったようにジャンヌを見、ステールは渋面を作る。
嫌がらせでこんなことをする呪師がいたら、護衛官が速攻で無力化しているだろう。
仮にも皇女であるジャンヌがいる場で、そんないたずらがまかり通るはずもない。
「申し上げたように、流石に人間にできる芸当ではありません……とはいえ、現実に影人形を乗っ取って動かしている、『何者か』がいるのは事実ですし……最大の問題点は……」
そこまで言って、インスは大きく息を吐いた。
「私の魔法の干渉を受け付けない。どころか、私の魔力を吸収されていることですね」
それがどういう意味なのか。
正確に理解しているのは、張本人のインスと、呪師見習いとして魔法を学び、なおかつ、見者であるがゆえに魔力を視認できるアイン。
そして、護衛官として魔法や呪師、魔物に関する知識を有しているクロードとステールの4人だけだった。
ご覧いただきありがとうございます!
第3章 第2話、いかがだったでしょうか?
まさか、訓練用の影人形が暴走し、インスの魔法が乗っ取られてしまうとは……。事態は一気に予期せぬ方向へと進展しました。
インスが胸を貫かれ、ステールとクロードが対応に追われる中、アインの緊急対応が光りましたね!彼の見者としての視点と、今後の活躍にもご期待ください。
インスが言う「魔法を誰かに乗っ取られた」とは一体どういうことなのか?そして、皇宮内の結界をも突破する「何者か」の正体は――?
ジャンヌたちは無事にこの訓練を終えることができるのか!?
次話もどうぞお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
【読者の皆様へのお願い】
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【本作は第1部まで執筆完了済みです。安心して連載にお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




