第3話・神秘の瞳を持つ子供~その才覚が示すのは~
第2章 皇都の闇に潜む陰
第3話・神秘の瞳を持つ子供~その才覚が示すのは~
見習いの神官呪師は本来、神殿の敷地内から外に出ることはできない。
同じように、見習いの皇宮呪師も、皇宮の敷地内から外に出ることはできない。
これは当然、呪師という、魔法を使える者を管理する為であり、同時に、魔法を学び始めた子供たちの安全の為でもある。
では、正式に呪師となった、学校を卒業した者はどうかと言うと、それは所属先によって様々。
神官呪師はそのまま神殿に仕える事になるので、敷地の外に出掛けることは稀。
特に、神官位との兼ね合いもある為、下位の神官呪師は外出することは殆どない。
これが高位の神官呪師となってくると、様々な理由から、外部に派遣されることも増えてくる。
その際、神官呪師の護衛を兼ねた監視役として同行するのが、神殿護衛官と呼ばれる者たちだ。
今回の場合、最低入学年齢に達していないと思われる『神官呪師見習い』のアインが神殿の敷地を出て、ジャンヌの捜索に同行することが許されるのか?という問題が持ち上がる。
とは言え、実はこの件に関しては今更とも言える。
アインが神剣の使い手として、ジャンヌの護衛騎士団に席がある。
と言う事もあるのだが、それ以前に、アインの魔法の才に理由があった。
その子供は皇都・アンシェの下町で、違法で人身売買を生業とする者から逃れて来た、記憶を持たない迷い児だった。
皇城から出奔中のジャンヌを探している途中のクロードが見つけ、保護したものの、あまりにも衰弱と混乱が激しく、まともな会話すら成り立たなくて、当日、神殿孤児院の担当だった神官長も困り果てたほど。
余程、酷い扱いをされていたのか、怪我の治療と療養の為に連れ込んだ医務室で魔力の暴走を引き起こし、その一帯が瓦礫の山となった。
現在修繕工事中の神殿孤児院の一角は、その際に被害を受けた個所だ。
この魔力暴走で、子供に魔法の才があることが発覚し、各方面に身元照会が行われたが、該当者は発見できず、かと言って放置するにはあまりにも危険すぎた。
何しろ、そこに同席していた神殿護衛官のクロードでさえも発動の阻止が間に合わなかったのだ。
幸い、人的被害は出なかったものの、暴走させる危険があるほどの魔力を持った、身元不明の子供を放置できるはずはなく、明らかに最低入学年齢に達していないと分かっていても、すぐにでもその力の使い方を学ばせ、制御させる必要があった。
魔力を暴走させた結果、倒れて、全く身動きできなくなってしまったことで少しづつ落ち着きを取り戻していった子供は、起き上がれるようになるとすぐに入学試験に当たる適性検査が実施され……
そこでもとんでもない事実が判明する。
その子供は、神官呪師としての適性も、皇宮呪師としての適性も有しており、しかも有史以来、他に類を見ないほどの才能があったのだ。
神官呪師として育てても、皇宮呪師として育てても、優秀な呪師になると示した子供の身柄を巡って、当然ではあるが神殿側と皇宮側、双方で激しい獲得争いの話し合いが行われた。
最終的に、より身柄の安全管理が望める神殿の呪師寮で、神官呪師としての育成を中心とし、皇宮呪師としての教育も施し、どちらの才も生かす方向で育てることが決定される。
当然ではあるが、そこに子供自身の意思は一切考慮されていない。
自分の名前さえ覚えてはおらず、どころか、言葉も知らなかった子供に、自身の何事かを決めさせられるはずがなかった。
幸か不幸か、その子供は大人たちが勝手に決めた方針を素直に受け入れ、そして大人たちが思っていた以上の才能を見せつけた。
そもそもの話ではあるが、記憶がないせいなのか、幼いせいなのか、初めは全く言葉も通じなかったのだ。
それが、魔力暴走後に昏倒し、寝込んでいる間の数日で、意思疎通に支障がないほど言語を習得し、本来であれば13歳以上の子供が、しかも事前に教育されてから受験する入学試験を受けさせられ、問題がないどころか、全試験において完璧な才能を示した。
この時点で、予想してしかるべきではあったのだが、実際の授業が始まって数時間で、教育スケジュールの変更が決定した。
他の見習いたちとの教育方針の違いに、初めから個別授業と決まっていたから良かったものの、もし一緒に授業を受けさせていたら混乱は必至だっただろう。
結果、初めの数か月は様子を見ながら神殿で神官呪師としての教育と、一般常識を教えて行く。
という当初の予定はすべて変更され、翌日からは1日おきに神殿と皇宮とを行き来し、神官呪師としての教育と皇宮呪師としての教育を並行して施すことが決まった。
そして事件が起きたのは、子供に皇宮呪師としての教育を受けさせるため、皇宮内の呪師の学校区域に行かせた初日。
神殿の敷地外へ行かせると言う事で、神殿護衛官としてクロードが同行し、教育担当となった皇宮呪師に案内されて宮殿内を移動中に、いきなり子供に剣を突き付けた者がいた。
あまりに突然のことで、子供も、クロードも、案内の皇宮呪師も、そして周囲にいた護衛や警備の兵、通りがかりの女官など、居合わせた全員が驚いたのはもちろんではあるのだが、剣を突き付けた張本人もまた、驚愕のあまり次の動きに移れなかった。
剣を突き付けたのはジャンヌの護衛騎士団長でもあるファン。
そしてその剣を、かろうじてではあったものの子供は避けて見せた。
もっとも、子供が避けられなかったとしても、ファンの剣が子供を傷つけることはなかっただろう。
それは、ファンが相手の姿を認識して驚き、僅かに逸らしたこともあるが、クロードが瞬時に防衛行動を取ったからでもある。
一連の行為の理由として、ファンは「不穏な気配を感じたから」だと説明し、相手を確認したのは攻撃を仕掛けた直後であったことも告げる。
対象を確認せずに行動したことの是非に関して。
これはあまり責められない。
それと言うのも、目で見て、対象を確認して、それから行動していては、対処が遅れることを皆が知っているからだ。
正直、いきなり剣を向けられた子供からしたら堪ったものではないが、緊急時の対処としては間違っていないのも説明されれば、納得はしきれなくとも、理解できないこともない。
それに、この一連の動きで、子供に武芸の才覚もあることが判明し、幼いが故に足りていない体作りの為に、軽い武術の鍛錬も加えることが決まった。
その結果、『早朝から深夜まで』というハードスケジュールになってしまったのは、子供としても大人たちとしても想定外ではあった。
それでも、その子供は一切の不平不満を見せることなく、粛々と日々の修行に励んでいた。
そして、運命の日。
その日は神殿で神官呪師としての教育を受けていた子供・アインは、ジャンヌが神剣を手に入れようと、人目を避けて東の小堂へ向かう途中に遭遇し……封印を解かれた神剣の中の一振りに契約を強要された。
無理やり禁足地まで連れ込まれ、しかもそこに縛られて置き去りにされていたアインが、ジャンヌを連れ戻しに来たファンとクロードに発見され、解放されて、遅れている午後の授業に急ごうとしていた途中。
後を追って小堂に向かっていた神官長たちの中の1人に、軽い注意と共に、授業後の呼び出しに関して話をしていた最中。
森の中から猛スピードで飛び出して来た短剣が、神官長の脇を掠め、アインに胸に突き刺さったのだ。
驚いた2人が何もできない間に、短剣はアインの体内に潜り込んでしまい、意識を失って倒れたアインはそのまま医務室に運ばれた。
さすがに、アインの体内に消えた短剣が神剣であったことは、この段階では居合わせた神官長には分からなかった。
だが、それが魔法であった事だけは神官呪師である神官長にも感じられ、事実、短剣が突き刺さったにもかかわらず、アインの体に外傷はなかった。
その後、小堂に急行した他の神官長たちとの情報共有で、アインの体内に消えた短剣が『水の神剣であったのだろう』と結論付けられ、その報告を受けて、アインを神剣の使い手としてジャンヌの護衛騎士団の一員に加えることになった。
つまり、アインは皇宮呪師としての教育を受けるために、頻繁に神殿から外に出て皇宮に出向いており、敷地の外に出ることになる是非に関しては今更。
今回は初めて、向かう先が決まっておらず、皇都内の何処かに居ると思われるジャンヌの捜索ではあるが、神殿護衛官であるクロードが同行している。
故に、護衛官の目が届く範囲内に限って、神殿敷地外での活動を許可された形になっている。
どちらにしろ、ファンやクロードとアインでは足の速さが違いすぎる。
アインの速度に合わせていては、遅くなるのは分かりきっているので、初めからアインはクロードに抱き上げられての移動となっていた。
さて、呪師の才能を測る上で、最も重要視されるのは何か?
これは、呪師の才能がある子供たちが、入学試験の対策として学ぶことを許されている設問。
そして答えは、魔力を感じ取る能力。
アインに見者の才があり、ジャンヌが纏う『女神の守護の光』を視認できるとは言え、皇都は広い。
その上、遮蔽物もあるのだから、そう簡単に『目で見て』探し出すことはできない。
だが、呪師の見習いであるアインには、当然魔力を感じ取る能力があり、その才能はここ数百年の記録の中でも類を見ないほど。
アインはジャンヌが纏う魔力の気配を感じ取ろうと、神経を研ぎ澄ませ、ゆっくりと西を指し示す。
その示す方向にジャンヌがいると思われるのだと察して、ファンとクロードは走り出す。
クロードに抱かれたまま、アインはより詳細な位置を特定するために集中を続け、やがて西大通に出る。
「! あそこ!」
路の、中ほどより西寄り、その位置に、ジャンヌが纏う輝きを見つけたアインは思わず声を上げ、すぐに眉を顰めた。
「……何だろう?何か、おかしい……」
口の中で呟くが、見つけたと思しきアインの声で、速度を上げていたファンの耳には届かない。
辛うじてクロードは何かを言っていることに気づいたが、その内容までは聞き取れなかった。
ジャンヌのいる場所は変わっていない。
少し動き回ってはいるようだが、大幅に遠ざかることも、路地に入って行くこともなく、西大通にいる。
だが、ファンとクロードの目には、ジャンヌの姿が見えてこない。
月のない、暗い深夜ではあるが、2人は簡易的な灯りを持ってはいるし、それはジャンヌたちも同じはず。
さすがに、灯りもなしでは夜道を歩くことなどできない。
その筈なのに、アインが示した方角に、その灯りを見つけることもできなかった。
「っ! 止まって下さい!」
不意に、アインが声を上げた。
その、緊張感が感じられる声音に、思わずファンも足を止める。
「何だ?この先に姫様がいらっしゃるのではなかったのか?」
とは言え、一向に見えてこない姿に苛立ちを感じていたこともあり、問いかける声には明確な棘が宿る。
微かに首を竦めたアインは、だが、小さく頷き……すぐに首を横に振った。
「ここにいらっしゃいます」
それから、誰もいない通りの中ほどを指し示した。
「は?」
意味が分からず、眉を顰める。
そんなファンに対して、アインは「ですから……」と言葉を繰り返す。
「ここに、この場所にお姫さまはいらっしゃいます。確かに、お姿は見えないですけれど、お声も、聞こえないですし、多分、こちらの声も届かないでしょうけれど……でも、ここです」
誰もいない道を指し示すアインの顔に、嘘や冗談を言っている雰囲気はない。
元々、嘘や冗談を言うような性格もしていないことは不本意ながらファンも知っている。
しかし、その場所に誰かがいるようには、どうしても見えなかった。
それに、隠れている訳でもないだろう。
何しろ、アインが示しているのは道の真ん中。
道の端の、建物の前や路地の辺りではないので、隠れる場所もない。
「この場所に、結界があって、多分。その中に、お姫さまはいらっしゃいます」
ファンたちに見えない理由。
そしてアインにも、ジャンヌの姿そのものは見えていない理由。
それを説明するようにアインは言った。
この場所に結界があり、その中にジャンヌたちは閉じ込められているのだろう。と。
ご覧いただきありがとうございます。
第2章第3話は、神官呪師見習い・アインの知られざる過去が一気に明らかになる回でした。
記憶がない迷子だったこと、規格外の魔法の才能、そして過去の魔力暴走。彼がどれほど厳重な管理下に置かれ、大人たちによってハードな修行を課されてきたのかが分かります。アインを嫌うファンの冷徹な態度も、彼の才能と過去の事件が一枚噛んでいたようですね。
そして現在、アインの持つ「見者」の力と、類を見ない魔力の感知能力によって、ジャンヌとリオンが目に見えない結界の中に閉じ込められていることが判明しました。
彼らは、この結界を打ち破り、2人と合流できるのでしょうか? そして、皇都のど真ん中に、誰も気づかずに結界を張ったのは一体誰なのか……。いよいよ物語が核心へ向かっていきます。
次話もどうぞお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日22時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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【本作は第1部まで執筆完了済みです。安心して連載にお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




