第2話・日常茶飯事とは言っても~知っている者、知らない者。その眼差しが見抜くのは~
第2章 皇都の闇に潜む陰
第2話・日常茶飯事とは言っても
~知っている者、知らない者。その眼差しが見抜くのは~
報告に、ファンは重い溜息を飲み込んだ。
「……夜中にバルコニーから抜け出すとは……」
深夜を回った頃、ようやくその日の業務が終わり、帰路に就こうとしていたファンの元に、真っ青になった女官兵が駆け込んで来た。
この時点で渋面を作ったファンは、ジャンヌが何かしでかしたことを疑わない。
すぐさま従兵がクロードを呼びに執務室を飛び出し、その間に女官兵から聞いた話の内容は、「皇女殿下が城を抜け出した。」という、いつもの報告。
いつもと違うのは、今の時間が深夜であることと、逃走経路が寝室のバルコニーからであること。
深夜に、皇孫皇女という高貴な身分の独身女性が、寝室からいなくなる。
だなど、とてもではないが人に知られるわけにはいかない醜聞だ。
なお、ジャンヌが自ら抜け出したことを疑う者はここにはいない。
よって、不法侵入者による拉致などの心配はされていなかったりする。
とはいえ、夜中に抜け出したジャンヌの行き先次第によっては、危険が伴うことは必至。
ならば当然、早急に見つけ出し、連れ戻す必要がある。
「行くぞ」
クロードが執務室に到着すると同時に、ファンは出発を告げた。
従兵から女官兵の駆け込みを報告されていたクロードも、ジャンヌがやらかしたことは想像できていたので、特に何も言わずに城を出る。
出たところで、呼び止めた。
「行先は?」
「分かれば苦労しない」
「なら、最初は神殿」
「……リオンか……」
「多分、いない」
それが分かっているならなぜ?
疑問を込めて見ると、珍しく、少し困ったような表情を見せたクロードが一言「アイン」と告げる。
「……アレがどうした?」
明らかに不機嫌さを見せたファンが冷たく理由を問う。
「アインは、見者だから」
「なっ!?」
言われて、さすがに目を見張る。
見者とは、普通の人には見えないものを見る力を持つ者のこと。
現在のエスパルダで、その能力を持っているのはジョンただ1人と言われていた。
それほど希少性の高い能力の持ち主がアインだと言う事に驚く。
「アインなら、多分ジャンヌの居場所が見える」
それは、ジャンヌが「女神の守護の光」を身に纏っているから。
呪師には感じ取れるその魔力を、見者であるアインは視認できるはずだった。
「……それで神殿。か……」
微かに眉を顰めたファンは、だが次の瞬間には神殿に向けて足を踏み出した。
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深夜の、ようやく眠りについてすぐに、同室の兄弟子に起こされたアインは、最初、起床時間を過ぎて、寝過ごしてしまったのかと慌てた。
特に最近はあまりよく眠れていなくて、寝過ごしかかってしまったことが多かったので、遂に寝坊をしてしまったのかと青ざめたのだ。
時間がまだ深夜を回った頃で、呼び出しがあったから起こされただけだと分かった時には少しほっとしたものの、今度はこんな時間の呼び出しに戸惑う。
とは言え、見習いに許されているのは急いで呼び出しに応じるだけ。
慌てて支給されている衣服、神官呪師見習い初年生用の制服に着替えて、迎えに来ていた神官に連れられて宿直室へと急ぐ。
「失礼しま……」
「遅い」
扉が開かれ、入室の挨拶をしようとしたところを、氷のごとき冷たさと鋭さを持った声に遮られた。
「ご、ごめんなさい……」
びくりと震えて、謝罪を口にしたアインは、そこでようやくファンとクロードが来ていたことを知った。
「……ファン卿……」
困ったように、窘める様に呼びかけたレイニアに、ファンは小さく舌打ちする。
そっと溜息を漏らしたレイニアは、扉の外で足を竦めてしまったアインに入室を促し、自身の隣、ファンとクロードとは対面になる位置に座らせる。
「遅くに呼び出してしまって申し訳ありません。あなたにお客様です」
改めて、レイニアは呼び出しの理由を告げた。
緊張した様子で頷いたアインを睨むように見て、ファンは一度、小さく息を吐く。
「姫様のお姿が、皇城に見当たらないとの報告が上がった」
淡々と告げられて、アインは驚き、息を吞む。
普通に考えれば、皇孫皇女であるジャンヌの行方が分からない。
などと言うのは、とんでもない大事件のはずだ。
「ファン卿。アインを誤解させる仰り様はご遠慮下さい」
様子に、レイニアが新緑色の瞳を困ったように細めて口を挟む。
アインは『大事件』と受け取ったが、多くの者にとって、ジャンヌの脱走癖は周知の事実。
時間こそ、普段と違って深夜ではあるものの、何らかの事件に巻き込まれて行方不明なのだとは、事情を知る誰もが思っていない。
「え?」
戸惑うアインにファンは舌打ちし、レイニアは苦笑を漏らす。
「アイン。ジャネット皇女は、よくお1人で皇城を抜け出し、城下を散策しておられるのです」
「……は……?」
いやいやいや。
え?お姫さまですよね?
お1人で、と言う事はお供も護衛も連れずにお出かけになるのですか?
しかも行方不明と思われていると言う事は、行先やら何やらを誰にも伝えずにと言う事ですよね?
え?本当に?
若干混乱した様子を見せるアインの、声なき疑問を読み取って、レイニアは困ったような苦笑を浮かべたままで頷く。
「そういうお方なのです」
「……そう、なんですね……」
他に何と言えばよいのか分からなくて、アインは呆気に取られたままで小さく応えた。
なるほど、そういうお方なのですね。
と納得するしかなかったとも言う。
「だとしても、皇孫皇女であり、女神の巫女姫であるジャンヌ様の行方が知れない。などと言うのは一大事に違いはない。しかも今回はこんな時間だ。高貴なご身分の未婚女性が供も連れずに、お出ましになられるような時間帯ではない」
故に、一刻も早くお戻り頂かなければならない。
軽く咳払いしたファンの説明に頷く。
頷いて、それでどうして自分が呼ばれたのだろう?と疑問を覚えた。
考えるまでもなく、皇都には多くの騎士団が本拠を置き、大勢の騎士や兵士がいる。
皇都の警備はもちろん、皇宮の警備、皇族近衛の護衛など、錚々たる人員がいるのだから、皇都中に兵を派遣して捜索すれば、すぐに見つけられるのではないか?
「無論。捜索の兵は出している。皇都の警備に当たっている部署にも通知は届けさせた。とは言え、姫様もそれはご承知の上だ。当然、それらを避けて行動される」
厄介なことに、ジャンヌの「活動範囲を広げた元凶」が同行していると思われるのが問題なのだ。
しかも今は深夜。
人通りがない時間帯の上、視界も悪い中で、ジャンヌ1人だったら絶対に行かないであろう場所に行ったり、しないであろうことをしでかしたりする可能性が高すぎる。
当然、捜索の兵を避けたり、巻いたりといった動きも、ジャンヌ1人の時とは全く違うのだ。
捜索が難航していることは、未だに発見を知らせる合図が無いことでも分かる。
「アイン。あなたは、ジャネット皇女がその身に纏われている魔力を見ることができるでしょう?」
「……あ……!」
レイニアに言われて、ファンが求めていることが何なのかを理解する。
ジャンヌが女神の巫女であることを、呪師たちが疑わない理由。
それが、その身を包む『女神の守護の光』であり、アインが初めてジャンヌに会った時に感じた、怖いほどの輝く魔力だ。
「不本意ではあるが、貴様も姫様の護衛騎士団の一員。姫様をお守りするのが務めだ」
その言葉の通り、不快さを隠しもせずに言い捨てたファンが立ち上がる。
赤い、鋭い視線がアインを射抜く。
「時間が勿体ない。今すぐ姫様を探し出せ」
そして、有無を言わせず出発を告げた。
ご覧いただきありがとうございます。
第2章第2話では、ジャンヌの「城抜け出し癖」と、それに対する騎士団長・ファンの胃の痛みが伝わる回となりました。
そして、そのジャンヌ捜索に駆り出されたのが、神官呪師見習いのアイン。
アインが実は「見者」であり、ジャンヌを包む「女神の守護の光」を視認できる希少な能力を持っていることが判明しました。アインを嫌うファンからすれば不本意な状況ですが、彼の持つ力が早速、重要になってきます。
ジャンヌがリオンと探索している皇都の夜の闇の中で、この「光」を頼りにアインはジャンヌを見つけ出すことができるのでしょうか?
そして、アインと行動を共にすることになったファンとクロード。特に、アインに対して冷徹なファンが、今後どのようにアインと接していくのかにもぜひご注目ください。
次話もどうぞお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
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ノリト&ミコト




