閑話③ 小悪魔、休戦地帯で微笑む
同盟のための臨時詰所――赤鎧団とヴァルガンズの境目に設けられた見張り台は、いつも空気がピリついている。
そんな場所に、ミラはよく現れる。壁にもたれ、脚をぶらぶらさせて、飄々と。
「やあ、英雄さま。今日の気分は?」
「普通。生きてる実感はある」
「ふふ、そういう返し、嫌いじゃない」
近くの机は廃材を組んだだけの簡易テーブル。その端に、細い線で刻まれた“小さな樹”の印。
俺が視線を落とすと、ミラが唇の端を上げる。
「保存局のマーク。ここにも昔、手を伸ばしてたってこと」
「何のために?」
「“保存”って言葉は便利よ。種でも、技術でも、思惑でも包める」
彼女は欄干に肘をのせ、遠くを見た。
「ヴァルガンズはね、強い女の群れ。奪って生きるのが正しい――そう教えられてきた。男は伝説。奪えたら勝ち、奪えなきゃ死ぬ」
口調は軽いのに、目は笑っていない。
「でも、あんたが“奪わない選択”で勝ちを引き寄せた。あれ、結構、衝撃だったのよ」
「……で、こっちについた理由は、それだけ?」
「半分ね。もう半分は――あなたが面白いから」
言いながら、彼女はすっと距離を詰める。吐息が頬にかかり、背筋がぞわりと震えた。
「この距離、嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「正直者」
指先で俺の手の甲をなぞり、すぐ離す。追いかけたくなる距離を残して。
「ねぇ、アキト。合図灯、昔は別の意味もあったの。“ここにいる”って、夜の影に知らせる合図。――保存局にも、ヴァルガンズにも」
「それ、今はもう使ってないよな」
「さぁ、どうかしら。跡は消えにくいものよ。印も、習慣も、欲望も」
ミラは焚き火に背を預け、いたずらっぽく笑う。
「次はもっと、彼らのことを知りに行こう? 英雄さま」
休戦地帯に、彼女の香りだけが残る。
小悪魔は、敵でも味方でもない位置から、俺を前へ押してくる。
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