閑話① 鉄血将軍のオフモード
決戦の翌日。
地下拠点の朝は、金属と油の匂いで満ちている。修理班は切断機を鳴らし、工兵は溶接の火花を散らす。兵站班が弾薬箱の残数を読み上げ、炊事班は鉄鍋で骨スープをかき混ぜる。地上では、崩れかけの高架柱がまだ時々きしんで、戦の余韻を思い出させた。
「整列、前へならえ。――そこ、肘が甘い!」
反響する声に、列がピシッと伸びる。カレンだ。背筋の通った立ち姿、冷えた瞳。完全に将軍モード――のはずが、俺が近づくと明らかに視線が泳ぐ。
「アキト。ここは訓練中だ。むやみに近寄るな」
「見学。将軍の勇姿を見に来ただけ」
「よ、勇姿だと? ば、ばかなことを言うな」
ツンとした横顔。なのに耳だけ赤い。
兵士たちがひそひそ囁く。「将軍、今日も可愛い」「しっ、聞こえるぞ」。可愛いって言うな、死ぬぞ。
風が通り、上襟のボタンが取れかけているのに気づいた。
「ボタン、緩んでる。糸、貸して」
「い、要らん。私は自分で――」
言い終わる前に、俺は針に糸を通し、そっと指先で押さえながら留め直す。距離は近い。息がかかる距離だ。
「……じっとしてろ。針が刺さる」
「……お、おう」
糸をひと巻き、ふた巻き。最後の結び目を作った瞬間、カレンの鼓動が微かに伝わってきて、今度は俺の方が動揺する。
「終わり。――似合ってる」
「~~~っ! ば、馬鹿者!」
顔まで真っ赤にして、彼女はくるりと背中を向けた。兵士の列が、なぜか拍手。やめてくれ、場が壊れる。
訓練後、司令室で地図を広げる。新同盟の見張り交代、連絡路の暗号更新、破損した配管の補修計画。
「弾は薄い。今日の射撃は空撃ちでフォームを固める。スリングの張り方を徹底しろ」
「合理的。……水は?」
「雨水再生と地下水のミックス。昨日の破片で南側配管が傷んだ。工兵を増やす。――それと、缶詰の在庫は?」
「豆が多め、肉が乏しい」
「ならタンパクは卵粉と魚粉で補う。味は……耐えろ」
現実的な指示が矢継ぎ早に飛ぶ。赤鎧団の強さは、この几帳面さに支えられている。
配給の時間。
鍋の前で、カレンが無言で皿を受け取る。俺の分も、さりげなくよそってくれる。
「ありがとう」
「……客人を飢えさせるわけにいかん」
そっぽを向いたまま、スプーンで俺の皿の芋を一個、ぽとりと増やした。
「それ、将軍の取り分じゃ」
「余りだ」
「……全然余ってないくせに、そう言うのずるい」
耳たぶだけさらに赤くなる。可愛い。いや、可愛いって言うと死ぬ。
食後、司令室の壁に取り付けられた古い標識が目についた。擦れて読めないが、半分消えたカタカナで「…ジマエキ」。俺の中の記憶がかすかに疼く。ここが昔――どこだったのか。カレンは気づかないふりで、図上演習を続けた。
帰り際、彼女が小さな声で言う。
「……さっきのボタン。うむ、その……助かった」
「どいたま」
「ど、どいたま?」
「『どういたしまして』の略」
「知らん。だが……覚えておく」
鉄血の女将軍は、誰より不器用にデレる。
赤鎧団の朝は、そんなふうに回っていく。
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