第22話 揺れる赤鎧団
地下施設の空気は、数日前の勝利の余韻をまだ残していた。
だがそれは同時に、疲弊と不安を覆い隠す薄いベールでもあった。
戦死者を弔う儀式では、兵士たちが無言で焚き火を囲み、亡き仲間の名を口々に唱えていた。
その横で補給班は空になった弾薬箱や、底の見え始めた食料庫を数えて眉をひそめる。
「……補給が限界だ。保存局に頼るしかない」
「ふざけるな。あいつらに膝をついたら、赤鎧団は終わりだ」
兵士たちの議論は日に日に熱を帯びていった。勝ったはずなのに、空気は妙に重い。
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そんな中で俺――アキトは、妙に落ち着かない日々を送っていた。
「アキト、今日の訓練計画を手伝ってくれる?」
シエラがノートを抱えてやってきて、隣に腰を下ろす。
柔らかい笑顔に、周囲の兵士たちがクスクス笑っているのがわかる。
「いやいや、俺そんな専門家じゃ……」
「でも、この前の戦術だって当たったでしょ? 私から見ればすごい軍師様だよ」
頬を赤らめながら軽口を叩くシエラ。なんだよ、妙に距離近くない?
そこへカレンが歩いてきて、わざとらしく咳払いをした。
「……シエラ。あまり馴れ馴れしくするな。アキトは客人だ」
口調は冷たいが、俺の前に缶詰のシチューを置く仕草はどこか優しい。
(この人、やっぱりツンデレ入ってるよな……)
極めつけは牢屋の中のミラだ。
鉄格子越しにじっと俺を見つめ、薄い唇を吊り上げて言った。
「ねぇアキト。あんた、“野党”なんて言葉で片付けられてる連中のこと、気にならない?」
「……野党、だろ? この前襲ってきた連中の」
「フフ……安っぽい呼び方ね。私たちにはちゃんと名前があるのよ。ヴァルガンズ。牙で裂き、群れで喰らう――そう呼ばれてる」
俺は言葉を失った。
(ヴァルガンズ……? 妙に物騒な名前だな)
ミラはさらに挑発的に微笑む。
「赤鎧団みたいに規律だの名誉だのに縛られてるのとは違う。私たちは欲しいものを奪う。それが生きるってこと。……だから、あんたもいずれは“奪われる”わよ」
鉄格子越しに白い指をすっと伸ばし、俺の胸元を指すような仕草をする。
「ねぇ、アキト。赤鎧団の女たちに守られているのは居心地いい? それとも……もっと刺激が欲しい?」
吐息まじりに囁かれ、思わず後ずさる俺。
「お、俺はそういうの……!」
「フフ、顔が真っ赤。かわいいわね。いつでも気が変わったら、こっちに来なさい」
背筋にぞくりと冷たい悪寒が走るのに、胸の奥がざわつく。
(やばい……この女、本気で俺を狙ってる)
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数日が経ち、ミラは少しずつ情報を小出しにし始めた。
「ヴァルガンズはまだ本気を出してないわよ。ここで油断してると、次はもっと大きな部隊が来る」
「保存局だって、あんたの存在を調べてる。きっとすぐに手を伸ばしてくるわ」
嘘か本当かわからない。
けど、耳にこびりついて離れなかった。
「気にするな。あの女の言葉に価値はない」
シエラは笑って肩をすくめる。
「ただの挑発だよ」
だが俺は――どこかで嫌な予感を覚えていた。
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その夜。
外で「ドォン!」と鈍い音が響き、兵士たちが慌てて走り出した。
「何だ!?」
駆けつけると、地下の入り口近くに奇妙なカプセルが落ちていた。
金属製で、表面には円環に囲まれた一本の樹が刻まれている。
枝には小さな果実の意匠。旧世界で「知恵の樹」と呼ばれた紋章だ。
それは保存局――正式名「エデン保存局」の象徴。
本来は人類再生のシンボルとして掲げられたもの。
だが今、兵士たちには“独占と管理”の印にしか見えなかった。
開けると、中には硬質紙の文書と電子コード。
そこには無慈悲な要求が記されていた。
《男の身柄を引き渡せ。対価として物資を提供する。
拒めば、我々は他の勢力と交渉する》
沈黙。
兵士たちが顔を見合わせ、ざわめき始める。
「保存局だと……」
「奴らが本気で動いてきた……」
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幹部会議。
一部の士官が声を荒らげる。
「保存局に庇護を求めるべきだ! 物資がなければ戦えない!」
「馬鹿を言うな、奴らに従えば赤鎧団の独立は消える!」
対立は激化し、場の空気は張り詰める。
その中でカレンが立ち上がった。
「……私は拒否する。アキトを渡せば、私たちが何を守ってきたのか意味を失う」
その瞳は鋭いが、言葉には熱がこもっていた。
シエラも続ける。
「アキトは……ううん、アキト“だからこそ”守らなきゃいけないんだよ」
少し顔を赤くしながら、俺の前に立つ。
俺は言葉を失った。
(……俺、ここにいるだけで、皆の命を危うくしてるのか……?)
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夜更け。
牢屋の中で、ミラが囁く。
「ほら見なさいよ、アキト。あんたはもう、この世界の“争奪戦の種”なの」
鉄格子に身を寄せ、目を細める。
「でも……私は一番最初に“手を伸ばした”女だって、忘れないでね」
返す言葉が見つからず、俺はただ黙り込む。
天井を見上げると、遠くで赤い光――保存局のドローンが静かに巡回していた。
俺は初めて、ここが戦場の中心だと心の底から実感した。
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