第20話 囮の炎
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夜明け前の静寂を裂くように、見張り台から声が飛んだ。
「将軍! 東の廃墟から土煙――野党が進軍!」
兵舎がざわめき、装備を掴む音が連鎖する。
「数は……五十、いやもっとだ!」 「倍以上……これで正面はムリだろ……」
カレンが拳を握り、短く号令を放つ。 「怯むな。配置につけ!」
◇
作戦室。
幹部たちの目は重く、机上の地図を睨みつけている。
「他の駐屯地に援軍を――」 「間に合わん。他所も前線を抱えている」カレンが切り捨てる。
沈黙を割るように、俺は口を開いた。 「正面は無理。だから“誘導して分断”、それしかない」
視線が刺さる。胃がキュッとなるのを無視して続けた。
「廃工場に焚き火を焚いて囮にする。奴らは“拠点発見”で飛びつく。進路の崩れかけた高架――支柱を爆破して潰す。隊列を分断したら、瓦礫に潜ませた伏兵で一気に挟む」
一拍。
シエラが目を丸くして、ぽそっと笑う。 「……やっぱり考えてたんだ」
カレンは腕を組んだまま数秒だけ沈思し、鋭く頷いた。 「採用する。全員、持ち場へ」
◇
薄明の廃工場跡。
黒い鉄骨の森に、ひとつ、ふたつと炎が点る。
遠くから野党の歓声が湧いた。
「見つけたぞ! 奴らの巣だ、突っ込め!」
猪突猛進。捕虜が吐いた自負そのままの足取りで、先鋒が走り込む。
――いまだ。
支柱に仕込んだ導火が火を食い、爆ぜた。
コンクリートが悲鳴を上げ、高架がズズンと沈む。
崩落。土煙。先頭の突撃隊が瓦礫に呑まれ、後続の列が寸断された。
「今!」
シエラの号令と同時に、瓦礫影に潜んでいた赤鎧団の伏兵が一斉に火を噴く。
左右から交差する射線に、野党の突撃はたちまち軋み、悲鳴と怒号が混ざる。
カレンが前へ出る。
「押し返せ! 赤鎧団、前へ!」
銃剣を握り、先頭の兵の肩を叩いて押し出す。ためらいは一片もない。
「臆病者どもが! 穴ぐらに籠もって震えてろ!」
野党のリーダー格が叫び、士気を煽る。
一瞬、味方の列に硬さが走る。
「落ち着け!」俺は無意識に声を張っていた。「これは勝ち筋あるシナリオだ。最後まで押し切れ!」
意味の分からんゲーマー用語でも――不思議と兵たちの背筋が戻る。
再び火線が伸び、前へ、さらに前へ。
やがて、野党の列が折れた。
後方から「退け!」の叫びが飛び、統率を失った兵たちが蜘蛛の子を散らすように瓦礫の陰へ消えていく。
◇
戦闘後。
崩れた高架の影で、呻く敵兵から銃を外し、縄で縛る。捕虜が数名。
こちらも無傷ではないが――踏みとどまった。勝ったのだ。
「やった……!」
シエラが駆け寄り、勢いよく俺の手を握る。 「すごい、アキト! アキトがいなかったら、あたしたち負けてたよ!」
「お、おう……」心臓が無駄に跳ねる。
一歩遅れてカレンが来て、ぶっきらぼうに言う。 「……借りは認める。だが、調子に乗るな」 言葉は冷たいのに、視線はまっすぐで、熱い。
兵たちのささやきが耳に届く。 「あの男の策だ」「本物だ……」
◇
夜――廃墟の屋上。
まだ煙の匂いが残る空に、ひと筋の光が滑った。
赤い点滅。羽音はほとんどない。
四枚の回転輪が薄明に瞬き、こちらの上空でわずかに滞空する。
(ドローン……!)
旧世界の目が、こちらを覗いている。
保存局――エデン保存局の視線だ。
「見つかったな」
小さく呟いた俺の隣で、足音が止まる。
「……次は“あれ”が来る」
カレンが空を睨み、低く言った。
横顔は強く、そして少しだけ俺に近い。
その距離が、妙に心細さを和らげた。
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