第19話 火種と地形
赤鎧団の地下本部に、再び緊張が走っていた。
監視所からの報告――野党が東の廃工場跡に集結している。
「捕虜奪還か、それとも……」
「いや、“男”を狙ってるに決まってる」
幹部たちが口々にざわめく中、カレンが低く言った。
「……放置はできん。だが正面から戦えば、奴らは我らの倍はいる。勝ち目はない」
場の空気が凍りつく。
幹部の一人が弱々しく口を開いた。
「別の駐屯地から援軍を呼んでは……」
だがカレンは即座に首を振った。
「他の拠点もそれぞれ前線を抱えている。手を貸せる余裕はない」
赤鎧団の規模は大きく、各地に複数の拠点を構えている。
だが同時に、それぞれが常に戦いに忙殺されており、この場を助ける戦力は期待できなかった。
俺は思わず口を開いていた。
「……なら、偵察くらいは俺も行かせてくれ」
会議室の空気が一斉にこちらへ向く。
シエラが目を丸くし、カレンが鋭い視線を突き刺す。
「正気か? お前は狙われているのだぞ」
「でも現場を見なきゃ何も分からないだろ。机上で悩んでも仕方ない」
自分でも驚くほど真剣な声が出ていた。
シエラが小さく笑みを浮かべる。
「……意外と大胆ね」
カレンはしばし俺を睨みつけ、そして吐き捨てるように言った。
「……勝手な行動はさせん。私とシエラの護衛下で、だ」
◇
午後。
シエラに先導され、数人の兵士とともに拠点周辺を巡った。
崩れかけた高速道路の高架、瓦礫の山に覆われた廃工場。
どれも戦場の跡をそのままにした荒れ地だった。
「……危なっかしい場所ばかりだな」
俺が呟くと、兵士が肩をすくめた。
「使い物にならねぇ廃墟だ。ただのゴミ山さ」
シエラは何か考え込むようにその場をじっと見つめていた。
俺は言葉を飲み込みながらも、頭の奥でざわめくものを感じていた。
◇
夜。
兵士たちが焚き火を囲んでいると、カレンが現れた。
「無防備に火を焚くな。敵に見つかるぞ」
鋭い声に兵士たちは慌てて火を小さくする。
俺はその様子を黙って眺めていた。
炎の赤が暗闇を裂くように揺れ、何かが胸に引っかかった。
◇
捕虜の女兵が再び尋問にかけられた。
荒い息を吐きながら、こちらを嘲るように笑う。
「……私たちは、お前たち軍閥みたいに臆病じゃない。拠点を見つけたら突っ込む。ためらいなんてないんだよ」
幹部たちの顔色が暗くなる。
正面衝突では赤鎧団に勝ち目はない――その現実が、冷たい刃のように突きつけられた。
俺はその言葉を聞きながら、唇を噛んだ。
(……臆病じゃない、か。なら……)
考えはそこまで。
今はまだ言葉にする段階じゃない。
◇
会議室に戻った俺たち。
シエラが口を開く。
「野党は統率が取れていない。工夫さえできれば、突破口はあるはず」
俺は無意識にシエラを見た。
カレンはその視線を横から遮るように、冷たく言う。
「甘い夢を見るな。奴らの数は我らの倍だ。勝ち目は薄い」
そう言いながらも、彼女の視線が一瞬俺に向いた。
その瞳の奥に、怒りとも焦りともつかない揺らぎが宿っていた。
シエラが俺の肩に手を置き、柔らかく笑う。
「でも……アキトは、何か考えているように見える」
「……護衛対象に気安く触れるな」
カレンが冷たく遮る。
その声音には、抑えきれない嫉妬が滲んでいた。
◇
深夜。野党の使者が現れ、挑発的に告げた。
「“男”を渡せば見逃す。渡さなければ潰す」
去り際の高笑いが、拠点の空気をさらに重苦しくした。
カレンの拳がかすかに震えていた。
冷徹な将軍の顔の裏で、感情が揺れているのがはっきりと分かった。
◇
寝床に横たわりながら、俺は天井を見つめる。
「……正面衝突じゃ無理だ。でも、あの地形と奴らの性格を考えれば……」
口を閉ざし、思考を胸に押し込める。
(……まだ言う時じゃない。けど、勝ち筋はある)
毛布を掛け直して去るシエラの背。
そして、暗闇の中に立つカレンの影。
二人の存在が、俺の心をざわつかせていた。
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