第17話 漏れゆく影
赤鎧団の地下本部。
硬い石壁に囲まれた会議室で、重苦しい空気が漂っていた。
机の上には、一枚の文書。
「エデン保存局」――いや、一般には「保存局」と呼ばれる科学勢力からの通達だった。
「……物資の割り当ては三割削減、だと?」
カレンは鋭い視線で紙を睨みつけ、声を低くした。
「さらに、我らの戦力と拠点の詳細を提出せよ、だと……。奴ら、ついに本性を現したな」
周囲の幹部たちがざわつく。
「保存局は味方じゃなかったのか」「取引の条件が変わりすぎだ」
「要求を呑めば、完全に従属だぞ……」
俺――アキトは、会議机の端に座らされながら、背筋を冷たくした。
(……これ、ゲームで言えばラスボスからの“属国イベント”じゃん。ここで従ったら、選択肢ゼロでエンディング直行……)
「理由はなんだ……」
シエラが腕を組み、難しい顔をした。
「……資源不足、か。それとも……“男が現れた”という噂を掴んだのかもしれません」
「は?」
思わず声が裏返る。
「ちょっと待て、それって俺のこと!? 噂の元凶ってこと!?」
カレンはちらりと俺を見やった。
その黒い瞳の奥には、怒りとも焦りともつかない光が宿っていた。
(……こいつを見つけたのは、幸運か、それとも災厄か……)
そんな心の声が透けて見えるようで、俺は思わず視線を逸らした。
◇
その時。扉が勢いよく開く。
パトロール帰還兵が駆け込んできた。
「報告! 丘陵地帯で野党の斥候と遭遇戦を行い、捕虜を確保しました!」
場がざわめく。捕虜が引きずられてきて、膝をついた。
頬に傷を負った若い女兵士だ。目は虚ろだが、口だけは笑っている。
「へっ……やっぱりいたんだな……男が……。赤鎧団は、とんでもねぇ宝を隠してやがる……」
場が凍りついた。
その言葉は、疑念を一瞬で事実に変えてしまった。
「なぜ知っている……」
カレンが低く唸る。
捕虜は笑ったまま答えない。
だがもう十分だった。
野党にアキトの存在が漏れている――それが事実として突きつけられた。
「内部に裏切り者が……?」
幹部たちが顔を見合わせる。
シエラが手を叩いて場を鎮めた。
「今は団結が先よ! 犯人探しを始めても、時期を誤れば混乱を招くだけ!」
カレンは沈黙した。
その横顔は険しく、だがほんの一瞬、俺の方へと視線を滑らせる。
(……守りきれるのか、私に……)
◇
会議の後。
俺はシエラとカレンに両脇を固められ、通路を歩いていた。
「……俺がいるせいで、赤鎧団が狙われるなんて……これ完全にバッドイベントだろ」
そうぼやく俺に、シエラが首を振った。
「違うわ。あなたがいるから、保存局に依存しなくて済む未来が見えるのよ」
そう言った瞬間、頬をほんのり染める。
おい、そういう真っ直ぐな言い方はやめろ、こっちが赤面するだろ……!
カレンは小さく鼻を鳴らした。
「……軍閥の未来を、一介の男に託すなど正気の沙汰ではない」
言葉は冷たい。けれど、その声音にはどこか嫉妬めいた熱が混ざっていた。
思わず俺は二人を見比べ――(……やべぇ、これフラグ立ちまくってるだろ)と心の中で頭を抱えた。
◇
夜。
俺は狭い寝床で天井を見上げながら考える。
(ただのオタクだった俺が、保存局と野党と教団の思惑に巻き込まれてる……これ絶対シナリオ分岐の前触れだよな)
隣の部屋からはシエラの穏やかな笑い声。
廊下の向こうからは、見張りを終えたカレンが低く兵士に指示する声。
二人の存在を意識するたびに、胸の奥がざわつく。
――この世界で俺は、確実に“特別な駒”として扱われ始めていた。
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