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第六十二話。

 何度か目の再出発でも行き先はなんとなくあるだけで、決まって居なかった。だから私はまた、西に向かうことにした、何となく前回の旅路の続きをするように、まだ未開の地へ向かうことにした、四国やら関西はもう良いとして、国内線のチケットを見た、何となくでまた決めた。山口県は宇部空港に行くことにして、当日のチケットを買って、私はまた、成田空港に戻る。


 山口は始めてで、わざわざ選んできたけれど、これといって行きたい場所もなく、歩夢も探していないし、ただ前回まだ行ってない方向に続けようと思った。日記がガイドブックとなってなんとなくそこを追いかけたい気持ちもあったかも知れない。

 映画では見たことがあった、九州にも行くつもりだ、なんの映画かは覚えていない。

 とりあえず私は下関のゲストハウスへ行ってドミトリーの部屋に泊まった。唯一変わらない旅のスタイルは節約である。


 部屋のオーナーがどこへ来たのかも分からずに、僕の名前を呼んだ。きっとそういうこと、きっとこれから行くどこかへのスタートダッシュ、どうしてか、こうしてか。私は彼について行った。着いたのは。滝だ、綺麗な滝だった。春先のまだ寒さが残る今は入ることは無謀に思えたが、彼は、ロングのヘアーを束ねて、飛び込んだ。何の躊躇もなく、きっと私は彼に出会うために今日ここに来たのだろう。

 すぐに上がって来た、彼は髪を解いて聞いた。

「覚えてないのかい?」

「えっ?前に会ったことあるんですか?」

「本当に?色んなことしたじゃんか」

 色んなとはどんな事だろうかと気になったが、聞かなかった。

「私、実は記憶喪失で」

「なるほどね、」

 彼はそう一言、放ってまた車まで歩き出した。

 車が走り出すまで一言も喋らなかった。

「多分だけど、梅は本当は覚えてるんだと思うよ」

「えっ?」

「だってここにどうやって来たの?」

「ここ?」

「このゲストハウスだよ」

「それは…、たまたま、見つけて」

「すべては必然なんだよ」

「うん、」

「きっと腹の奥では分かってる、わかってるけど、何か忘れたい、思い出したくない’’何か’’があるんじゃないかな?」

「…」


 何も私が言わなかったら、彼も何も言わなかった。私はゲストハウスについても一言も喋らずに、部屋に入った。ドミトリーには誰も居なかった。部屋の中、一人やまない思考と対峙しながら寝ようと努めた。

 つまりは、私は健在意識では覚えていないということを選択しているけど、実際は覚えていて、潜在意識にはちゃんと記憶は残っていて無意識にそれを思い出さないことを選択していると、確かにそれはあり得る話だと思う。というよりもそれしかあり得ない様な気さえ今はする。では何でだ。何でなんだ。

 私は流しに行って顔を洗った。鏡に映る私はどこか寂しげで何かを私に訴えかけているような、私は一体、何を私にしてしまったんだろう。きっと歩夢とのことかも知れない。私は何かを通して私自身との間に大きな傷を、いや大きな溝を作ってしまったんだ。

 「あぁ結局、記憶を思い出さなければいけないのか、そこ以外に進べき道がもう分からない」


 結局寝れなくて、空腹に気づいた私は部屋を出た。

 あの日記を手に取って。

 当てもなく玄関を出るとロングヘアーを降ろしたオーナーがタバコを吸っていた。

「一本貰えますか?」

 私はいつもと違うことをしたい気分だった。

 やはり咽せたが、意外にも心が落ち着いた、あの匂いも嫌な気はしなかった。

「きっと、君は、また新たに出発したかったんじゃないかな」ロングヘアーはそう語った。

 私は何も言わなかった。

「よく知らないけどさ、きっとリセットして、また始める、そんな機会を手に入れたんじゃないか」

「うん」とだけ言った。

 きっと私が自分で許可を出せば、’’それ’’を思い出すことも、この旅を終わらすこともできたんだと思う。

「もう、終わらせてもいいかも」そう吐き捨てたのは、別に全てがどうでも良くなったからではなかった。それなりに長く続いた旅にも、もう心躍る状態ではなく、家には帰りたくもないし、消極的に自分の設定した道を消化しているに過ぎなかった。

「うん、終われば、始まるからな」タバコの煙と一緒にマスターの口から吐き出されたその言葉は美しかった。

 私は、本当にこの旅も、もう言い訳的に続けている記憶喪失も、自分探しの旅も、終わりが来ることを悟った。

 

 次の日、マスターからカートンでもらった紙タバコを手に私はゲストハウスを出た。記憶と日記を照らし合わせて導き出した行き先には恐れと希望を感じている。そうして私はついに、日記の終わりのあの地に向かうのだった。

 調べてあった、高速バスに乗ればすぐに、九州が見えてきた、この橋を渡れば、もう着いてしまうのだ。


 日記を振り返ろう、そこにはゴールの様なものがあった、それはこの旅の終わりを意味しているのかもしれない。日記の終わり、きっと歩夢の旅の終わりでもあったのだろう、私はそこに向かうことで、この自分探し、いや自分からの遠飛行を終わりにすることが出来るのだろうと確信していた。 


 それは根拠のない自信というものだろう。

 それでも良かった。今の足りない私には、足りない記憶では、根拠がある方が不信に思えた。

 行くのは熊本、阿蘇の山であった。そこで歩夢は茅葺屋根の茅を刈るバイトをしていたらしいのだ。


そんな訳で私は高速バスと電車を乗り継いで熊本まで来た。阿蘇山はどこにあるのかというと私には分からなかったから、地元の案内所に向かった。

 阿蘇山への行き方は分かった。しかし肝心の茅葺のバイトへの情報は掴めてはいない、そんな状況で阿蘇山に向かっても、、そんな思いから、私は日記を片手に情報を探そうと街を歩いた。顔を上げるとショッピングセンターの大きなガラスの面に私が写っていた。「そうか、この日記を書いたのは私なんだ」

                   


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