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第六話、私はつき…。


 一人になって深呼吸した。まだ日が落ちきっていない優しく暗い青色の空に月が見えた。消えてしまいそうなくらい細かった三日月は立派でふっくらした三日月になっていた。太陽が帰るのを見届けた、気持ちが落ち着かない、何だかこういう時に気を紛らわせられる活動がない。例の日記でも読もうかと思ったが今は違う。というかどうでもいい。でも何かしたい。私はとりあえずベットから起き上がって部屋を出た。何となく病院内を歩いて、何となく降りるよりは登って、なんとなく良く月が見えるかなって屋上を目指して。鍵が空いていたのでそのまま月の見える特等席を見つけて腰掛けた。お月見って季節でもないし第一満月でもなかったけど私はどちらかというと三日月の方が好きだし、私だけのお月見だ。少し高台にあるこの病院から街が一望できた。街といっても住宅がちらほらあるだけで静寂と落ち着きに満ちた田舎だ。遠くの方には大きなビル群が少し見えて、目が暗闇に慣れてくると富士山が見えるような気もした。

「あぁ〜〜〜どうしよっかなっ」珍しく外に出た思いは風がヒューっと吹いてさらっていった。

 「どうしようもないだろ」驚いて振り返るとそこに男性が居た。おそらく同い年くらいの。薄暗かったから二度見した。幽霊とかは信じないけど幻覚の可能性があったから。もう一度前をみて、また見返した。

「大丈夫、存在してるよ」彼は私の気持ちを読んだようにクールにそう言う。すらっと長い足を畳んで私の隣にあぐらをかいて。まるで世界の中心は自分だと言わんばかりに気持ちよさそうに前髪を掻き上げる。

「えっどなたですか?」私の質問に彼は笑って答えた。

「お前本当に記憶喪失なんだな、こりゃいい」私は少しムッとして何か言い返したかったが黙ってしまった。というかお母さんの話、違うじゃない。なんだか自分は隠してないのに恥ずかしくて顔が熱くなって。余計に言葉が見つからなかった。

「ん〜一言でいうと幼馴染だけど、この顔見覚えないか?」彼は好奇心に富んだ笑みを浮かべ、だんだん近づいて来て、また前髪を上げて顔をぐいっと近づけてくる。この人には恥ずかしいという概念はないんだな。思わず照れてしまいそうになる距離にもあえて動じない様を見せるため、動かなかった。いや動けなかった。大人びた立ち振る舞いにその幼い顔だちは不釣り合いで、子供じゃん無理してんのかなって笑ってしまった。

「あーなんとなく見覚えあるかも」

「嘘だな」そう言われたけどあながち嘘じゃなくて一眼で彼に安心感を覚えてもいた。

「でもなんでここが分かったの?」

「そりゃお前いつも何かあると屋上行ってたじゃんか」彼はそう言いながら足を伸ばしてまた座り込む。

「そうなんだ。」「ねぇもっと教えてよ私の事」彼はこれは傑作といった表情で笑った。

「梅の事、梅に教えるのか、そりゃね、誰かに聞くなら真っ先に聞くべきは俺だよね」

 目が慣れて来たのか彼の存在感か、妙に明るく感じる夜はなんだか現実感が薄く、夢でもみているのかと思う。そんな感覚も相まって緊張しない。不思議な心地よさに身を委ねる。月明かりに照らされた彼のサラサラの髪にはうっすら天使の輪っかのようなものが見える。

「あっ、ね」私は見惚れてしまっていた。「ちょっと冗談じゃないんだから、あと、どや顔やめて」

「ごめん、ごめん、こうやって話してるとお前が記憶喪失だって信じれなくて」

本当冗談だったらいいのにね。そう呟くと私の気分が下がったのに気が付いた彼が言った。

「お前はいいやつだっ。それにポジティブだろ!」

「何それ」彼のやさしが余計に感傷的にさせた。

「でもさ真剣な話し、本当に思いだしたいの?」

「え、分からない」とっさに言った、それが本心だった。

「でも両親も悲しんでるし、友達だって今日散々だったんだから」

「梅はどうしたいわけ」

「何が?」

「いや、わかるでしょ」

そんなこと初めて聞かれた、みんなそんなこと、分かりきったように聞かなかった。みんな私は可哀想だって。それは優しさというものなんだろうけど。

 やっぱりその質問には答えられなかった。

 答える用意ができていなかった。

 私は意外と自分自身で本当にそのことを考えてはいなかった。

 周りが思い出して欲しそうで、そのために……私はそれらに反抗心を持っていたけど、本当のところ自分ではよく分からなかった。 

 この状況。私。何もかも。実感がない中、ただ周りが用意してくれた居場所にいるだけだった。

「それはなんつうか、お前が本当にお前であることとは違うっつうか関係ないと思う」彼は黙りこんだ私にそう加えた。


「。。。哲学者か」そうふざけるのが精一杯のありがとうだった。

 二人でその後しばらく月を観た。空っぽな私の記憶には鮮明すぎるほどにその夜のことは刻まれた。

 この人は私が一緒に過ごした日々を覚えてなくても気にしない。そのことだけが今、私に’’生きている’’を実感させた。

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