第五十七話、言ったでしょう
歩夢はゆった。「でもこれは、お前の為なんだ」と。
わたしも言った。「どうゆうこと?」
「それは言えない」
「ずるい」
私は更にいった。「うそ」
それから私達は沈黙の時間を共有して、何事もなかったように、また会話を始めて、映画を見にゆくことにした。
映画なんて久しぶり。病院を出てからしばらくドラマや映画を一人、部屋のパソコンで見ていたが、もちろん旅に出てからはまったく見ていない。
「何ししよっか?」
「なんでも」あゆむにまかせた。
「えーこれリバイバル上映じゃん、これにしよう」
私達はコテコテの恋愛超大作を見ることにした、船のやつだ。
映画館の中に入り、シアターの席に着くために、階段を登る。手にはポップコーンと、苦手だったブラックコーヒー、それも歩夢に選んでもらったものだ。リバイバル上映といえど、人気の大作、恋愛映画というのもあってか席にはちらほらとカップルがいた。あれ、私たちもカップルに見えているのかな、それはそうか、年頃の男女二人がポップコーン片手にこんな映画を見にきているんだ。でも違うんだ。そういう意味ではここにいる何組かのカップルもそう見えているだけで実際は違かったりするのかな。そんなことを考えているうちに上映が始まった。数々の予告編は全く覚えていない。丁度、病院で目覚める前の私の人生の様に。
映画が始まって気がついた、隣に居る彼は、きっと私が好きだった人だ。映画の中でおばあちゃんが回想する、今はもういない、大切な人。丁度その人が、おばあちゃんにとってのあの人が、私にとってのこの人なんじゃないか。まだ居るけれども、もういない。もう会えない。もう覚えていないから。いや実際に居ないのは多分、わたしだと思う。
「ごめんね」小声でそう、彼の耳元に吹き込む。
「え?」
驚いた様子を一瞬見せたが気にせずにポップコーンを食べる彼は、きっと私以上に何かを理解していて、知っていて。きっとこの言葉の意味も私以上に理解していた。
映画が終盤を過ぎた頃、彼が私に言った。
「いんだよ、もう」「すぎたことだろ」その吐息に含まれた熱に私はドキドキしてしまう。そんなの恥ずかしくて彼には気づかれたくない。映画館が暗くて私は嬉しかった。きっと顔が赤かっただろうから。
何も悟られないように、なぜか私はおちゃらけて、「何よ、急にっ」って私が言った言葉もなかったかの様に、普通の女の子を装って。
そのあとの映画には全然集中はできなくて、彼の言った言葉も私が返した言葉もただ頭の中をぐるぐるした。もう食べ終わったはずのポップコーンに手をかけ続け、ポップコーンになれなかったトウモロコシのたねを一生懸命噛むのだった。
映画館を出て、何も言わずに、何の会話もせずにただ、歩夢の横を歩いて、彼の宿の部屋までついてきた。ちなみに映画に日本語字幕がなかったことは言うまでもないが、意外と映画の内容やセリフが入ってきたことに私は少し自分を誇らしく感じていた。
ホテルの部屋のドアの前まで、私達はあたりまえに来た。ドアの前で歩夢がこちらを見たけど、私は顔を逸らしてでも、身体は少し近くに寄せた。歩夢はドアを開けた。




