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第五十六話、「あれっ?」

私達は朝食を後にして、二人で私の部屋へとやってきた。彼は一晩だけではなく、とりあえずと3日間、部屋を予約してくれていた。支払いは父親のポイントだそうだ、有名な高級ホテルのチェーンは御用達のようで。

 部屋に来たのは決していやらしい理由ではない、私は自分より身長の低い彼にそんな気を起こさない。確かにマスターとのことがあってから身体が前とは少し違って異性を見てしまうようにはなっているが、今日部屋に招き入れたのは日記を彼に読ませるためだった。私にとって誰でもない彼は、ずっと一人で抱えてきた秘密を明かすにはぴったりだった。私は初めてこの’’日記’’を他者に見せるのだった。

 「ゼッタイによむな」

 「コレよんでいんですか?」

 「いいの、いいの、誰かに読まれたくないだけだから」

 「だめじゃないですか」私は笑ってしまった。確かにそうだったから。

 「そうね、でもよんでみて」

 「よみますよ、はい!」

 彼が日記を読んでいる間、私は退屈に感じた。ああ、どうして私はこんなところへ来てしまったのだろうか、何をしているのだろうか、なぜ旅を、そんなに歩夢に会いたいのか、見つかることもないだろうに、本当は探してもないのに、私は逃げている、なんで生きるのか分からないから、

 記憶を取り戻すことから逃げている。

 「よみました」

 「うん」

 「よくわからないとこまったけど、梅さんとにてます」

 「えっ?」

 「このひと、うめさんと幼馴染ですよね?」

 「うん」

 「そして梅さんは彼のにっきをみて、たびをはじめた。そして今がある、そうですよね?」

 「うん」

 「へんだ」

 「へん?」

 「いや、おかしいとおもいませんか?たびにでるのに日記の内容をおいかけるなんて」

 「あぁ、」思わないわけない。

 「それにうめさんはさがしてる」

 「ええ、」

 「このひとが前にたびをして、またおなじところにいくとおもいますか?」

 「思わないは、」

 「そうです」

 「そうよ!よう、だから韓国まで来たんじゃない!」思わず声が荒げる。

 「そういうことですか」

 無言の私は窓の外から目線を下に下げた。

 「でもどうするんですか?」

 「ーーどうって?、いやどうしようね?」彼に顔を向けたのに視界がぼやけて彼の顔がよくみえなかった。「あゆむ?」

 心の中でそう呟いていた。

  ほんとうはこんな所に歩夢が居ないことなんて分かっていた。別に期待していない、ただ探すのにも疲れた(最初から探していたのか分からない)それに、家には帰りたくなかった。大学だって、行ってどうしろというのか、生まれたばかりの私は大学を出て就職するにはまだ若過ぎた。

 「そんな心配、わたしには贅沢よっ」

 「エッ?」難しくて怖かった。韓国の彼がやっとハッキリ見えた。

 「いいのよ、今日はやっぱり一人でいるは、日本語の勉強は明日でいい?」

 「ええ、モチロンです。でもダイジョウブですか?」

 「うん、だいじょうぶ、ありがとねっ」

 彼は静かに部屋を後にした。

 少しばかり眠った。あたりが少し黄金色に色づいてきたころ、私も部屋をでた。

 夕方からの散歩だ。ソウルにも春があって、少し暖かくなってきた肌に、やさしい風が挨拶する。どこかで感じたことのあるような感覚はきっと、やはり、日本だろう。どうも初めての海外はとっても私の故郷に似ていた。

 観光客の多いエリアまで来て、お腹が減っていることに気づく。そうだビビンバが食べたい。どこか地元の人が行くような親しみのあるお店に。もう誰も私を止めない。気兼ねなく感覚に身を委ねることができた。

 坂の多い街で、登ったり下がったり。あまりに歩くものだから空腹が限界に近づいて、少し気持ちが悪いような気さえした。よし、さっき見た、坂の上の曲がり角の手前の店にしよう。私は振り返ってもう一度、坂を登ろうとした。

 振り返った瞬間、見覚えのある横顔があった。あのあどけない顔を私は少し下から見上げるのだった。デジャブのような感覚。顔つきと不釣り合いな身長が、私に少ない記憶との合致を見せる。数歩行って。立ち止まる。振り返ると女の子のように髪を伸ばした歩夢がこちらを見て笑っていた。

 「ばーか。」


   ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎


 「そりゃ、すごいな」私は歩夢には旅の話はしたんだけど、肝心の歩夢を探していた事と、日記をあてにして目的地を決めてきた事は伝えなかった。なんでだろう、何で私は言わなかったのかな、その時には知るよしも無かった。

 「ありがとな」

 「何が?」私は意味の分からない、突然のお礼に首を傾げた。

 「いや、いんだよっ、何でも。とにかくありがとう」

 「なにそれ、気持ちわるい」歩夢は何か言いたげだったが、同時にその出てきそうな思いを堰き止めているようだった。

 「じゃあさ、一緒に旅しよっか、ひとまずは」

 「え?韓国はってこと?」

 「いや、別に韓国だけじゃなくていいけど」

 「ふーん、まあ、いいけどっ」

 「なんだか、嫌そうだな、」歩夢はテーブルに手をつき頬へ細長い手をだるそうに添えた。韓国のカフェはモダンで歩夢は何だか、その場に相応しく見えた。

 「そんなことないけどさー」私も真似して、でも両手に顔を預けた。

 

   ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎


 いったいぜんたい、何故、今、歩夢といるのか分からなかったが、一度ホテルに戻り、二人で夕飯に向かった。きっと何か進展があるはずだ。だがしかし、私の心は想像以上に波風が立たなかった。きっとやり過ぎ症候群的なやつだ、ずっと強い思い出で歩夢に出会うことを願って、それでも会えなくてもういいやって思い出した矢先に歩夢と出会った。なんだか、力が抜けてしまったのだ。

 そして、歩夢にまたあったことが、同時に私に新たな不安を持ち込んだ、きっともう、逃げられない、私の過去から。私の記憶を私は追いかけないといけないのかもしれない。

 「人生って疲れるな〜」

 


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