第四十二話、『ガハハハッ』
「あなたは誰?」
「旅の人かい?」
歩夢がおそらく長らくバイトしたであろう京都の家庭的な雰囲気の居酒屋で聞くに聞けづビールを何杯も飲んでいる私に声をかけてくれる人がいた。
どうやらこの人は常連さんで私はいくつかの会話をしたのちに酔いの力も借りて歩夢のことを聞いた。
彼女はいや彼女というよりはお姉さん。というよりおばさんは歩夢のことを知らなかった。
「いやそうですよね」
なんて言って私は照れ隠しをした。まだ旅を始めてそんなに経っていないけど、もう、こんな酔ってしまった日には自分が随分と惨めに感じられた。
「よかったら聞くよ」って、
常連の男まさりなおばさんが私に梅酒を奢ってくれた。
なんだか私の名前とよく似たお酒だな、なんて思いながら。私は一連の歩夢に関することと記憶喪失の話までを一気に話した。
「私、おかしいですよね」
梅酒の甘さが優しかった。
「そんなことないは。それは恋ね」
っておばさんは分かりきったという口調で言った。なんだか嬉しそうだった。
「でも私、本当に記憶喪失なんですよ。彼も幼馴染らしいけど事故のあとのことは私、何も覚えてないし、変じゃないですか」
「そうね、私には記憶喪失の経験はないから分からないけど、でも、ほらみんな記憶喪失みたいなものじゃない?最初に誰かと出会うトキには何も知らないんだし。それでも誰か分からないのに好きになってもっと知りたいって思う。そう考えたら普通よ、そう、普通よ、」
おばさんの言ってくれたことが私を励ますためのその場しのぎの発言ではあると思ったけどそれを聞いてなんだか凄く納得してしまった。
「たしかに、そうですよね。みんな記憶喪失みたいなもんだ」
私は確実に酔っていた。
「そうそう」
おばさんはビールをおかわりした。居酒屋の暖色系の照明がおばさんのお酒が入った赤い頬とすごくマッチしていい雰囲気だった。
「でも私、自分が分からないから、私が本当に彼のこと好きか分からないんです。彼のこと深く知らなくてそれはあるけど、それ以上にもっと自分が分からないから」「この気持ちも本当か分からないから、なんか良いのかなって」
「うん、でも良いのって?」
「いや、なんか。たとえば昔に私もう失恋しててそれで執着してたらどうしようとか」
「ああ、そんなことか、心配ね。恋だね〜私もそんなふうに不安になったことあったな」
「そういうもんですか…」
私は話しながら少し自分に驚いてもいた。私、こんな不安あったんだ自信ないんだって。ついつい泣き出してしまった。
「大丈夫、大丈夫」「がはははっ」
これでもかという大笑いをした、おばさんは慣れた手付きで私の背中をさすった。自信に満ちた、人生の山場は一通り超えてきた人の手だった。いったい彼女はこのお店で何人の肩をこうやってさすってきたのだろう。




