第四十話、『壮絶な夜明け』
「菜穂子さん、ちょっと聞きたいことがあって」
「いいよ」
私は晩御飯の下ごしらえをする菜穂子さんをキッチンで呼び止めた。ちょうど夜と昼の境目の青白いキッチンはなんだか非現実のように思えた。
「あの歩夢って子が昔ここでバイトしてたと思うんですけど」
「ああ、そう。いつごろかな?」
「あの、数年前の7月に来たみたいなんですけど」
「7月、数年前、そうね。そしたら私は居ないわね」
「えっ、」
「私ね、実はここ、長くないのよ」
「長くない?」
「ここね、前の夫のなの」
「あっはい?」
「前のというか、今のでもあるけど、亡くなった夫のね」
「えっ」言葉がでなかった、こんな凛とした美しい女性の背景にこんな残酷な現実があったなんて、いや残酷かどうか正直分からなかったが、なんて言葉をかけたら良いのか分からない。
「いいのよ」
何かを悟ったように一言だけ彼女は語った。
ということは歩夢がどうのって、自分が恥ずかしくなった。
「旅先で出会ってね、それから割とすぐ一緒になって、ここで暮らしたんだけど、すぐ行っちゃった、あいつ」
「それは…」
「事故だったのよ、バイクでね、好きだったから」
少し、はにかんで明後日の方向を菜穂子さんは見つめた。
「でも、もういいのよ、本当に。もちろん恋しくもなるけど、全て決まってたことなんじゃないかって、今は思うの。それに彼はここを残してもくれた、旅を続けて行き先が分からなくなっていた私に道をくれたのだからね」
「そんな…素敵です!」
素直な反応だった。
「そうだ彼ってどんな子なの?」
「あっ。身長はちょっと高くて、子供っぽい顔なんですけど意外と男らしい感じで」
菜穂子さんは私が伝えた彼の印象に笑っていた。
「梅ちゃんは恋してるのかな」
「えっなんで。私はただ」
「良いのよ、素敵なことじゃない。どうであれ誰かを思うって」
ちょっとイタズラっぽく、だけど少しもふざけていない菜穂子さんのその余裕は優雅だった。人生の酸いも甘いも味わってきた大人の女性は憧れる。
「でもごめんね、会ったことはなさそう」
「いいんです、ありがとうございます。それと私、明日やっぱり出発することにしました」
「そう、探しにいくのね」
「はい…!」
「いってらっしゃい。でもむりしすぎないでね、いつでも一番大切なのは自分よ」
「えっ、でもっ」
「いいの、いいの、今はその言葉をしまっといて、どこかで必要ならでてくることがあるかもだから」
「わかりました。今は難しくて分からないけど、ありがとうございます!」




