第三十三話、始まりの初め。
「あぁ私って何なんだろう」
それは私が誰なんだって言うのとは違くて、人生や自分自身が不思議に感じる感覚。私は時々この感覚に陥る、悲しくも嬉しくもなく、感情は動かない、ただ不思議だなって思う。今の状況も、何かを求めて旅に出る自分も、この目に見える世界も不思議だ、でも歩夢を思ったら、歩夢が好きだって感じたらそこに不思議な気持ちはなかった。必然。愛。言葉を選ぶとすればこんなところ。胸の内が暖かくなって生きる喜びが、いやこれは言い過ぎか、生きる、、いきる。
「終点は名古屋〜終点は名古屋〜」
アナウンスで気がついた、どうやらもう着いてしまったみたいだ。一瞬に感じたが随分寝ていたみたいで首が少し痛い。もう少し先まで行くことも出来たけど、私はここで駅を出た。お腹を空かせながら繁華街をゆらゆらと歩く。キャッチのお兄さんが積極的に話しかけてくる。「お姉さん飲みですか?」私が飲みに見えるのかと疑問に思いながらも、店を見ると居酒屋か、お兄さんお姉さんのお店と言う感じでこの通りに来ていると言う時点でそういうことになるのかと思った。居酒屋のご飯は嫌いではないが一人でそこに入ろうとは思わなかったので裏路地に入った、直ぐに赤提灯が目に入る。いかにも地元民に愛される常連の店という感じで、その妖艶で優しい佇まいは一眼でそこに決めさせた。
「いらっしゃい」
中に入ると綺麗に髪の毛が一本もない、背中の曲がった店主が迎えてくれた。店を眺めるとそれは五角形で三角形のキッチンにカウンターが着いていた。奥のテーブル席にはいかにも仕事終わりの会社員の男が二人でかなり酔っ払っているようで何か熱く語り合っている。
カウンターにはこれまた仕事おわりであろう男女三人の大人の一行が楽しそうに話している。どこに座ろうかと立ち尽くしていると、「ここどうぞ」思わずビックリしてしまったが入口の直ぐ横にある小さなテーブ席からお誘いを頂いた。店主のそれとはまた違ったピカピカの頭をしていた。背中が店主よりも曲がっている。「すまんね、角さん」店主が声をかけた。私の人生よりも長い関係が彼らにはあるんだろうな、まぁ私にとってイメージできる人生は一年もないんだけど、それでも感覚的には生まれたばかりという訳ではないから、時の長さにも思いを馳せることが出来る。だからこそ歩夢との関係も私の記憶の中だけじゃなくて何かもっと感じる物があるんだ。他の人がどう生きてるかは分からない、この世界が2014年だってこととか今は5月だってこととか色んな時間を示す数字があるけど、どれもこれも意味を感じない、私が21歳だって事は客観的事実から分かるけどなんの実際性もないというか私にとってそれは、いくらの意味も持たなかった。私は…。
「ビールで良いかい?」
「はい』
反射的に答えてしまった。私はお酒が好きなのかも分からないけど、何でもこの旅では試してみたい。
「お嬢さんは旅のお方かな?」
仙人はそう優しく私の顔を覗き込む。
「はい」
私はこの居酒屋に入ってまだはいとしか言っていない。
「見る所、まだ旅は始まったばかりだね」
見た目だけじゃなくて聞き方も仙人のようだ。
「そうです」
今度は違う言葉で返した。
「旅の目的はなんだい?」
きっとこれから旅先で会う人にはほとんどこの質問をされるだろうと思ったらなるべく簡単に答えたいなと思った。「自分探しです」ふっとこの言葉が出た。言ってみてこの言葉は更に最適だと思った。一言で分かるし、これ以上聞くのが難しい、それでいて納得はさせられる。何だか自分が人を欺いている気がしたが、自分に問うてみれば、あながち間違いではない気がする。自分探し。この一言には全てが含まれている気がする。きっと旅がどんな展開を迎えたって、自分自身というのが何かしらのカタチで見つかってはいくのかなと思う。それは探さなくても見つかっていくもの。それは失っていなくても見つけていたいものかも知れない。記憶喪失の私は逆に自分が何かを見つけて’’ない’’感覚はないのだが。
仙人は笑顔で頷きながらビールを飲んだ。
「そうですか、それはよいですね」
「良いんですかね」
私は苦笑いで逃した。
「さぁ乾杯しましょう」
ビールを受け取って仙人は言った。
「では自分探しに。ハッハッハ」
これまた苦笑いをしてとりあえず乾杯した。
「にっがっ!」
記憶上初めてのビールは旅立ちに日に新鮮な印象を残した、ニガ味と一緒に。




