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第三十話、君は。

「お父さん、お母さん、元気でね」心の中でつぶやく。

 駅まで送ろう、と父も母も言ったが、すぐ戻って来るからと遠慮した。そんな大それた別れでもなければ、そんな大それた関係ではない、いや感じられない。

 人の関係とは信頼とはやっぱり一緒に生きた時間、つまり記憶が大事なのだろうか、良く分からない。

 彼らを両親と認めているが、記憶では病院で目覚めたあとの時間しかない。ホームステイをして随分、打ち解けた、というよりは関係が”ある”とは思うがそれでも今、改札を通りながら感じるのは両親や地元を離れる寂しさよりも大きなリュックのわずらわしさだ。

 随分と周りの人にも見られるし、舌打ちしている人もいる。全くこれだから、この時間軸を離れたいというのだ。このような人にはどちらかというと同情する。彼ら、その人自身の性格が悪いということはないのだろう、毎日の激務や家庭のプレッシャー、そして寝る時間も十分に確保出来ず、憂鬱に出勤する。どうして心に余裕を持てようか、私は今の自分の状況に感謝した。それはもちろん記憶喪失ではなく、今旅に出れるということ。

 好きな人を探しに行けるということ。自分の気持ちにだけ従って良いということ。

 自由ということ。(この自由が後に私を苦しめることも知らず、私はまだあの時、自由の意味を履き違えていたのだ。)

 でも、もしかしたらこれは記憶喪失が故に出来ることなのかも知れない。神様は悪いことが起きた私に同情してプレゼントをくれたのかな。いやもしかしたら。記憶喪失自体が一つのプレゼントだったりして、それはないか、でも不思議なんだ、病院で目を覚ましてから最初は随分、困惑した。両親と生活するだったり、大学に慣れるだったり、でも正直そんなに思い出したいと思っていない。

 歩夢のことが気になって二人の間がらがどんなだったかとか、もしかしたら付き合っていたのかもとか、歩夢でもって思い出したいとは思ったりしたけれど、それでも私、もう今の私で良いかなって思う。今の私で完全に良しとする為に実家も大学も出たのかな、それらは今の私ではなくて、前の梅が持っていた生活なのだから。

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