第二十三話、空白
歩き旅をしているときかいつの日か、自分は人類は皆、一瞬の記憶喪失なのではないかと思った。自分と出会う、自分探しの旅、無意識の意識化。これらはどのようにして起こるのか。そのプロセス自体が人生だとしたら。そんな思いから、これを描き始めました。まだ途中ですが、梅がどうなっていくのか一緒に見守っていただければ幸いです。
空白の時間、静寂の夜。私は大学で単位を取りカウンセリングにも行き続けた。あぁ両親に話さなきゃって思い続けながら思えば思うほど難しくなって、帰ったら話そうって決意して帰って、夕飯あとにしようって緊張しながらご飯を食べて、最後には呼び止められずに、明日にしようって、寝つきの悪い夜をくり返した。
あんな風に言った手前、恥ずかしくて紗栄子にも相談できない。心理学の授業で先送りの心理について取り上げてくれないかな、専門が違うか、何だか自分の中で八方塞がりになってしまって、私はどうしようもなく不安に襲われている。
やっぱりやめようかなって気持ちが脳裏によぎったトキ、私は草食動物が逃げるような反射で教授の部屋へ向かった。
トントントン。
「・・・・・・」
「どうぞ」
「すみません。梅です」
「今開けますから、ちょっと待っていてね」
廊下で教授を待っている間とても不思議な気持ちになっていた。何でだろう、何だ生きてるって。
私が認知していて、自分自身に対して考えて、感情があって、何か求めて人に会いに来て、緊張しながら待っている。あれ私どうしたいんだっけ? 何だか不思議な落ち着いた気持ちだった。いつの間にか寝ていて起きた時のような。
ガチャ。
「お待たせしました。とりあえず中へどうぞ」優しいい声で言ってくれたのに私は気が引けて臆病者になってしまった。
「すいません、やっぱり大丈夫です」
「ほんとうかい?」本当に大丈夫なわけなかった。
「すいません」
私は被せ気味に言って、その場を足早に立ち去った。驚くかもしれないけど焦りはなかった。
私は不思議な俯瞰した視点から自分自身を見ていた、だからやっぱり辞めたのだ。この状態では話すのが難しくなったのかも知れない。
そのまま、大学の中庭へ出て今日は天気が良いことを知る。
「結構良い雰囲気何だここ」ボソって言って私はベンチに座った。
はぁー。深呼吸してエネルギーを吸い込んだ。まぁ良いんじゃない私。大学を続けても辞めても、旅に出ても、出なくても、歩夢に会えても会えなくても良いと思う。
「良いよっ」
私がそう私に言った。
もう一度、深呼吸して家に帰った。
もう何も考えず、母親を呼び止めた。
「話しがあるの、大事な」母親は心配そうな顔で席についた。
「お父さん何時頃、戻るかな?」
「もう直ぐな筈よ」
「分かった、じゃあお父さんも待つは」
「わかったは、じゃあお母さん食事の準備始めちゃっていい?」
「いいよ」
私は何だか肝が座ったみたいだ。
急いで夕飯を準備する母の包丁の音が聞こえる。私はソファに座って父の帰りと夕飯どっちが先か想像していた。
結果は夕飯が先だった。
「いいや、先食べよ」
私はそう言って席につく。母の料理は美味しい。
少し気まずい沈黙に静かな咀嚼音が流れた。母はそれを止めようと喋り出した。
「大学はどう?」
狙ってか避けてか、パスが来た。
「私、大学を休学しようと思ってる」また少し沈黙が流れる。重い沈黙が。
「どうしてなの、聞いてもいい?」
母は自分の心を沈めようと強く息を吐き出す。
「私…旅に出たいの」
「えっ。どうして、どうして旅に出たいの?」
「大学、嫌になった?」
息が荒げて、視界がぼやけた、それでも、これでもかと優しい口調で母は質問続けた。
私はちょっぴり母が、かわいそうに思ったが、こうなることは、ある程度想定していたし、私だって可哀想だ、他人に同情している場合ではない。
「違う、大学を辞めたいから行きたいんじゃない!」
「でも、大学に行きたいとか思ってもないのも本当」
「それならどうして、旅に出たい理由を教えて、それに何処にどうやって行くつもりなの?期間は?大学を辞めなくてもいけるんじゃない?」
母の顔が少し険しくなって、少し鬱陶しく感じた。
「好きにさせてくれれば良いよ、今は答えられない」
不貞腐れてそう呟くと母の怒りを誘った。
「そんなこと、言わないで。心配してる気持ちが分からないの。ただでさえ普通の状態じゃないんだから」
母親の普通という言葉に私も反応してしまった。
「だから、そうやって記憶喪失だから問題あるからとか本当どうでもいい、覚えてないだけで正常だから!、自分で生活していけるし。よく知らない人達と家族ごっこしてるこっちの気にもなってよね」
最後の一言は言ったあと冷や汗が出た。言ってはいけない言葉だった。と、理解するのに時間は掛からなかった。
あれ程重い空気がこの世に存在してることに私は驚く。母は気をおかしくしたのか、単純にショックすぎたのか開いたままの口を閉められずに何もいえず、ただ固まっていた。
私は流石に言ってしまった言葉の重さに気づいて、言葉にならない気持ちを覚え、何か言おうと頭をフル回転させてみたが、何を言っても今更遅い。むしろ逆効果になる気がしたので無言のまま静かに二階へ上がった。無言のまま、そうあの無言。




