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第十九話、ありがとうが言えなくて。

「いえ、そんなの関係ないは」自らが自らに放った言葉は行き先もなく、収まりが悪そうに、部屋の窓から、漂っていった。満月に近い夜、私は暗くなっても、部屋の電気を付けずに床に座ってベットの淵にもたれ掛かるのだった、手にはあの日記を持て余しながら。

「わかった」彼が旅好きなことは分かった、でも何故そんなに旅に行くんだろ。旅で何か変わるのかな?単純に現実逃避かな?ともかく彼の旅の日記が読めることは嬉しかったので、急がずにまた開いてて探してみる。

 暫く読み進めて、行くと、いつもと違う書き方をしている、箇所に出くわした。まさに私が気になっていた箇所を彼は丁寧にまとめてくれていた。

’’7がつ 己が旅に行く理由 一、今生きてる現実から一歩離れ客観的にみた中で自分の本心を探していく。二、出会いから新しい可能性を見つけれる。三、デジタルデトックス、携帯やパソコン、常にオンライン上にいる自分から離れる。四、単純にワクワクする。まぁこんな所、今の現実から抜け出しよりポジティブに自己実現する為、己は歩き出さなきゃならない’’


 ずいぶん細かく書いてくれるんだな。きっと自分の中で目的を明確にしたいのかな。結局行きたいだけで理由付けしてる気もするけど、笑。今の私にはやりたいことがあってそこに向かってるのが羨ましい。だってやりたいことなんて分からないどころか自分の気持ち分からないんだもん。ねぇ歩夢、私どしたらいい?、そう呟いた言葉はやっぱり居場所がなく、ゆらゆらと夜空に吸い込まれていった。

 大学では心理学の特別授業は第三回を迎えていた。教授に来てみない?と直接誘われたものの、未だに出された問いに対して少しも答えが出ていなくて教授とは距離を取っていた。紗栄子とは楽しくしている。授業は遅刻なく課題も提出して、良い成績を取れそうだ。カウンセリングはストレスだったが最近は楽に対処する方法を見つけた、それもあって両親とは良い距離感だ。私は問題なく生きているはずだ。不幸ではいはずだ。すべきことをしているのだから。


 自分を受け入れる。現実を受け入れる。または理想を求めるのか、葛藤を受け入れるのを恐れてるのか?


 そんな事を考えていたら眠れなくなって私は夜の散歩に出かけた。

「ふぅ-」

 深い、深呼吸をして歩くことに集中してみる。一歩一歩踏みしめると心は少し落ち着いた。何だかこの感覚が日常の中で大切なんじゃないかって直感的に思った。

 真夜中も更けていたと思ったけれど街にはチラホラとまだ人がいる。

「この人達はどんな気持ちで歩いてるんだろう」

 自分が特殊に感じてしまう、それとも皆、似たような気持ちで歩いているのか、漠然と彼らと自分の違いを探してみる。

 会社から直接なのか、途中でどこかに寄ったのかスーツ姿の男性は携帯を見ながら歩いている。ミニスカートに厚底の女の子はきっと何かの飲み会の帰り道だろう、高い声で電話しながら歩いている。運動ジャージみたいなものを羽織ったふくよかな女性はきっと主婦だろう、自転車を漕ぐヘッドホンから激しめのビートがこぼれていた。君はきっと、今頃、旅をしているのだろう。

 みんなどこか違う世界に居るように見えた。いや、私だけが違う世界に生きているのかも知れない。でもそんな、明るすぎる夜の中に明らかにこの世界の住人を見つけた、もしかしたら、私と同じ世界の住人。

 花壇の縁に座って、何もしていない。最初見た時、銅像か本物か、はたまた見えるはずのないものが見えてしまったのか不安になった。

 その存在感はまるで存在してない様な、別次元の雰囲気を纏っていた。私は彼の視界にお邪魔しない様、そっと反対側の花壇の縁に座った。そっと横目で、彼をじっくりと観察した。彼の座る姿は瞑想や禅のそれとは少し違って見えたが何か神聖さを感じさせる。背筋はピンと伸びると言うより、フワッと脱力して肩のラインは綺麗な曲線を描いていた。目は瞑っていないけど、どこも見ていないような。

 何をしているのか?本当に人なのか?、霊感はないはずだと思い切って近づいてみた。

「え、、なんで?」 思えばこの状況でも恐怖を抱かず近づいてしまったのは彼が知っている人だったからだろう。

「教授、こんばんは」私は驚かさないように静かに呼びかけた。

「ああ、梅さん、こんばんは、何かの帰りかい?」彼は深呼吸するようにゆっくりと一言一言を伝える。

「いえ、散歩です」

「そう、自分探しかい?」

 教授は微笑みながら言った。

「そうと言えばそうなのかも知れません」私も微笑み返した。

「教授私、出された問いを全く考えられてないんです」

 私は彼の包容力に流され言ってみた。

「無理に考える必要はないよ、やらなければいけないことではないんだ、」

 教授の真っ直ぐな眼差しに対面して感情が湧いてくるのを感じた。

「何だか考えるのが怖いのかも知れません、うまく言葉に、、できないですが」

 何かに気づきそうで、でも気付くのを諦めた。

「うん、焦らなくて良い。受け入れながら自分に聞いてみればいい」

「自分に聞くってどうゆうことですか?」

 私はそんな優しい顔で簡単に言うなと思った。自分が分からないから悩んでいるのに、追い討ちをかけないで。

「それは教えられないことなんだ、自分で気がついていくしか、ないんだよ」

「どうやって気がついたら」

 頭には真っ白な濃い靄が立ち込めていた。

「頭で考えず直感で行動し苦しみも嫌な感情も受け入れて感じるんだ。言えることはそれぐらいかな」

「そんな、私記憶喪失なんですよ。だから考えようと、何が嫌なのかも分からないから」

「自分が記憶喪失だから’’どうか’’は自らが決められることなんだよ」

「……、それはどういう」

「君が、記憶喪失であることを選び続けてる可能性はないかい?」

「えっ…」

「さぁ夜も遅い、明日があるから今日は帰るよ」

「あ、はい」

「さようなら」

「さようなら」

 ありがとう。は心の中でしか言えなかった。


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