第十六話、私にも出来た友達。
昼過ぎの授業の合間私は秋晴れの光に包まれ思う。空はこんなに澄んでいてるのに私の心はどうだろうか、大学は退屈ではない。そう退屈ではない。退屈ではないはずだ。元の記憶が戻ったわけではないから、大学二年次を学ぶのは今の私には飛び級したようなものだ。でもその忙しさが自分の状態を忘れさせてくれた。
一年目の必修を免れたのはラッキーだ。サークルは入っていない。それどころではない。でもどうして?、大学に行って単位を取得して、卒業して、就職するのだろうか?
一つ不思議なのは、学力は消え去っていないということ。昔、学校で勉強してた記憶とか受験の経験も覚えてはないんだけど何となく知識は出てきて勉強の仕方もカレーの作り方並みには分かる。いえ、トイレの所作ほどに簡単だ。
それでも記憶以上に大切な何かを思い出せずにいる、しかしそれには記憶喪失前にもあったかも分からないものが含まれていて、思い出したい何か、という願望が含まれる。
あの衝撃から随分、時が立った、私は慣れてきている。
両親ともなんとなく良い感じになった。けれど、なんだろう感情が分からない、ふと、不安になるときがある。分からないというより動いてないのかも知れない。あれから楽しみといったら彼の日記を読むことと、紗代子とくだらない話をすることぐらい。直ぐに読み終わったら悲しいから、一日に一日分、多くても三日分だけ読んでやめにする。
誰に読ませる訳でもなく書いた彼の感情の吐き出しは私の枯渇した心を潤した。彼がなんで旅に出たのか、少しずつその答えに近づいて行っているような気がする。
’’八月十日––– もう我慢の限界に近い、己は、何故ここに居続けているのか、その答えが分かってきた
大学なんていうのは、権威の象徴であり、己は社会を構成する、一要因といて、ここに組み込まれることを許容している。義務教育ではないが、義務教育が始まった小学校から、いや幼稚園から、いやもしかしたら生まれた時にはもう、この社会を構成する、構成員といての働きを強いられているのではないか、でも誰かに強制されているわけではないだろう、小、中、はさておき、高校も一歩譲ろう、でも義務教育は終わっていて、ましてや大学には自分の意思で行っている、行ったハズであった。しかし、己に意志はあったのだろうか、他に選択肢を考えただろうか、自由意志というのはあるのだろうか、大学に行くか、ではなく、どの大学に行くのか、少しは考えただろう。でも海外に行くといった程度だ。己は完全にハマっている、見えない、台本に組み込まれているのか、最悪それでもいい、そうだとして、この台本から離れる術はあるのか、未来が、、、未来に、・過去に、己は旅にでたかった、高校のトキ、未来を妄想したトキ、一番に浮かんだのは世界を回る、己だ、私だ。たとえ刹那的な逃亡だとしても’’
結末は知りながら連続ドラマでも観ている様な、人の心の変化と決意がそこにはあった。私にはない。だけど、共感はできる。
’’七月二十三日 己はなにをしてるんだろう? 何もしてないのか、ここじゃないんだ、どこで選択を間違えたのか? こんな所でうつつを抜かしている場合じゃなかった。なんで大学なんて入ったんだ。勉強は好きではなかったはずだ、大学ならまだ海外のが良かった。なんで己はこんな選択をしてしまったんだ、でも関係ないもはや過去だ、己はこれからを選択していく、やりたいようにやっていくんだ’’
少し遡ると随分と葛藤していたことが分かった。今の私から見た彼はどこか幼いんだけど達観していて凄く真っすぐな言葉を発していたから。彼がこんなに悩んで後悔してるなんて意外だった。
それでも最後には彼の強い意志が、ネガティブなエネルギーかも知れないけど燃え上がっているのを感じて少し嬉しくなった。
「え〜梅、深層心理学の授業取ったの?」
「うん、まぁなんか思い出すのに助かるかなって」
「あの授業、全然面白くないよ。教授なんか変だし」
「そう?今の所興味深いけどっ」
「うそ〜でも梅、まだ記憶戻したいとかあるんだね、ほら親に行かされてるカウンセリング、意味ないし求めてないって言ってたじゃん?」
「あぁ、それはそうなんだけどね。記憶っていうか感情、なんか気づけてない気持ちあるのかなって」
「そっかぁ私には難しくて分からないけど、私は今の梅好きよ!」
「うん、ありがとね」
紗栄子は素直だった。