第十三話、コーヒー⓶
「なんか飲む?」
彼の部屋に入って飲み物を待っている間、さっき飲んだコーヒーのせいか、何だかそわそわしてウロウロと部屋を歩き回った。コーヒーはやっぱりやめた方がいい。
「はい、お水」私は一気に飲み干す。
「やっぱり水だっ」
彼は笑った。
「で、どうなの記憶の方は?」
「もちろん戻ってないよ」
「そう……」
思いのほか寂しそうな彼の横顔になんだか嫌な予感がした。
「俺さ、旅に出るんだ」
「えっ旅?」
「そう旅」
「えっ海外?」
「いやとりあえずは日本、海外も行くかもだけど」
「いつ行くの?」
「明後日」
「明後日!?、もう直ぐじゃん、まだ会って、すぐで、いっぱい話とかもあるのに」
言ったあと、少し恥ずかしくなった。
「一緒にいく?」
「え、、でも」
「うそだよ、冗談」
「私、ほら両親も心配するし、お金だってあるのか」
「だから冗談だって」
冗談じゃなくたってよかったのにとは、言わなかった。いや言えなかった。
「いつまで行くの?」
「決めてない。もう戻らないかも」
「……」
私は言葉が出てこなかった。
「そんな顔で無言になるなよ」
「まぁまた会えるよ」
「何それ、もう会えないみたいじゃん」
「寂しい?記憶ないんだからまだ二回目ましてみたいなもんだろ」
「いや、そういうんじゃなくて」
なんだかすごく腹が立って胸が苦しくなって、嫌な気持ちになって。やっぱりこれはコーヒーのせいだ。
「まぁ、また会えるよ」
「うん、」
「じゃあ悪い、オレ、次の予定あるから、じゃあな、むりすんなよ。記憶ないのも良いと思うぜ、新しく生きろよ」
「えっ」
そのまま彼は私を家の外へ案内した。彼は彼なりの思いがあって強制的にこのお別れのシーンを終了させたのかも知れないけど、冷たく感じた。もっと話したかった。思っても居ない突然のお別れは今の私にはどう受け取っていいのか、分からなかった。
私はぶらぶらと街を放浪した。そろそろ家に戻ろうかと思った時、あの日記を返していないことを思い出した。まったく持ってそれどころではなかった。
えい、いっそのこと返さないでやってもいい。私は少し怒って、この日記を秘密裏に持って隠れて読むくらいの権利は私にはあると思うことにした。「あぁ〜あ」そう思うとなんかもうどうでもいい気がした。でも少し気は明るくなって、家に帰ることにした。
はじめての地元の街は何色でもない透明な匂いがした。
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