第十話、出発と終わり
「ほら、梅! 忘れ物ない?」
「大丈夫だよ。お父さんが全部持ったから」
この日私は遂に、病院を退院できた。春がもうすぐ来る気がしてる、寒さの深い、快晴の日だった。桜のつぼみはもう、用意ができてるようで、私はまだ、そんなに準備できてないなって思った。
もう悪いところは、ないから病院をでたいって言っていたのに両親はあれこれ言って私を病院に留めつづけた。よく分からない薬も飲まされたし、ここに居ると私は漠然と自分には問題があると社会から言われてる気がして、自分はどこに向かえば良いのか、何がしたいのか分からなくなる。つまり記憶を回復したいのか、記憶を回復しなければならないのか、分からない。
私は何も覚えていないから、自分では正直何かを失っているのかも分からない。
とにかく早く外の世界へでたい。早くこの可哀想な私から脱出したい。ここに居ても何も始まらない。本当は私のことを誰も知らないところへ行きたかった。
「お世話になりました」
軽く会釈をして見送ってくれる看護師さんたちに同情した。彼女達にはこれが世界なんだ、なんて悲しいのだろう、でも立場が違うのか、彼らは人に奉仕してるんだもん必要とされていて。
「さようなら」
まっさらな私の頭には病院は鮮明すぎる記憶となった。
「この病院っていう一つの場所も誰かにとっては好きな場所なのかな」
月が綺麗に見えたあの屋上だけは私にとっても素敵な場所だった。
長年書き溜めたものを数話ずつまとめて投稿します。それを一日に3回ほど投稿しようと思っています。ブックマークしていただけると参考になりますのでよろしくお願い致します!!!