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死亡体験学習

作者: 雉白書屋

「うー……気分悪い。お前、どうだった?」

「最悪。薬を五十錠も飲まされた。途中で吐きそうになったし、大変だったぜ。もう風邪ひいても、ぜってー薬飲まねえ」

「おれは血管に薬を打たれたから平気だったな。でも、めちゃくちゃ痛かったよ。もう注射は勘弁」

「僕は飛び降りだったよ。まあ、貴重な体験だったね。かなりの痛みだったけど、それが逆に“生きてる”って実感させてくれてさあ」

「え、嘘だろ。おれも飛び降りだったけど、途中で目の前が真っ暗になったぞ」

「おれも、おれも。一瞬で終わった感じ。つまんねーの」

「たしか、途中で気絶しちゃうらしいよね。おれは最後まで意識あったけど、痛みはなかったなあ」

「お、お、お前は頭から落ちたんだろ? お、おれは失敗した。足から落ちて……ほ、骨が、お、お……」

「あたしは手首を切ったわ。カッターでスッとね。そしたらパックリと開いて、白いのが見えたの。それから血がどわーって出てきて、なんだかちょっと温かかったわ。でも傷口はすごく熱くて、火傷しちゃったのかと思った。ただ……ふふふっ、真っ赤で綺麗だったなあ」

「僕は電車に飛び込んだよ。すぐに終わって何も感じなかったなあ」

「スピードがあったんだな。おれは線路で横になっているところを轢かれた。車輪に引きずられて、手足が次々とバラバラになってよ。たぶん、おれが一番苦しかったんじゃないかな」

「いや、僕だよ。ガス漏れで窒息死かと思いきや、いきなりライターがついてボン! だもん。めちゃくちゃびっくりしたよ」

「それだと一瞬で死んで、結局たいして痛くなかっただろ。おれは感電死だったぜ。静電気の一億万倍痛かったからな!」

「ははは、なんだよそれー!」

「おれは焼死……もう、肉食えねえ……」

「あたしは溺死だったわ。何度もむせて、本当に苦しかったの……。息を吸いたいのに、どんどん鼻や耳にまで水が入ってきて、う、う、う……」

「僕は凍死だったよ。最初は寒くて、手足を針で刺されてるみたいに痛くて最悪だったけど、だんだん眠くなってきて、ふわーあ…………」

「あたしは首吊りだったわ。息ができなくて苦しかったけど、だんだん耳から頭がじわーっと熱くなってきたの。それから、足が重くなって――」

「あ、ソウタの奴、漏らしてらー! ははは!」


「はい、ほらほら、騒がないの。もう、ソウタくん、ちゃんと先にトイレに行っておくように言ったでしょ? はーい、皆さん、『死亡体験』どうだった? まずは今日来てくださった研究者の方に、お礼を言いましょう! せーの、ありがとうございました!」


 若年層の自殺が深刻な社会問題となり、対応を迫られた政府は、新たな教育方針を打ち出した。それが『死亡体験学習』である。

 命の大切さや死の恐怖を、理屈ではなく体感によって理解させる。そうした目的で開発されたこの学習プログラムは、現在、全国の小中学校で必修科目として導入されている。

 体に電極パッドを装着し、電気刺激を与えることで、本物に近い痛覚を疑似的に再現。さらに、VRゴーグルを装着することによって、視覚・聴覚・触覚を組み合わせた臨場感あふれる仮想死が体験できる。

 今日はここ、梅大前原小学校で実施されていた。体育館に特設された体験ブースで、二年三組の児童たちは、次々と様々な死に方を経験した。

 虚勢を張る男子や泣きじゃくる女子、興奮気味に語り合う子など反応は様々だったが、『死は怖いものだ』と思わせるという目的は、確かに果たされたようだった。

 体験を終えた児童たちは、ざわつきながら教室に戻り、それぞれ今回の体験について感想文を書き始めた。だが、鉛筆の音と、まだ興奮冷めやらぬ様子のひそひそとした話し声が交錯する中、一人、ペンを握ることなく、じっと机に頬杖をついている男子児童がいた。

 担任の先生がそれに気づき、柔らかい声で呼びかけた。


「どうしたの、田所くん。書かないと時間がなくなっちゃうわよ」


 田所少年は、ぽつりと答えた。


「……僕は書かないです」


「あらあら、それは困ったわね。決まりは守らないとダメよ? ほら、なんでもいいの。今回の体験で、感じたことをそのまま書いてみて」


「僕は……なんとも思いませんでした!」


「嘘つけよ。お前、終わったとき顔真っ白だったぞ!」

「ちょっとべそかいてたよなー!」

「ははは、かっこつけんなよ!」


「はいはい、静かに。集中して書きなさい」


 担任は囃し立てる男子たちを軽くたしなめると、田所少年の机の横にしゃがみこみ、優しく目を覗き込んだ。


「田所くん、何か書けるでしょ? 怖かったとか、苦しかったとか。それとも、本当に何も感じなかったの?」


「……怖かったです」


「やっぱりなー!」


「静かになさい。減点しますよ。……そうよね、田所くん。怖かったよね」


「それに、苦しかったです。でも、わからないんです……」


「あら、何がわからないの?」


 田所少年はうつむき、小さな声で言った。


「自殺って、あんなに怖くて苦しいのに……どうして、僕のお父さんは自殺してしまったのか、わからないんです……!」


 教室に重い沈黙が落ちた。鉛筆の音が止まり、児童たちの視線が田所少年に向く。田所少年は鼻をすすりながら、涙をこらえるように唇を噛んだ。担任は優しく微笑み、彼の震える背中にそっと手を置いた。


「そう……田所くんのお父さん、自殺してしまったのね。きっと、田所くんのお父さんは死亡体験学習を受けていなかったんでしょう。昔はこういう授業がなかったから、仕方ないわ。でもね、そういう不幸な人を、これからの世の中からなくすために、この学習があるのよ。田所くんは賢いから、その大切さがよくわかったよね」


「……はい」


「じゃあ、そのことを書いてみましょう。お父さんのように苦しんで死んだ人を、これから一人でも減らせるようにって」


「はい……でも、やっぱりわかりません。どうしてお父さんは、僕やお母さんを置いて死んじゃったのか……。それに、『やることがある』って言ってたのに……」


「あら、その『やること』が、自殺のことだったんじゃない?」


「ううん……違うと思います。『お父さんは何があっても絶対に死なないからな』って言ってました! たしか、『コウギ』するってお母さんと話してて、だから……だから……」


「はい、はーい、わかりました。その話は、あとで田所くんのお家で聞かせてもらおうかな。お母さんと一緒にね。だから今は、感想文を書いてくれる? いい?」


「……はい。ありがとうございます!」


「いい返事ね! みんな、書きながら聞いてください。いい? 今日の体験を通じて、みんな、自分の命がどれだけ大切か、よくわかったと思います。命を粗末にしてはいけません。誰かに奪わせてもいけません。いいですね?」


「はーい!」「はーい!」「はーい!」


「さあ、来週はまた“射撃体験”です!」


「やったー!」

「おーし!」

「ぜってー、お前の記録越えてやる」

「ははは、やってみろよ。おれのほうが、絶対多くぶっ殺す」

「田所、けっこううまかったよな!」

「ふふっ、まあね」

「早く撃ちてー!」


「はいはい、静かにー! シミュレーションだけど、遊びじゃありませんからね。しっかりと敵兵を殺しましょう。六年生になったら、ドローンを操作して実際に敵兵を殺すことができます。それまで楽しみにして、お国のために日々勉強に励むように。もう一度言います。あなたたちの命はかけがえのないもので、決して誰にも奪わせてはいけません。自殺なんて、国家と神に背く行為です。絶対ダメですよー。いいですね!」


「はーい!」「はーい!」「はーい!」「はーい!」「はーい!」

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