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アーサー・ペンドラゴン

9話です

(いい出力だ。あとは……)

 スティンガーは炎の剣を持ちながら、左手に先ほどのレインの血液が入った容器を取り出し、地面に一滴垂らした。すると木々がざわめき始め、快晴にも拘わらずゴロゴロと雷の音が鳴り響き、一気に空が真っ黒な雲に覆われた。やがて風も吹き始めて、木々はざわめき始めた。

 スティンガーを除く隊員たちはそれに冷や汗を流した。それは、この一連の事象が全て、大通りの一角に集結しつつある膨大な魔力によって引き起こされたものだったからだ。魔力単体で自然現象に影響を及ぼすほどの莫大な魔力の渦が、目の前に顕現しつつあるのだ。スティンガーは隊員たちに声をかける。

「怯むなよ、お前たち。この程度の魔力量、我らの魔力総量に比べればまだまだ半分といったところだ。数で勝る我々に敗北の目はごく低い」

 スティンガーはあくまで冷静だった。だが、それも長くは続かなかった。目の前の魔力の渦が、勢い衰えることなく上昇し続けていたからだ。それらは風を巻き込み、竜巻となって周囲の樹木を激しく揺らした。

「た、大佐。悪霊の魔力量が許容値を超えました!このままでは魔術防護に乱れが……」

 吹き付ける風の中で隊員がそう叫ぶ。スティンガーは決断を迫られた。

(想定外の魔力量……網代藤次を相手取る余裕はすでに無い、か)

「分かった。散開させていた2部隊を呼び戻せ。それと魔術防護を最大レベルに上げて増援を呼べ」

「了解しました!」

 隊員は無線でその旨を伝えた。それを横目に見ながらスティンガーは思った。

(恐らく増援部隊が来るのはまだ先だ。ここは現場の我々だけで対処するしかない)

 そのころレインは、突然外の様子がおかしくなったことに疑問を抱いていた。

「ねえ、外はどうなっているの?」

「……お答えできません」

 護衛の隊員は頑としてレインの問いに応えようとしない。レインはしかたなく椅子にもたれた。

(さっきから聞こえる雷鳴や風の音。それに魔術の才が無い私でも分かる巨大な魔力の塊。どう考えても想定外のことが起こってる。この隊員2人も無線を聞いた途端表情を変えていたもの)

 レインは待つことしかできない。

 スティンガーたちが巨大な魔力を警戒する中、不意にその中から声が聞こえた。

「余の問いに答えよ、兵共」

 スティンガーがそれに応える。

「私はイギリス特化部隊、洗礼十字師団、師団長。オルガン・スティンガーだ。そちらの名を聞こうか」

「オルガン……あまり響きの良い名では無い。が、許す。それは些事に過ぎぬゆえな。それで、余の名を問うたな、貴様は」

「そうだ。お前は3日前からここロンドンの街で辻斬りを繰り返す悪霊だ。その名を聞かねば祓えるものも祓えん」

「ほう、なるほど。であれば貴様は魔術師か。それならば余を呼び寄せた血にも訳が付く」

「それで、お前の名は」

「そう急くな。余の名は決して安くないのだぞ?それを易々と披露はできまいて」

「お前、俺を舐めてかかっているのか?」

「それはまた、的外れな憶測よ。その手に持つ鉄剣には確かな覚えがある。この大風も、それを重く見えの事」

「やはりこの剣を知っていたな。らちが明かんからこちらから聞くが、お前はかの円卓の騎士、ガウェインだな?」

「……これは滑稽。まさか余をガウェインだと言うか、貴様は」

 ゴーストは愉快そうに乾いた笑い声をあげた。

「ではなぜ聖剣ガラディーンを操る。これまでの貴様の犠牲者は皆ガラディーンによって心臓を穿たれている。それがガウェイン卿の仕業でなくて何だと言うのだ」

「かの剣は勝手が良いから使っているに過ぎん。まあ良い、時間も頃合いだ。余の名は我が魔術を食らえば分かるだろうて」

(まさか、まだ魔術を使っていないのか?)

「部隊、構え!十分に対象を警戒せよ!」

 スティンガーたちは炎の剣を構えると、竜巻を注視した。念のため魔力を剣先に集中させる。

(ここで下手に突っ込んでは罠にはまる可能性がある。ここは引いて出方を見るべきだ)

 すると、にわかに竜巻はその威力を増し始めた。暴風は木々の枝を軽々と折り、隊員たちは吹き付ける風に体がよろめいた。そして、雷鳴が鳴り響く中で、鮮明な詠唱が聞こえてきた。

『円卓の理は頑く、強く、潔く 朽ちて尚その威光は地に注がん

 我が手に忠すは12の切っ先 いずれも鋭く悪を討つ

 今宵、騎士の王が鞘を解く

 亡き円卓の神聖剣(ナイツオブラウンズ)

 その詠唱が終わった途端、竜巻は急に晴れ、その中心には甲冑を身にまとった騎士が一人立っていた。さらに、その周りを12本の大剣が、環になって取り囲んでる。一本一本がぎらぎらと輝き、その先端を斜め上に向けていた。その様子はまるで銀色の花のように見えた。スティンガー達はその詠唱と今の様子を見て、瞬時に察した。

「まさか貴方は……」

「そう、余の名をアーサー、アーサー・ペンドラゴンと言う。円卓の王にしてブリテンの王。そして騎士の王でもある」

 その発言に隊員たちはざわめいた。今討伐しようとしているゴーストは、アーサー王その人だったのである。

「よいな、雑兵ども。余はこの地にブリテンを取り戻さんとする英王なり。よって、不敬にも我が臣下の剣を握る貴様らを余の手で討つこととした。もし、貴様らに騎士の心得が残っているのなら、余に向かってくるがいい。それを余は迎えよう」

 逃げれば殺す。アーサー王は言外にそう言い含んだ。

(不味い状況だ。あまりの想定外に部下が動揺している。ここは俺が行くべきだろう)

 スティンガーは声を張り上げた。

「無論そのつもりだ!いいか騎士王、霊となって我らを脅かす以上、貴方といえども看過できん!よって、この剣でもって貴方を討ち果たそう!」

「なるほど、カムランの再現という訳か。よほどの趣味と見える」

「覚悟はいいな、騎士王よ!」

 スティンガーは剣を構えると、意識をアーサー王に集中させた。その姿を見て他の隊員たちもまた剣を構えた。この状況において、スティンガーは隊員たちの士気を戻すのに成功したのだ。

(相手が誰であれやることは一つだけだ!)

「いつでも構わんよ」

 アーサー王のその言葉と共にスティンガーは、

「討伐、開始!」

 と叫び、アーサー王にすさまじいスピードで走り出した。それに隊員たちも続いてアーサー王を取り囲むように散開した。それにアーサー王は微動だにせず、ただ周りの剣がひとりでに動き出した。それらは空気を切り裂いてスティンガーたちに切り掛かり、隊員たちはそれを間一髪で防いだ。

 スティンガーはその内の一本を受け止めながら、予想を超える威力にたじろいだ。

(重い!それにこの鋭さ、クラレントでなければ防げなかった……!)

 スティンガーはきらめく剣の間からアーサー王の様子を垣間見た。が、以前としてアーサー王はその場から動かずにいた。

「初太刀を受け止めたのは貴様らが初めてだ。練度にぬかりは無いようだな」

「当たり前だ。私達はこの国の最高峰だぞ」

「それ故にモルドレットが剣を顕せたのだな。確かにそれであれば余に効くはず。なるほど、後の世にも熟達した魔術師は居るようだ」

 アーサー王は感慨深げにそう言った。

「だがそれもごく僅か。ブリテンは今に至るまで衰えた。余、自らが復興せねばなるまい」

 スティンガーは鋭い突きを受け止めながらそれに応えた。

「ッ……!済まないが、それは余計なお世話だ。既に戦いの時代は過去のものとなっている。今更この平穏を乱すなよ、騎士王!」

「相容れぬか。だがそれも良い。信念の違いは飽くほど知っている。まあ案ずるな。理解するまではいかずとも、その思想を余の記憶にしばし留め置くことは出来よう。そして、貴様らはここで死ね」

 そうアーサー王が言った途端、飛び回る12本の剣の速度が上がった。スティンガーたちはそれを受けるのに手一杯となっていた。すでに体には防刃ベストを貫通して無数の切り傷が出来ている。

(確実に殺しに来た……!すでに対話での交渉は意味が薄いか)

 スティンガーの頭に不吉な予想がよぎったが、すぐにかき消した。それは考えるだけ無駄にすぎない。

「総員、魔力制限解除!容量ギリギリまで魔力を回せ!」

(であれば、こちらも攻めに出るしか無い!)

 隊員たちは略式詠唱の出力を限界まで上げた。それは後遺症の残る寸前を意味していた。だが身体能力は確実に増す。先程まで受けるのに一杯だったアーサー王の剣も、その軌道を予測していなす事が出来るようになった。

「まずは手段を潰す!」

 スティンガーは目の前を横切ろうとした剣に腕を振り上げ、そして叩き落とした。その強烈な一撃に剣は真っ二つに割れ、煙のように掻き消えた。その他でも甲高い金属音が相次いで鳴り響き、やがて剣の数は8本まで減った。

「良し!破壊出来る!」

「不自然なまでの体捌き、それも魔術か?」

「身体強化術だ。これで常人の何十倍も増す。中世には無かった技だろう」

「ふむ、そうだな。余も魔術にはそう聡くはない。そのために知らなかったのだろう」

 アーサー王は首をかしげた。

「そろそろそちらに行かせてもらうぞ。騎士王よ!」

 スティンガーは飛び回る剣をいなしながらアーサー王を見据えた。だが、当の本人はスティンガーに意識を向けていない。やがてアーサー王は口を開いた。

「……待て、魔術師よ。一つ魔術を思い出した。これはマーリンに教わった技であるが、どうやら余にも使えるらしいのだ」

(魔術だと?)

「貴様、二重で魔術を使うつもりか?それはマーリンと言えど不可能だろう」

「無礼な。それを可能にするのが余が師。それほど疑うのなら今すぐに見せてやろう」

 すると急に魔力がアーサー王に集まっていき、飛び回っていた剣も王の元に戻っていった。

「大佐、騎士王は何を……」

 すぐ近くにいた隊員が思わず尋ねた。

「魔術だと言うが、それは彼と言えども出来るはずはない。それよりもあの剣を削ることを考えろ」

「……了解しました」

 スティンガーはそう言いつつ、漠然とした不安を感じていた。

(今度は何をするつもりだと言うのだ、アーサー王よ……)

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