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クラレント

8話です

そのころスティンガーたちは、博物館から護送車に乗り込んでいた。車内に窓はなく行先は分からない。

「大佐、デルタフォースが目標と会敵したようです」

「応援を呼んでやれ。10人で彼の相手をするのは少々不安だ」

「了解しました」

「ずいぶんトージの事を買っているのね」

 一緒に乗り込んだレインが言った。

「当たり前です。彼の異質さやその危険性は我らの間では良く知られている」

「トージは別に危険じゃないわよ。別段おかしな所はないし。まあちょっとだけ鈍いけど」

「つまりはまだまだ未熟ということでしょう。それが巨大な力を持つのはあってはならないことだ」

「それも聖書の教え?」

「経験ですよ。私はこの仕事について久しい。身に過ぎた力を持って破滅した魔術師はいくつも見てきました」

「トージもその例外ではないと言いたいのね」

「そう捉えてもらって構いません」

「……じゃあ私はこれからどこに行くの?私の家、ってわけじゃなさそうだけど」

「バッキンガム宮殿です。正確には宮殿前の大通りに、亡きガウェイン卿を呼び寄せるのですよ。あそこは場がいいですからね」

「私はそのエサってわけね」

「まさか。安全には最大限配慮します。あなたはエーリア本家のご令嬢ですから」

「……私アナタのこと好きじゃないわ」

「そう言わずに。そもレイン様に拒否権は無いのですよ?」

「知ってるわよ。お母さまならそうするわ」

 レインは護送車の無機質な室内灯を眺めながらため息をついた。

(これじゃあ私、犯罪者みたいじゃない。最悪の気分だわ)

「……早く助けに来てよ、トージ」

 レインは誰にも聞こえないくらいの小声でそう言った。だが略式詠唱をかけたままのスティンガーにはそれが聞こえた。

(くだらんな。いくら網代藤次と言えど、もう残された手は多くない。自滅するのも時間の問題だろう。それに、中途半端な装備で戦闘を邪魔されては迷惑だ。ここで確実に選択肢を潰しておきたい)

 そうスティンガーが思った時、隊員が無線を取った。

「こちらコマンド。……何?分かった、すぐに伝える」

 隊員は無線を切るとスティンガーの元に駆け寄った。

「たった今デルタフォースが目標と接敵、そして壊滅しました!」

「なに!?」

「どうやら触媒のストックを残していたようでして、不意打ちされたそうです」

「目標はいまどこに?」

「現場から魔術で転移したらしく、完全に見失いました。ただゴム弾が腹部に命中しダメージを追っていると……」

「気休めにもならん!まったく、逃げ足ばかり達者な男め!」

 スティンガーは拳を握りしめると、なんとか怒りを鎮めた。

「もういい、俺が直接相手をする。お前たちは宮殿でのセッティングを急げ」

「ですが……」

「奴は必ず戻ってくる。それに対抗出来うるのは俺だけだ」

「了解しました……」

「……チッ!」

スティンガーは部下が下がると舌打ちをした。

(当初の予定がことごとく狂った!本来ならば悪霊討伐に専念出来たところを!)

 心の中で悪態をつくと、全体無線をつけた。

「コマンドより総員に告ぐ。宮殿内部のセキュリティレベルを一般機器、魔道具ともに最大にしろ。BCD以外の人間は立ち入らせるな。警察もだ」

『こちらアルファフォース、宮殿前に詠唱聖歌隊が現着。これより祭場の設営に移る』

「アルファ、魔力散布は終わっているのか」

『すでに調整済み魔力を散布し終わった。使用対象は当該霊に選択されている』

「コマンド、了解した。くれぐれも周囲の警戒を怠るな」

『アルファ了解。神のご加護のあらんことを』

 スティンガーが無線を切ると、すぐに車両が止まった。

(人除けの魔道具は上手く機能しているようだな)

「レインさん、ここで降りますよ」

「降りるって、やけに速くない?」

「詳しくは言えませんが魔術で道のりをショートカットしました」

「ふーん、空を飛んだわけでもなさそうだけど……」

 レインは優雅に足を組んだ。

(コイツ、わざと俺の目の前で…)

「時間がありません。あまり流暢に構えられては困りますよ」

「私が時間稼ぎをしているって言うの?まあ、あながち間違ってはいないけど」

(この小娘……!)

「顔、強張ってるわよ。さっきからずっと思っていたけど、アナタ意外と短気よね」

「……レインさん、貴方はご自分の立場を理解していない」

「してるわよ。私はゴースト退治のための大事な触媒。まさかアナタたちに身の安全を脅かされるなんて考えてもないわ」

「そうですか。ではそろそろ車外に降りていただけますか?繰り返して言いますが……」

「ええ、言いたいことは言ったし、もう外に出てもいいかな」

 レインはさっとスティンガーの横を通ると、そのまま軽快に鉄のタラップを降りた。

(いつか覚えていろよ、クソガキ)

 スティンガーはふーと息を吐くと後を追った。

(ちょっと空気が違う?)

 レインはバッキンガム宮殿の門の前に降り立つと、まず空気感の違いを感じた。気温や湿度はなんら変わりは無かったが、なにか体にまとわりつくような不快感を覚えた。

「それは魔力です。レインさん」

 後ろからスティンガーが声をかける。

「魔力は見たり触れたりは出来ないじゃない。それなのになんで感触が伝わってくるの?」

「魔術が編み込んであるんです。宮殿一帯にBCDの隊員しか使用できない制限を設けた魔術がね」

「そんなことが出来るなんて……」

(家じゃ教えてもらえなかったな)

「さあレインさん、貴方は戦闘の要だ。ふさわしい舞台を用意していますから、どうぞ先に進んでください」

 スティンガーはレインを宮殿正面に促した。そこには灰色の軍用テントがいくつか張ってあり、入り口を銃を持った隊員が警備している。

「あそこは?」

「支援部隊の待機所です。レインさんはあそこの白いテントにお入りください」

 レインは言われるままに、ただ一つだけある白いテントに入った。そこには台の上に置かれたアーサー王物語の原本と、その横に椅子。そしてそれらをぐるりと取り囲むようにスピーカーが設置されている。

「お待ちしておりました。こちらの椅子にお座りください」

 護衛の隊員に促され、レインは椅子に座った。

「……座っているだけでいいの?」

「いえ、これから注射器で血液を採取させていただきます」

「血の触媒、古典的ね」

「それゆえ強力です」

 やがてテントに医療班の隊員が来て血液を抜かれた。その血はほんの小さな容器に移されて持っていかれた。

「何に使うのよ、私の血」

「大佐がお使いになります」

(よりによってアイツに使われるのね……)

 レインは途端に嫌な気持ちになったが、レインに拒否権はない。ただこの固い椅子に座っているしか出来ないのだ。

 そのころスティンガーは宮殿前の広場から大通りを見つめていた。部下はその様子を察してか、少し後ろに控える。

「大佐、血を持ってまいりました」

「ご苦労。では執行隊を所定の位置につかせろ。もうそろ始める」

「了解しました。網代藤次は悪霊とは別途に警戒しますか?」

「いや、いい。俺が見る」

(正直、悪霊討伐は部下たちで事足りる。だが奴に限ってはそうはいかない。ほぼ無限の手札を持つ以上、我々の戦闘に横やりを入れられる可能性は大きい。ここは俺が直接、全力でそれを阻止するしかない)

 やがて全体無線で準備完了の合図がされた。スティンガーの率いる練潔執行隊も各隊が持ち場につき、四部隊のうち2部隊が、宮殿前広場に集結していた。

「貴様ら、準備に抜けはないな」

 スティンガーの問いにその場の隊員たちが答える。

「もちろんです」

「いつでも構いません」

「では開始する。全隊、前方大通りに注視!」

 スティンガーの合図で場の緊張がにわかに高まった。

「触媒展開、構え!」

 今度は隊員たちが腰につけた小瓶を右手に握りこんだ。そして白いテントでも原本のある1ページが開かれた。

「詠唱開始」

 スティンガーは無線で詠唱聖歌隊に開始の合図を送った。するとイヤフォンなどの機器もついていないにも関わらず、鼓膜に直接声が聞こえてきた。その声は魔術で自身の声を強化した詠唱聖歌隊の隊員たちによるもので、総勢20人の魔術師が寸分のズレも許さず詠唱を行う。そのため音は限界まで重なり一つの声となっている。それと同時にスティンガーたちも詠唱を行い魔術の使用をより確実にする。

『主はここに 神具を下すは御霊の剣 暗さを穿つは神の言 開く箱庭は加護を齎す

 大天使の名において 神なる灯火を我が真髄に

 其は咎を赦す聖火と成りえん 神性降臨

 贖うは叛逆の鉄剣(クラレントレベリオン)

 詠唱が終わった瞬間、スティンガー達は手に握っていた小瓶を握りつぶし、中からは血が滴った。それと同時に激しい炎が手を包み込み、そしてそれは実体を持って炎を纏う一本の剣へと変わった。

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