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練潔執行隊

6話です

 その時藤次は、廊下の曲がり角で『雲隠れ』の発動を待っていた。

(あと少しで5分経つ。レインは上手くやれているだろうか……いや、今は『雲隠れ』の完成とBCDが問題だ。奴らは間違いなく俺を狙ってくる)

 藤次が煙の中でそう考えていた時、不意にその煙が晴れた。

(きた!)

 藤次は腕を目の前にかざしてみた。予定通り、藤次の視界に変化はない。

(まずは透明化成功だ。あとは概念濃度の調整か)

 今度は透明になった腕に意識を集中させ、傍の壁に触れてみた。すると指先に触れた感触は無く、その手はなんの抵抗もなしに壁にめり込んだ。

(よし!部位ごとのすり抜けもできる。あとは保管庫に向かうだけだ)

 藤次は走り出したいのを我慢して角を曲がり、レインのいる長い廊下を歩き始めた。ここで藤次が走れないのは、『雲隠れ』は体の表面を無数の特殊な粒子で覆うもので、激しい運動をするとこの粒子がはがれてしまう恐れがあるからである。この粒子がはがれると透明化も出来なくなる。

(ゆっくりかつ迅速に、だ。焦るなよ、俺)

「まだ見つからないの?」

 レインの声が聞こえた。受付は困惑気味にマウスを動かしている。藤次がやっとの思いで受付についたころには、すでに5分がたっていた。レインの顔に若干の焦りが見えた。藤次がどこにいるか分からないからだ。藤次は受付を素通りすると、金属探知のゲートをすり抜けて倉庫の分厚い扉の前に来た。

(この中に原本があるのか。よし、行くぞ)

 藤次は慎重に全身の概念濃度を下げると、さっと扉をすり抜けた。

「成功だ!」

 藤次は『雲隠れ』を解くと、すぐに倉庫奥の重厚な金属棚に駆け寄り、所定の引き出しを開けた。そこには、

「なんだ、これは……」

 何も無かった。埃一つ無かった。確かにここに原本は保管されているはずだった。そして悲鳴が聞こえた。それはレインのものだった。

(やられた!)

『部位指定 全身組織 出力循環 1000 ブースト・オン!』

 藤次はすぐに略式詠唱をかけると、倉庫の扉をぶち破った。そこには、訳も分からず怯える受付と、こちらに銃を向ける隊員たち、そして両手を後ろ手に拘束されているレインとそれを抑えるスティンガーの姿があった。大佐は藤次に言った。

「また会いましたな、網代藤次さん。こちらで何を?」

「……!大佐、やっぱりアンタ、俺たちをわざとここまで泳がせていたな!」

「やはり気づいていたか。でももう遅い。原本は丁度数分前、我々が回収しました。ギリギリで博物館への申請が通ったのでね。そしてレイン・エーリア。彼女に関しても、エーリア本家からの許可を得ています。ですから少々手荒に拘束させてもらいました。最後に貴方だ、網代藤次。組合員ではない貴方に法的庇護はない。つまり日本魔術組合はこの件について詳細を知らない。そこでだ、貴方を捕縛して日本に強制送還する」

「……なんだと?」

「イギリス魔術組合の組合法にのっとり、自国の公益を害する他国魔術師を強制送還するのだ。君には不法侵入と器物破損、公務執行妨害の疑いがある。よってこの権利を組合員として行使させてもらう」

 大佐はレインを部下に預けると、藤次に相対した。

「なにか質問は?」

「山ほどあるが、まずは彼女を離してもらおう。手錠はいくらなんでも粗暴が過ぎるだろう」

「たった今扉をぶち破ってきた君に言われる筋合いはない」

「ではなぜ彼女を拘束する!本家の怒りをかっていたとしても、これは過剰だ!」

「よほど彼女が大切らしい。良いだろう、君の青臭さに免じて教えてやる。彼女、いや、エーリア家は古の大魔術師マーリンの末裔なのだよ」

(マーリンって、あの大魔術師マーリンか?)

「そんな、まさか……」

「それは本当なの?」

 レインが思わず大佐に尋ねる。

「本当だとも。魔術の扱えない君には伝えられなかっただけだ。それで、網代藤次。俺がなぜ彼女を拘束するのか、分かったかな?」

「彼女を、触媒にする気だな……」

「その通り。今回のゴーストはかの円卓の騎士、ガウェインだ。それに対抗するには、相当縁が深い触媒が必要になる。それはアーサー王伝説の原本であったり、マーリンの末裔であったりする訳だ」

「一体なんの魔術を使用するつもりだ」

「それは言えない。だがまあ察しはつくだろう」

「……どうしても彼女を解放しないんだな?」

「それは無理だ」

 藤次は拳を握りしめて大佐を睨みつけたが、動けば他の隊員たちに撃たれる。恐らくゴム弾だろうが、それでも十分なダメージになる。

(ここは一旦引くべきだ。それは良く分かっている。でもそれだと……)

「…………」

 張り詰めた空気の中で、レインが口を開いた。

「トージ、私のことはいいから。ここは貴方だけでも逃げて」

 その言葉に藤次はレインの顔を見た。レインは微笑んでいた。少し口角を上げて、優しく。

「心配しなくても、私は別に絶対に死んだりなんかしないから。だからここは一旦下がるべきよ、トージ」

「残念ながらそれは無理だ、レイン・エーリア。彼はすでに袋のネズミ。狭い路地に追い詰められた哀れな逃亡者だ」

 レインは大佐の言葉を無視して、尚も藤次に呼びかけた。

「早く行って、トージ。私、貴方のこと信じてるから」

 レインはそう言って藤次の目を見据えた。藤次はその言葉に覚悟を決めた。

(信じるぞ、レイン)

「……必ず君を助けに戻る」

 藤次はポケットに手を突っ込むと、その中の紙切れを手に握った。

「……!何をするつもりだ!」

 大佐はただならぬ気配を感じて咄嗟に藤次の手を掴もうとした。が、それは叶わなかった。

『我を導け、ユグドラシル!』

 藤次がそう叫ぶと同時に、地面から細い木の幹がいくつも飛び出し、藤次を覆った。そして発砲しようとする隊員たちの銃を奪うと、ツタを絡ませてその機関部を破壊した。すでに藤次は何本もの幹に覆われて姿も見えない。

「クソが!またやりやがったな!」

 スティンガー大佐の怒号もむなしく、地面から生えた幹はねじれて縮小していき、やがて地面の中に消えていった。


 藤次を覆った木の幹は、バッキンガム宮殿のグリーンパークにたどり着いた。芝生の一部が突如として盛り上がり、木の幹が生えてきたのだ。その木は幹が膨らみ、人ひとり包み込める大きさになっていた。それもすぐに裂け、中から藤次が飛び出してきた。藤次はよろよろとその場に両手をつくと嘔吐した。

「はあはあ、オエ。酷い気分だ。いや、そんなことより早く助けに行かないと」

 藤次はコートの懐を探ったが、めぼしい本は無かった。

(多次元ディスクは床をショートカットするときに使ってしまったし、雲隠れも一旦解けば二度と使えない。俺の手持ちはすでに尽きているのか……)

 藤次は急いでその場を離れながら、どうやってこの状況を打破するかを考えていた。

(一度触媒に使った物にはクールダウンがいる。ディスクは3日、雲隠れは5日は使えないだろう。ここは新たな触媒となる本を見繕うしかないか……)

 藤次はグリーンパークを抜けると、トラファルガー広場に繋がる通りにでた。そして手近な建物に入ると屋上に登り、そこから強く跳躍して広場に続く建物を辿って行った。なるべく人目につかないように移動したかったのだ。

(まずホテルに戻って本を回収しなければ。BCDがあそこまで強硬な対応を取ってくる以上、ホテルに目を付けていてもおかしくない)

 藤次は略式詠唱の出力を倍にすると、一気に広場を飛び越えてホテルの屋上に着地した。が、そこには案の定BCDの隊員たちが数人待ち構えていた。一人が無線で藤次の到着を伝えている。

「チェックアウトにはまだ早いんじゃないのか?網代藤次」

 部隊の隊長らしき隊員が藤次に声をかける。

「……どいてくれないか。荷物が部屋に残ってるんだ」

「それは無理だ。こっちも仕事なんでな」

 隊員たちは防弾チョッキから小瓶を取り出すとそれを握った。

「練潔執行隊、対象の無力化を開始する」

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