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スティンガー大佐

5話です

 その頃、ウェストミンスター寺院の主祭壇を前に、一人の男が立っていた。

「大佐、ここにおられましたか。珍しいですね」

 その後ろから、部下らしき若い男が声を掛ける。

「ふと足が向いたのだ。かの寺院は墓が多い」

「……ゴーストですか」

「その言い方はよせと言っているだろう。奴等は悪霊にほかならない。それで、貴様は何の用でここに?」

「大佐を探していたのです。練潔執行隊が悪霊の正体を突き止めたと……」

「そうか。では名を聞こうか」

「それが……かの円卓の騎士、ガウェイン卿でございます」

 それを聞いたスティンガーは思わず部下の方を振り返る。

「これはまた!いやはや神も酷なことをなさる。大英のため命を賭した忠義の騎士が、今や悪霊に身をやつしてロンドンで辻斬りとは……」

「大佐、どのように致しましょう」

「ふむ……」

(おそらく通常の戦闘用魔術では火力が足りん。とすると)

「大英博物館に向かえ。アーサー王物語の原本を触媒として使う。それに、網代藤次もそこに現れるはずだ」

 期待通りの男ならば。

「例の日本人魔術師ですか。彼はいかように?」

「捕縛しろ。令状は作ってあるだろう」

「承知しました。それと大佐、エーリア家のご息女の方は……」

「ああ、そうだったな。ふむ……」

 スティンガー大佐は顎に手を当てて考えると、すぐにニヤリと笑った。

(なるほど、思わぬ僥倖だ)

「予定を変更する。レイン・エーリアも拘束しろ」

「……!よろしいのですか?」

「本家は彼女の行動に大層立腹している。それぐらいは許可されるだろう。それに貴様、エーリアの血筋については知っているな?」

「確か大魔術師マーリンの末裔であると……は!そういうことでございますか!」

「ああ、彼女を原本と組み合わせて触媒として使えば、魔術的効能は格段に上がる。血縁というのは、魔術の始まりから続く巨大な運命力に他ならないからな」

「その通りでございます。では直ちに部隊を編成し、博物館内外に適時配置いたします」

「くれぐれも網代藤次たちには正体を暴かれぬように、慎重に頼むぞ」

「心得ております。では」

 部下はその場を後にした。そして1人残ったスティンガーはもう一度主祭壇を見上げた。

(さて、此度の討伐は総力戦になりそうだな。研究者連中まで被害が及ばなければいいが……)

 スティンガーはそう考えると同時にこうも思った。

(だがまずは網代藤次だ。本の具現化という魔術範囲のアバウトさと、それを補う前代未聞の魔力リソース。理論上は小惑星まで地上に顕現させるほどの大魔術を若干20歳の元一般人が扱う。それの意味するところは大きい。つまるところ、単独で我らの先を越される可能性もある。それは我々の信用にかかわってくるということ……)

 スティンガー大佐はおもむろにポケットの十字架を握りしめた。そして詠唱した。

『身を焼くは咎の矛先 しかして業火は血に宿る

 我が身を覆うは加護の御業 ただ主の為にこそ奉らん

 部位指定 全身組織 出力循環 2000

 栄光は父と子と精霊に(ブースト・オン)

 これはスティンガーが魔術戦において全力で挑む時の略式詠唱であり、詠唱を増やすことで通常では体が弾け飛ぶほどの数倍の魔力強化がなされる。そしてスティンガーはそれに耐えることが出来た。しかも1週間の間である。

(神に誓って、必ず職務を遂行する)

 そしてスティンガー大佐もまた、主祭壇を後にした。


 大英博物館は一階グラウンドフロアと、地下一階アッパーフロアに分かれ、800万点以上の常設コレクションが展示されている。そして藤次とレインは、そんな歴史的展示品には目もくれず、人ごみに紛れていた。

「ねえ、トージ。もう少し人がいない時間帯でも良かったんじゃない?」

 レインが人の多さに苦言を呈した。レインはこの博物館がどれほど混雑するかを良く知っていた。今はその中でも特に観光客たちが多い正午の時間帯であり、2人はグラウンドフロアのエジプト展示エリアで立ち往生していたのだった。

「このくらいの人数が周りにいないと魔術師は誤魔化しきれないんだよ。特にBCD、洗礼十字師団の魔術師なんかは軍人だろ?特別その分野に精通しているはずだ」

「それにしたって多すぎ。しかも何よこの格好」

 レインは自分と藤次の服装を交互に指さした。どちらも適当に選んだ安物のTシャツやズボンなどで服装が固められていて、お世辞にも格好がいいとは言えない。

「なるたけ観光客らしい服を選んだんだよ。特に君はいろいろと目立つから厚着にさせてもらった」

 彼女の容姿と美しいブロンドはここでは目立ちすぎる。

「これ、後で元に戻るんでしょうね」

「戻るよ。さっきも言っただろう?」

「言ってたけどそれにしても、ねえ?」

「はあ……なんで君はそう喋りっぱなしなんだ。もしかして君、この状況を楽しんでたりしないよな」

「まさか。至って真面目に任務を遂行してるわよ」

「はいはい……』


「……まるで緊張感がありませんね」

 博物館一階、職員控室ではBCDの隊員たちが1つの画面を見てそう話していた。スティンガー大佐がそれに答える。

「無理もない。レイン・エーリアはともかく、網代藤次はあの歳で魔力探知に長けている。だが、魔術に通じるほど我々の魔力を介した盗聴、盗撮装置には気付けない」

「我々の開発した魔道具はまだごく一部にしか流通していませんからね」

 先ほどとは別の部下が答える。

「それにしてもですよ。これじゃあ略式詠唱もなしに倒せそうだ」

「そう言うな。彼はその気になればロンドン一帯を吹き飛ばせるんだぞ?一対一で競り勝つのはまず無理だ。余程の技量差がなければな」

「だからこうして確実に捕えられるタイミングを狙っているんですよね」

 また別の部下がそう言って大佐を見た。

「ああ、ここで下手に暴れられてはイギリス魔術組合に多大な損失が発生するおそれがある。なるべく穏便に両名を拘束し、ゴーストを討伐する」


 その頃藤次たちは、やっとのことで窓際のエリアまで到達した。

「さあ、ここからが本番だぞ」

「私は受付を10分足止めすればいいのよね」

「その通り、俺は保管庫に接近して原本を拝借する」

(とは言っても、BCDにバレていそうなんだよな。魔術の痕跡はまだないけど、俺が組合員じゃない以上、遠慮なしに法律スレスレの手段を使って俺を拘束してくるはずだ。なら今だって泳がされているだけの可能性も高い)

 であれば、やはりそれ相応の保険がいるな。

 藤次は上着のポケットに入っている紙切れを、確かめるように触れた。

(……よし)

「行くぞ」

「オーケー」

 藤次は窓ごしに外の建物の廊下を見た。その手には多次元ディスクを持っている。

「座標転移」

 その瞬間、藤次たちは博物館に併設されている倉庫に転移した。もといた展示エリアの人間はそれに誰1人として気づかなかった。それはBCDの隊員たちも同じだった。この座標転移を行うと、周囲の人や動物の五感からその人物についての情報が一時的に消えるのだった。

「これでほんの少し時間が稼げるはずだ。すぐに地下に向かうぞ」

「分かったわ。あれで降りるのね?」

 レインは通路の奥にあるエレベーターを指差す。だが藤次はその場にしゃがみ込みながら言う。

「いや、その余裕はない。もっと手早く行く」

(略式詠唱を解かないようにしないとな)

 藤次はディスクを床に置くと、

『空間切除、X100 Y100 Z600』

 その瞬間、ディスクごと元々床があった場所が消えた。縦横1メートル四方に6メートルの深さで跡形もなく消滅したのだ。

「ちょ、これって!」

 驚くレインを抱き寄せると、藤次たちは6メートル下の地下2階に落下した。そしてレインを抱きかかえたまま地面に着地した。

(デジャブなんですけど……)

 レインが耳を赤らめながら藤次の胸元を離れる。だが、当の本人はそれどころでは無かった。

「さあ、君の出番だ」

 藤次の指さす方には長い廊下が続いていた。そして最も奥にはカウンターがあって、一人だけ受付がパソコンを見ている。

「ええ、分かってる……」

 レインは途端に早まる鼓動を抑えるように深く息を吸う。

「俺は一旦ここで待機だ。きっかり5分、頼んだ」

 レインは深呼吸をするとグッと拳を握って見せた。

「頼まれた!バッチリやり遂げるわ」

 藤次はレインの様子を見て思った。

(やっぱり強いよ、君は)

「じゃあ服装をもとに戻すぞ」

 藤次はリュックから一冊本を取り出すと、栞を挟んでいたあるページからその栞を外した。すると二人の服装は、藤次はいつもの黒いロングコート姿に、レインはカジュアルながら品のある服装に変わった。

「やっと戻れた。じゃあ、行ってくるわね」

 すでにレインから緊張は感じられない。

「……ああ、よろしく」

 レインを見送ると、藤次はコートの懐からまた本を取り出して開き、開いた状態でその紙に触れた。正確には、ある特定の一文を指でなぞった。そして詠唱した。

『主はここに……清書光臨』

 すると本から煙が噴き出して藤次の全身を包み込んだ。

(きっかり5分、それでこの『雲隠れ』は発動する)

 藤次はじっとその場に立ち尽くした。

 その頃スティンガー大佐たちは、消えた藤次たちの行方を追っていた。

「まだ見つからないのか」

「それが、館内に魔術の痕跡が認められず……」

「であれば奴の具現化したなにかしらを使ったのだろう。隣接する建物も全て探せ!」

(チッ!手間のかかる小細工ばかり使う。魔道具を介しても認識に影響を及ぼすなど聞いたことも無い。一体何を使ったのだ!貸出申請もいまだ通らないと言うのに!)

 スティンガーは若干の焦りを感じていた。思わず手に持っていた携帯がみしりと軋んだ。


 そしてレインは受付に到着していた。

「どうも、少しいいかしら」

 レインの微笑みに受付の女性も笑顔で答える。

「もちろんです。お名前をお伺いしても?」

「レイン・エーリアよ。レノア・エーリアの紹介で来たのだけれど」

「レノア・エーリア様ですね?少々お待ちください」

 受付がパソコンで名簿の確認をしている間、レインは後ろを振り返った。すでに藤次はいない。

「レイン様、よろしいですか?」

 受付に呼ばれてレインは慌てて前を見た。

「なんでしょう」

「利用者リストにお名前が見つかりませんでした。紹介者様のお名前に間違いはありませんか?」

「ないわ。多分出資者のリストに載っているんだと思う」

「でしたら少々お時間いただきますが、それでもよろしいですか?」

「ええ、急ぎではないからゆっくりと慎重に探して」

「分かりました。少々お待ちください」

(これで5分は確実。あとは貴方次第よ、トージ)

 レインは心の中でそう呟くのだった。

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