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コリンシアホテルにて

3話です

「BCD、洗礼十字師団か」

(魔力は極力抑えたつもりだったんだが……)

「初めまして、網代藤次。噂はかねがね」

「挨拶にしては随分な大所帯だが」

広場を囲む屋根の上と周辺には、かなりの数のBCD隊員が待機していた。一人一人の魔力は張り詰めていて、少しの異変も見逃さない繊細さがあった。そして、その中でも一際洗練された魔力を持つ男が目の前に立っている。

(この男、どこかで……)

警戒を強める藤次に、男は答える。

「あんなに派手に魔術を行使されては仕方もない。それに、後ろの女性にも用がある。むしろこちらが本命だ。エーリア家にはなにかと恩があるのでね」

「あなた、本家のパーティーにいた……!」

「彼女はもうお気づきのようだ。そう、私は洗礼十字師団、師団長オルガン・スティンガー。網代藤次、レイン・エーリア両名を拘束しに参りました」

(なるほど。どうりでこの立ち居振る舞い、尋常ではないと思ったわけだ)

藤次は思わず冷や汗をかく。

「オルガン・スティンガー……イギリス一の術師祓いに目を付けられるとは」

「網代藤次、君の力は人の理を超える力を秘めている。それを何の枷もなく使用することを、私は危惧しているんだ」

「俺は別に世界征服をしたいわけじゃない。ソファに座って好きな本が読めればそれでいい」

「信じるとでも?私はな、網代藤次。君は神の下された神罰だと考えている。つまりそれを乗り越えた先にこそ、人類の栄華は待っているのだ。その第一歩が君の捕縛だ」

(これだからキリスト教上がりの魔術師は……)

「……そう言われてすごすごと捕まるわけにはいかないな」

「馬鹿を言え。すでに君たちは包囲されている。おとなしく投降しろ」

「………」

 藤次はそれには答えず、包囲するBCDの隊員たちの居場所を魔力で確認するとレインの近くに寄った。そして、

『部位指定 脚部器官』

 略式詠唱を開始した。

「……!この包囲網から逃げる気か!」

 スティンガーはその思惑に気づいたが、時すでに遅かった。

『出力循環 1000』

 藤次は後ろにいたレインを抱きかかえると、その場にしゃがんだ。

『ブースト・オン』

 次の瞬間、藤次はすさまじいスピードで地面から上昇していた。地上はみるみるうちに遠く離れていき、ロンドン市街地の夜景が美しく光っていた。

(この速度なら追ってはこれないだろ)

 藤次はどこに降下するか探した。そしてある建物に目を付けた。

「……コリンシアホテルか」

 藤次は懐から先ほどの黒いカードを取り出すと、カードに向かって呼びかけた。

「座標転移、コリンシアホテル」

 そう言うや否や、景色は一変し、確かに地面を踏みしめる感覚が伝わってきた。藤次が立っていたのは、ロンドンの中心に建つ高級ホテル、コリンシアホテルの屋上だった。

「さて、一旦チェックインをしたいのだが、その前に」

 藤次は先ほどから悲鳴の一つも聞こえてこないレインを見た。レインは藤次の腕の中で完全に気絶していた。

(やっぱりか……。急に跳んだのが不味かったな)

「おい、もう大丈夫だから。起きろ」

 藤次がレインの頬をつつくと、レインは顔をしかめてうーんと唸りうっすらと目を開けた。

「……死んだの?」

「生きてるよ。五体満足、健康体だ」

「そう……って、貴方ああいうことをするんなら予め言っておきなさいよ!」

「おい!暴れると…」

 藤次の警告むなしく、どさっと音がしてレインは藤次の視界から消えた。

「ッ……!」

 悶絶するレインに藤次はため息をつくと、尻餅をつくレインに手を貸した。そして腰をさするレインに藤次が言う。

「はあ、やっぱり置いていくべきだったかな」

「ちょっと、何よその言いぐさは!」

「思ったことを言ったまでだ」

「ふん、私がいなきゃ永遠と道に迷っていたくせに」

「君がいなきゃスティンガーたちとは出会わなかった」

「……喧嘩売ってんのね」

「なんだって?喧嘩って君、お嬢様だろ」

「アンタもそんなこと言うんだ……。なんだ、家の連中と変わらないじゃない」

「なんだって?最後の方が聞き取れなかった」

「ファックユーって言ったのよ。バカ」

レインは藤次を睨みつける。

「やっぱり連れて行くべきじゃなかったよ……」

「うるさい。それよりも、どうやってここから降りるのよ」

「こうする」

 藤次はまた多次元ディスクを取り出すと、

『座標転移、コリンシアホテル正面口』

 次の瞬間、2人はホテルの正面玄関に立っていた。だが周りの人たちは気にも留めない。このカードはそういう”設定”なのだ。

「さて、今日俺はここに泊まる。君は今度こそ家に帰りなさい。タクシーを呼ぶから」

「無理よ」

「……なんだって?」

「私の事がBCDにバレた。エーリア家はBCDと関係が深いからこのことはすぐに報告される。そしたら私は家に帰れない」

 レインは端的にそう報告した。家に帰れば何を言われるか分からないし、藤次にも不都合が及ぶかもしれない、ということだろう。

「では君もここに泊まるのか?」

「ええ、とっても遺憾だけど」

「初めて意見があったな。それじゃあ俺は早速……」

「待ちなさいよ」

「なんだよ、まだ何か?」

「私が部屋を取る。ここ人気だから空き部屋ないのよ」

 レインはそう言ってさっさとカウンターに歩いていくと、受付の女性と一言二言交わすして戻ってきた。

「取れたから、行くわよ」

「行くって、君と?」

「他に誰がいるのよ。依頼人は守るんでしょ?」

「まさか……」

「そのまさか。だから遺憾だって言ったのよ」

 2人は終始無言のままホテルの最上階、スイートルームの一室に入った。藤次の住むアパートの倍はあろうかという広い部屋は、豪奢でかつ上品な家具や装飾がちりばめられていた。

「すごいな、これは…」

「1番高い部屋だもの。それに内装の趣味がいいから気に入ってるの」

「よく使っているのか?」

「友達と泊まりに来るわ。……ねえ、玄関の前に突っ立ってないで自分の部屋でも見てきたら?私は反対側の部屋を使うから」

「いや、いい。少しやることがある」

「じゃあ私はシャワー浴びてくるから。あ、またBCDを呼ばないでよね」

「魔術は使わない」

 藤次はいかにも高そうなソファーに座ると、テーブルに多次元メモリを置いた。

『再生、48時間前』

 すると藤次の周りにホログラムのようなもやが湧き上がり始め、ついに藤次の目の前に先ほどの小さな広場の様子が映し出された。そして、一人の男が広場の中に駆け込んできた。その男はBCDの戦闘服を着ていた。

(見るからに疲弊している。長時間走り続けたのか?)

 隊員はかなり追い詰められているらしく、壁際まで後ずさると入ってきた通路に向かって、

「待て!分かった、俺が悪かった!不意打ちをした事は謝る。だから一度見逃してくれ!」

 そう叫んだ。すると背筋が凍るような低く冷たい声で、

「汝、ブリテンの禍となる者なりや?」

 と通路から聞こえてきた。

(姿は見えないがこれが例のゴースト、だな)

 隊員はその声に体を震わせると、逃げるように通路に背を向けて、跳躍する体勢をとった。そして詠唱を始めた。

『今は遠くの奇蹟をここに 以て七天の加護と成さん

 呼応するは我が血身 光を齎せ カレイド…」

 隊員が詠唱を完了させようとしたその瞬間だった。

「往け、ガラディーン」

 通路から飛び出してきた一本の剣が、隊員の胸を刺し貫いていた。

(ガラディーンだと?いや、それより今、剣がひとりでに飛んでいった…?)

 隊員はそのまま力なく両膝をつくと、そこに通路から甲冑をきた一人の男が現れた。そして

「汝は罪科をなす悪逆者により、ここに誅することとした。己が行いを悔いて死ぬがよい」

 と隊員に告げると、剣を体から引き抜いた。だが、剣に血の一滴もついておらず、明らかにこの世のものではないように見えた。ゴーストは言う。

「……マーリンには遠く及ばぬか。やはり、悠久の老いを正すのは王が定めだろうて」

そして悲鳴が聞こえた。その声の主は、聞き覚えのある声で言った。

「アンタ、今人を…!」

「汝も此れの同胞か?なれば女性とて加減はできまい」

「何を言って……」

 甲冑を着たゴーストは、先ほどの剣を手に握るとその声のする方へと歩き始めた。そこで映像が切れた。もやが晴れるとそこには、風呂上がりらしきレインがバスローブを纏い、腕を腰に当てて立っていた。藤次はその姿に面食らったが、平然を装った。

「……ずいぶん早い風呂だな」

「悲鳴がしたから急いで来たの。貴方、あの時の事をディスクに記録したのね?」

「そのとおり。それと、言いにくいんだが先ほどの悲鳴は……」

「分かってるわよ、自分の悲鳴くらい。それと、あんまりジロジロ見ないでくれる?」

「あらぬ疑いをかけるな。俺は見てない」

「なに焦ってるのよ。アナタ、そんなに若くないでしょう」

「……20だ」

「20!?そんなに若かったの?てっきり27歳くらいだと思ってた」

(好き勝手言いやがって……)

「そういう君は何歳なんだよ」

藤次は尋ねる。それにレインは少し言いよどんだ後、呟くように答えた。

「17歳……」

「はあ?俺より全然若いじゃないか。というか未成年だ。そもそも依頼の電話をかけてきたとき、大学の帰り道にゴーストと遭遇したって…」

「私が17歳だって知ったら引き受けてくれなくなるかもしれないじゃない。それに、17には見えないでしょ?」

 確かにレインの外見に子供っぽさはほぼ無く、その立ち居振る舞いは洗練されているように見えた。

「まあ、否定はしないが……」

「でしょ?それにしても、見た目に寄らずに子供っぽいところがあると思ったら、まさかハタチだなんてね。なんだが怒りも引いちゃった」

「17歳にそう言われる身にもなってくれよ……。もういい、俺は寝る」

 藤次はソファーから立ち上がると、広いリビングを横切って寝室に入ろうとした。

「待ってよ、まだ聞きたいことが……」

「話すことはない。君も今日は寝ろ」

 藤次はドアを閉めた。

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