4.ラウンズドン男爵のご領地で
『気をつけて』
なんてちょっと意味ありげなフレディの言葉を、どうしてだか思い出していた。交霊会は初めての経験で、私は緊張しているのかもしれない。
ジェラルド様の言葉どおりの風光明媚。カーストン家のご領地は、ロンドンよりも温かい、緑の風が吹くところ。
そのお屋敷の中心部。大きな暖炉のレンガにもたれて、エリオットと私は、二時間の旅の疲れを癒していた。
ふるまわれたのはリンゴ酒。そのままで美しい石造りのテラスの向こう、丘を染めながら落ちてゆく夕陽が同じ色をしている。
出迎えてくれた厳格そうな白い髭の執事さん。後ろに並んだメイドたちと、その優しい制服。私はカーストン男爵を直接には知らないけれど、透けて見えてくるものが、聞きかじっているお人柄とぴたりとはまる。
ジェラルド様も、このお城で少年時代を過ごしたのだから、心はここに還るはずだ。
あの新聞社の小さな部屋で、ご領地のことを語ったときの、あの口元を思い出す。誇らしげに、お父様のこの土地を。
なのに。
その反面で、この土地にゴーストがいるのだと言うのだ、彼は。
それは古い歴史を持つ男爵家の城だもの。ひとりやふたり、そんなものが住んでいてもおかしくはないと、私だって思う。だけど気になるのは、わざわざそれを呼び出したいという心境なんだ。
ジェラルド様の交霊会、と自ら銘打ったわりには、招待客もやけにこじんまりと。
「なんだか……」
「どうした? メアリーアン」
「不思議な顔合わせだと思わない? エリオット」
「思っているよ。ジェラルド・カーストンの集まりらしくない。もっとも、一番ふさわしくないのは、僕たちなんだけど」
「そうね」
メイドたちの動きから察したところ、客はこれで打ち止めらしい。
ジェラルド様の良き助言者でいらっしゃる、シーグレイヴの伯爵夫人。
パブリックスクールからのご学友、カーリントン氏。
男爵のご友人のお嬢様で彼と一緒に育ったという、リリア・ランバイン嬢。
そして私たち。新聞記者のエリオット・シモンズ氏と、私、メアリーアン。それで、おしまいだ。
言わせていただくと、あまり記事にしようがないんじゃないだろうか。あんな調子で誘ったくせに、この状態は悪い言葉だけど、詐欺に近いのでは。
一種、裏切られたことに間違いはない。確かに、私の勝手な期待に過ぎないものではございますが。
『ミス・マイラの交霊術』は、テーブルを囲む人数が決まっていて、彼女を含めて七人。だから、これで条件は満たしていることになるけれど、私の予想ではジェラルド様は、そのほかにギャラリーをたくさん用意しているはずだった。
てっきり、あふれかえるほどの道楽者を招待するんだと考えていたのに、まったく、あの方はなにをお考えになっていらっしゃるのか。
これはこれで話題にはなるかもしれないけれど、まるで身内の集まりを世間にさらけ出すのは気が進まない。
それとも、ジェラルド様にはなにかほかに狙いがおありになるのだろうか。
「結局のところ、君はこの会の記事を書くことはないと思うんだ」
薄闇の空に、シャンパングラスを透かしてみながら、心を読んだのかと思うようなタイミングで、エリオットがそんなことを言った。
「書けるとしたら失敗した場合の、ありきたりのレポートだろう」
「どうして? 成功したら書けないの?」
メイドがカーテンを引いた。伯爵夫人が執事にジェラルド様の行方を尋ねている。彼は自ら、霊能者の先生を迎えに駅に出たとのこと。答えを聞いて、さわっと空気が揺れる。皆様、いろいろな意味で、状況を持て余しているのだ。
分厚いカーテンが、外界とこの部屋とを完全に隔離してしまった。馬車の走る音が、近づいてきたような気もする。
メイドが離れるのを待って、エリオットはわからない話を続けた。
「書けないよ、君にはね」
「謎かけみたいな言い方をするのね。自分だけ納得して、それは私もヒントを持っている謎々なの?」
「どちらだろうね、君の手に入るのは。失敗したら記事になる。成功したならこの不思議な顔合わせの謎は解けるけれど、その場合、記事はなしだ」
「どういう意味なの?」
その時。扉が開いてウィーン風のドレスに身を包んだご婦人が姿を見せた。
ミス・マイラ。先頃、ロンドンで話題を集めた、ある能力を手にしている女性。経歴年齢、一切不詳の今夜の主役の登場だった。
すぐ後ろから、ジェラルド様が顔を出す。そしていつもの陽気な声を響かせて。
「ほーら、そこの二人っ。ついて来ないと迷子になりますよ」
「はーい、男爵候補様」
「エリオット」
同じように陽気に返事をして歩き出したエリオットの腕を押さえると、彼は一言だけ実のあるヒントを出してくれた。
「ジェラルド様、真剣なんだよ。今回は」
冗談ぽい口調だけれど、表情はエリオットも真剣だった。
なにか知っていて、また黙っている。昔からエリオットは、私のためにならないことは決して教えてくれない。
強固な主義を持っているのだ。本当に頼りになる私の従兄殿は。