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3.仲の良い三人のディナー


『話題騒然。

今世紀最大にして最後の霊能者、ミス・マイラ、ロンドンを騒がす。

マクレガー卿、盗まれたモーツァルトを発見。

ハドスン議員、愛馬、アスコットで勝利。

グロオスタァ夫人、死の淵からの生還。

ウォーレン教授、行方不明の叔父と再会。

 ミセス・バイオレット主催。

ミス・マイラ、音楽の夕べ。

…………』



「それで。君は招待を受けたわけだ、メアリーアン」

「……」


「目が眩んだのね」

「……はい」


 ジェラルド様の謎のご訪問の夜、私はヘンドリックス夫人とそのおいであるフレデリック・フィデリティ氏と夕食を共にしていた。


 ディナーへの遅刻の理由として、この特例を話さざるを得なかった私は、自然の成り行きと言おうか、予想していた事態と言うのか、お二人から以上のような言葉を賜ったのだった。

 始めからあまり良くなかったご機嫌の傾斜がささらに大きくなってしまった様子のフレディと、あきれたような笑顔の夫人を前に、私は返す言葉も間抜けてくる。


「いい記事を書けって言われたら、緒戦受けなきゃって思っちゃいます。後には引けないですよー」

「そういう言い方をしたのよ、わざと。あなたが絶対のってくると思って」


「……私にも、今ならそれがわかります」


 使いを立てずに自分で訪ねて来た理由も、そこにあるんだろう。

 ジェラルド様のお呼び出しとなれば、私は担当のエリオットを連れてお屋敷に速攻で出頭したんだもの。それを許される立場なんだから、あの人は。


 一応は説明がつくとしても、それでも疑問はまだ残る。

 ジェラルド様が二時間も私を待っていたということ。あれは。


「ジェラルドの口から君が逃れられるわけはないんだ。気にすることはないよ」


 でもなんだか、いつもの様子とは違っていたような気もする。なんと言うのか、いつものジェラルド様は、もっと尊大で高飛車で……。


「そう言うわりには怒っているみたいに見えるけれど」

「そんなことはないですよ。メアリーアン、君がそんな顔をして考え込むことはない。食事を続けなさい」


「まぁ、フレディ。あなたまるで」

「なんですか」


「厳格なお父様みたい」

「おばさま」


 そうだわ。もっと意地悪い目をしていたんだわ。どこか世の中を真っ直ぐに見れないみたいな印象が強くて。それがどこか自分でも納得がいっていないような、そうしたいわけじゃないのに、そうなってしまう、ような。


 なにかをあの人は、失った空気がある。不自由なく育った坊ちゃんなはずなのに。


「メアリーアン」


 あれ。


「はい」

「どうしたんだ、いったい。体の具合でも……、疲れているんじゃないのか?」


 どうやら、幾度も呼ばせてしまったらしく、フレディは真剣に心配そうな顔をしている。……ごめんなさい。


「疲れているなんて、それはあなたの方だわ。私は大丈夫よ」

「そんな調子で交霊会に出るのは、どうも不穏な気がするな」


―――不穏?


「心配なら、あなたが一緒に行けばいいじゃない。カーストンのお坊ちゃまなら知らない仲じゃないでしょう」

「知らないでいられても良かったんですけど」


「またそんなこと言って。いい子でしょ、あの子は」


 夫人のたしなめる一言に、フレディはうつむき加減の曖昧な笑みで応えた。夫人にかかると、たいていの人間はいい子になる。ジェラルド様も完全なる子供扱い。ブラックサファイアも形無しだ。


「誘いは受けましたが、断りました。今は休みも取れませんから。せめて目星がつくまでは」

「モンタギューの事件ね。恐ろしいこと」


 そう。フレディが疲れて機嫌が悪いのも、私が二時間もジェラルド様をお待たせしたのも、一週間前にパディントン駅に停車中の客車から転がり出てきた会計士のせいなのだ。


 光と闇と、混沌のロンドン。私たちは、その中で起こる非日常に支配を受けている。フィデリティ氏は、スコットランドヤードに籍を置く人間なのだった。


 しばらく、食事のための音だけが室内に聞こえていた。私たちのディナーにこの話題は最も相応しくない。非日常を日常に紛れ込ませるのは、最低のルール違反と設定されている。


 だからと言って、相応しい話題が見つからない。この数日、まさにその事件尽くしの毎日で、夜寝る前の読書すらままならないのだから。


 手をそつなく動かしながらの、脳内探索にあきらめが見え始めた頃、ヘンドリックス夫人が手をぽんと打ちながら発言してくださった。


「それで、エリオットなのね」


 えぇと。どうしてここにエリオットの名前が。


「坊ちゃま、ちゃんとあなたに保護者を付けているんだわ。さすがにしっかりしてらっしゃるわね。お兄さんがくっついて行けば、フレディも安心ですもの」

「僕は別になにも」


「だって心配でしょう。あの方のお誘いよ? 交霊会なんてほんの口実ってことだって、充分考えられるじゃない」

「おばさま、そういう遊び方はやめて下さい。ジェラルドはいい子だって、さっきあなたがおっしゃったんですよ」


「あら。パイが焼きあがる頃だわ。行ってくるわね」


 そんな、ありそうもないことをわざと口にして。フレディで遊んでいるのだとわかっていても、取り残された私の方だって、やっぱり困る。

 パイなんて、パイなんてどうでもいいじゃないですか、あなた、奥様なんですからっ。


 言うべき言葉。言うべき言葉。

 言ってもおかしくない言葉。


……「早く解決するといいわね」


 私のどこか足りない言葉に、フレディは遠いものを見ているような顔で、答えてくれた。予想もしなかった表情で。


「そう、祈っているよ」


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