11.そして彼女は魔法に気付く
白いテラスから白い階段が延びていて、それは真っ直ぐにバラの園へと続いていた。
あの朝食室の奥が、ジェラルド様の書斎なのだとリサが教えてくれたけれど、それはロンドンでのジェラルドにはまるで似合わない。ここにいる時、彼はきっと本当の彼になるんだわ。人は基本的に育った土地のようになる。
けれどジェラルドは、あまりここには戻っていなかったかな……。
「おはようございます」
濃緑が音を立てて、大きな茂みを揺らし背の高い男が現れた。ひと働きしてきた後らしく、額に汗を光らせて、人の良さそうな笑顔。と言うことは。
「おはようございます。あなたが、この花園の王様ね」
「……いや、これは驚いた。お嬢様は、クリステル様のご友人で?」
「いいえ。残念ながら」
「同じことをおっしゃった、あの方も。ただの庭師の私に」
クリステル。
ジェラルドの声が、耳に残っている。
「愛らしいお嬢様だったのね。バラがお好きでした?」
「そりゃあもう。ここにある花でクリステル様のご存じない花はありません。特に白いものがお好きでして。色を映す、とおっしゃられて」
「ライトナイトは、じゃあ、あなたが?」
「私はお手伝いをしただけです。クリステル様ですよ」
「そうだったの……」
「今朝、ジェラルド様は笑ってらした。この数年で初めてのことです」
王様は土だらけの手で、その茂みを整えながら続けた。光の白薔薇。
「いつでもふらりと訪れては、ただ庭を眺めているだけだったあの方が、今朝はバラの中を幸せそうに歩いてらした」
朝の光で、光は煌き開き、甘く高らかに薫る。小さなお嬢様と王様が、一緒に夢の魔法をかけた白い薔薇が、きっと彼を優しく見守っていた。
光の中では、より輝き。
「これでクリステル様もご安心なされたことでしょう」
えぇ。
あなたも。王様。
「これをお持ち下さい」
霧が世界をミルク色に染めてゆく中、王様は私に薔薇を切って下さった。
「あなたと、昨日の夜のあのお方にも」
「ライトナイトね」
「ムーンシャインとも言うのですよ。ムーンシャインクリスタル」
「クリスタル」
「旦那様がお考えになったのが、その名前でした。結局はクリステル様の希望を叶え、ライトナイトが登録名となったのですが。私はあのお嬢様には珍しい強さが不思議だったのですが……」
抱えきれないほど、その水晶の花を私に手渡し、彼は安心したように深い息をつく。それから、笑って。
「素晴らしい、夜でしたね」
――ライトナイト―――
クリステル。
あなたの魔法は完成したのね。
「メアリーアン。僕は昨日の夜、ひょっとして君たちの邪魔をしてしまったのだろうか」
「え。どうして?」
「二人の時間だったんじゃないの?」
「違います。私はピアノの音で下に降りて行ったのよ」
「音?」
「えぇ」
「聞こえた? 君の部屋で」
「えぇ」
「……これはまた……」
「なぁに?」
「言葉もないね」
ジェラルドの言葉の意味は、ロンドンに戻るための支度をするために部屋に戻ってみてわかった。
昨日の夜は気にならなかったけれど、なんて長い距離を歩かされていることだろう。まったくの、お屋敷の反対側。
あの昼間でも暗い廊下。闇の中、私を導いてくれたのは、柔らかな音楽だった。
優しく響いて、私を導く。あの人の、魔法の手から生まれる音が。




