10.モーニングルーム
どんなに夢のような夜も一夜明ければ、現実の中に消えてゆくものだ。けれど夢が現実に与える影響が、小さくはないことは知っている。
くらくらと揺れたままの頭を抱えて、わたしはそれでも、いつもの起床時間に目を覚ました。
一日だけは私づきのメイド、かわいらしいリサが案内してくれたのは、私をここに招いたお坊ちゃまの朝食室だった。
緩くタイを結び、小さなエスプレッソカップを口へと運ぶ、ゆったりとくつろいだ姿が、朝の太陽に浮かび上がる。
「お目覚めですか。メアリーアン」
微笑みが、湯気の向こうで揺れている。
ジェラルドは良く眠れたようだ。グッドナイト、良い夢を。フレディの言葉をまた思い出した。
そう。こう言ったわ。昨日、別れ際に。
「おはようございます……。驚いたわ、早いのね。あなたは絶対、昼過ぎまで起きてこないと思ってた」
「そうでしょうけどねー」
その口調から察するに、習慣としてはやはりそうなのだろう。昼前に起きることなどない。それは彼の育ちの問題だ。
「フレディは?」
なんとなく落ち着かない気分で、引かれた椅子に座りながら尋ねると、ジェラルドはさらりとこう答えた。
「ロンドンに戻った。仕事だろ? 彼は」
仕事……って。
「どうやって?! だって汽車がないでしょう? こんなに早い時間」
「早い時間だから、汽車があるんですが。うちの馬車で駅までお送りしましたよ。汽車に乗り込むところまで、私自身が確認致しましたので、ご安心下さい。お嬢様」
言われてみればその通りだった。大声を出してしまったのがばかげて思えて、私は座ったばかりの椅子に座り直した。
ずっと横で待っていてくれたリサに、お茶をお願いする。彼女が大きな扉を閉めて退出すると、ジェラルドは読んでいた雑誌をテーブルの上に伏せて置いた。
「君はフレディ君のこととなると大騒ぎだな」
「だって、」
だってそれはどうしてかと言えば、あの人は。
「いやいや。野暮なことは言いっこなしだ。さぁ、見てごらんなさいな。薔薇を」
返すべき言葉がうまく出てこなくて、私はジェラルドの促すまま、テラスの下の庭に目を向けた。麗しの、バラ園。
「咲いているのね」
「みなさん、見事ですよ」
「出てもいい?」
「もちろんどうぞ。その間に朝食の用意をさせておくよ」
「えぇ。ありがとう」
あの時、ジェラルドが私の名前を初めてきちんと呼んだ、なんて思ったけれど、私もこんなに素直に彼にお礼を言ったのは初めてなのだった。
思い返してみたら、結構、お世話になっているような。




