1.少女のつぶやきとその夜のこと〈予〉
だれかたすけて。たすけてあげて。あのひとを。
あのひとがくるしんでいる。
あのひとがかなしんでいる。
わたしのまほうはあのひとにはのろいになってかかってしまった。
だれか。
わたしのこえがきこえるだれか。
だれかだれか。わたしのこえをきいて。
あのひとを……。
それは。カーストン男爵令息様主催の、初夏の交霊会の夜の事だった。
(不思議な音)
私は幻を聞いているのかと思った。こんな真夜中。
(ピアノ……)
幽霊かもしれない。霊能者の呼び出しに時間差で応じたのかもしれない。
(どこから?)
足はベッドから下ろされていた。このまま眠りには戻れなかった。
目を覚まさせた微かな音。これにはなにか、意味があるに違いないと考えたから。
重たい扉を幾つも開いて、私はそこにたどり着いた。
月明かりだけのサンルーム。ガラスに囲まれた丸い空間。真っ黒いピアノ。まるでそこだけがこの世のものではないかのように。
怖いとは思わなかった。まるで、夢の中の自分を見ているような感覚で、私はその床に足を踏み入れていた。
ガラスを通り越し、グランドピアノに映る月。白く輝く鍵盤の上を、滑るように動くふたつの手。
『眠れない?』
『うぅん』
『聞こえた?』
『ベートーヴェンね。ピアノソナタ』
『月の夜だからね』
『本当ね』
『そこにいる?』
『えぇ』