とある探偵の報告書
男は机の上に並んだA4紙に肘を置き頬杖を着いた。
雑多に置かれている紙にはここ最近報告に上がっている、怪異が関係していると噂されている事件・事故についての報告書だった。
「なんでこんな簡単に湧いて出るかねぇ」
灰皿をシンクの三角コーナーに捨てに行く。
そのせいでコーナー裏はヤニまみれになっているのだが、三角コーナーを常に置いているので男の目に入ることはない。
空になった灰皿を机において、流れるように懐に手を伸ばす。
先に大きくため息を吐いた後、紙巻タバコを加えてオイルライターで火を付けた。
1枚目には河原で見つかった首無し遺体の報告書。
独り暮らしの若者が、頭部を失った状態で発見された。
近隣住人と目立ったトラブルは無かったのだが、聞き込み最中「首輪とリードだけを持って歩いていた」姿が目撃されている。
その情報、そして首の無い遺体。さらに隣人も後日失踪したことから間違いなく犬神の呪いが関わっているのは明白だった。
人を呪わば穴二つ、素人が安易に呪いを実行して、返しが起こらない訳がない。
呪いは諸刃の剣だ。
プロだったらキチンと条件を満たした上で、別の人間にトリガーを引かせて自分への返しが起きないようにする。
つまり今回の犬神を使った呪いに関して可能性はふたつ。
この隣人が実行犯であり、返しを受けて犬神にやられたパターン。
もうひとつは、誰かにそそのかされてトリガーを引いただけの場合だ。
どちらにしても、首無し遺体の被害者に対して隣人は少なからず悪意があったことに間違いはない。
呪いのトリガーを引いたとしても悪意が無ければ標的を死に至らしめることはできない。
ただ、人間が悪意を持たず生きることは不可能だ。
それこそ声が気に入らない、生活習慣が合わない、自分が座りたいのに席を譲らない。
このような気持ちも悪意ではある。
多くの人はそんなことで文句を述べないし、行動にも移さない。
ただ何となく「この人がいなければ良いのに」とよぎる程度、どんな人間にもあるだろう。
呪いは、それを増幅させる。
普段であればなんでもない嫌悪感も許せない、相手を害したいと思ってしまう域まで引き上げてその気持ちを糧にする。
次のケースもそうだろう。
心霊スポット調査に向かった女性が1名行方不明になっている。
何が面白いのかわからないが、霊障の疑いがある場所に赴き、その様子を配信する者がいる。
行方不明になった女性がその配信者という訳ではなかったが、協力して取材を行なっていたことがその配信者から確認が取れている。
わずかな小遣いで地雷を踏む、ありがちなことであるが、今回は少々特殊だった。
行方不明になったのは精神だけだったのだ。
その女性、ヨシダタカネはその取材後山中を歩いているところを保護された。
しかしその女性は自らをアカネと名乗りタカネを否定している。
身分証や指紋から間違いなく肉体はヨシダタカネ本人であることが間違いなく証明されている。
しかし質疑応答や筆跡、そして脳波測定からタカネではあり得ないと結論付けざるを得ない結果となった。
肉体はタカネその人にも関わらず、精神がタカネではあり得ないという結果。
解離性境界障害の検査も行なったが、こちらの結果は白。
つまり多重人格ではなく、本人でも無いと結論に至るしか無かった。
そしてアカネを名乗る人物は保護されると食事も摂らず死亡した。
男は2枚の報告書を読み終えると深いため息を吐く。
先ほど火を付けたタバコを吸うことも忘れ、すでに火はフィルター近くまで届いていた。
おそらくこの件は「形抜き」が行なわれたのだろうと推測していた。
神に捧げるための生贄の魂を神器に納めて奉納する古の習わし。
都から離れた村で行なわれていたと伝えられ、大抵は若い娘の魂を捧げたと聞く。
その捧げられた存在が本当に神仏の類か、それとも怪異に騙されていたかは記録に残っていない。
取材に向かった心霊スポットに調査に向かったが何も見つからなかった。
奉納の祭壇には特定の条件を踏まなければ入ることはできない。
その条件は偶然の迷い込みを避けるため複雑な方法を取ることが多い。
つまり、調査で訪れた程度では形抜きの祭壇に入れる訳がないのだ。
そして3枚目。
この駿河連続怪死事件は資料しか見ていない。
正確に言うと資料以外見ることが適わないと言うべきか。
現在、駿河市は地域封鎖されているからだ。
一瞬にして体内の水分を吸い取る現象はおそらく「カナエタケ」の発生だろう。
願いを叶える、と言われている怪異だがその実、自分の仲間を増やすために行動しているに過ぎない。
意思を持つとはいえ所詮菌糸類型の怪異、対処を間違えなければすぐに滅することのできる怪異だ。
しかし今回は違う。
なぜなら都市部で群発したからだ。
カナエタケはキノコだ。
生息しているのは湿気の多い森林や洞窟に限られる。
多くの場合迷い込んだ生物を取り込み繁殖する。
もちろん群生地には獣は近寄らないし、運悪く足を踏み入れてしまった人間はエサになってしまう。
それは仕方ない。
ただそんな生態をしているためか、繁殖力が桁違いなのだ。
発生場所の周囲に胞子を撒き、食らい尽くす。
そんな怪異が住宅街で発生したら?
報告書を見た瞬間血の気が引いたことを今でも覚えている。
しかも厄介なのは水で洗い流した程度では胞子は落ちない。
ゆっくりと増えていってしまう。
現在駿河の流通は止めて電波もインフラネットで疑似的に繋ぎ混乱を押さえている。
要するにひとつの都市を見殺しにする決定が成された。
しかし解せない。
周囲に胞子を撒くと言ってもせいぜい数メートル。
そんなものが偶発的に都市部に流れ込むことなどあり得ない。
誰かが意図的に持ち込まない限りは。
これも非常にきな臭い。
そんな危険な代物を、この繁殖力を知っていたらどんな目的であっても使う訳がない。
危険性を知らない人間が、効果だけを求めて使わない限りは。
この件もまた、見えぬ影がちらつく。
まるで誰かに見つけて貰いたいかのように。
タバコを吸う気はすでに失せていた。
何も生み出さない報告書を眺め、探偵は深いため息を吐く。
巻き込まれなかっただけ、その自覚と幸運を噛み締めながら天井を仰ぐのだった。




