タカネ
空を覆う、どんよりとした雲は上を見上げた半分を埋め尽くしている。
古びたバス停に記された時刻は3分前にバスが発車したことを無言で告げていた。
それより下の時刻表は劣化で錆びてしまって次のバスを確認できるものでは無かった。
屋根付きの左右背後にだけトタンのある、都会では見られないバス停のベンチに腰を降ろし俯いた。
「勘弁してよ、こんな田舎で置き去り?」
今にも雨が振りそうな空を見上げて吉田高音はため息をこぼしてしまう。
スマホを取り出すも、当たり前のように圏外。
現代社会において電波が無いということが怪奇現象だろうと仕方ないことを考えていた。
自ら好き好んでこんな田舎に来たわけではないことは態度から明白だった。
「こんなことなら手伝いなんて引き受けなければ良かった」
友人が流行りに乗っかって怪奇現象の噂の現場に向かう生配信をすると言い、その下調べとしてひとりで送り出された時点で断るべきだったと後悔をしていた。
引き受けた理由は前金10万円という金に釣られたことも後悔に拍車をかけた。
美味しい話の種を明かせばは想像を絶する田舎に送り込まれたことを考えたら、お釣りどころか追加を貰わなければ割に合わない。
ここに居てもやることは無い、しかし次のバスの時間もわからない。
下手をしたらここから先にバスが無い可能性すらある。
となると泊まる場所を探さなければいけない。
再び、深いため息をこぼして周囲を見回す。
重い腰を浮かせてバス停から顔を出す。
先ほどまで捜索していた人が消える家は単なる夜逃げだった。
脱サラ商法で騙され田舎のリノベーション生活で作った借金を、帳消しにするために都会に戻った、ただそれだけのことだった。
この収穫の無さも怒りを増大させた。
報告をしようにも連絡が取れるわけもなくただただ時間を無駄にしている、そんな状況。
「あれ?あんなところに鳥居?」
周囲を見回すと赤い鳥居が目に入る。
先ほどまでは見かけなかったことに首を傾げつつもゆっくり近づく。
このままバスが来なければこんな田舎に泊まり、もしかしたらその宿まで歩きの上にどれだけの値段を吹っ掛けられるかもわからない。
つまり貰った金がほぼ意味が無くなってしまう。
時間も体力も使って、手に入るのは雀の涙では割に合わない。
そのまま足を進め、鳥居に触れた。
目を凝らすと奥にもぽつりぽつりと連なる鳥居が視界に入った。
「どうせいつもやっているし」
ゆっくりと鳥居を潜り、スマホのカメラを回す。
映像を取り、怪異をでっち上げ配信に流す。
その素材を作っておけば更にお駄賃をせしめられる。
以前もそのような方法で動画を作り、再生数が上がったことがあった。
今回の「人が消える家」はただの夜逃げ。
それでは視聴者が納得しない。
というよりもこんななんでも無いところではお金を返さないといけないかもしれない。
それならこんないかにも出そうな鳥居周りを撮影しておけばいくらでも話を作ることはできるだろう。
そのまま足を進めると更に鳥居。
こんなにも長い距離に点々と鳥居があることに疑問を思いつつ、カメラを回したまま進んでいく。
急に気温が下がったように感じ身震いをする。
足元に視線を下ろすと煙のような霧がくるぶしまで立ち込めている。
「気持ち悪……戻ろうかな……」
しかしここまで来て鳥居しか無ければ苦労すら水の泡。
対して進んだ先に加工しやすそうな素材があれば報酬を上乗せ請求ができる。
どちらが良いか、考えるまでも無かった。
更にひとつ鳥居を潜る。先に見える鳥居に向かう。
徐々に距離が開いているように感じるが、その感覚も寒さで鈍った物では当てにならなかった。
いくつ鳥居を通ったか数えなくなったとき、目の前に小さな祠が置いてあった。
祠と言っても腰ほどの高さしかない、朽ち木で作られた粗末な物だった。
「……雰囲気、あるか。何かあったらいいな」
観音開きの板を開くとその中にあったのは漆塗りの小さな酒器。
内側が朱く、外側が黒い。よく見る酒器だ。
こんな場所に、しかも朽ちた祠の中にあったにしてはまるで新品のように艶があった。
「まぁ、良い成果があったかな。行こうか」
明音はカメラを閉じてスマホをポケットにしまう。
手に持っていた酒器はそのまま祠に戻し、踵を返した。
足跡を辿るように鳥居を潜る。
左右を見回すと道を見てバス停への帰り道を見つけると、ゆっくり歩き出した。
すでに日は落ちて闇に囚われた道を進み、トタンの建物に着いた時、運よくバスが止まっていた。
その日の最終バスに乗り込むと、行く宛ての無い旅を始めるのだった。
吉田高音は未だ行方不明である。




