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怪異譚  作者: 長峰永地
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冬虫夏草・後編

 6人目、山宮梨沙の死亡映像を見て三上は鑑識室へ踏み入れた。

「シモ、昨日のガイシャの写真見れるか」

 三上に呼びつけられた下田は眉間にシワを寄せて、顔を背ける。

「お前の邪魔はしない、ガイシャの顔写真だけ見れればいいんだ」

「それが充分邪魔なんですけどね。おい!」

 部屋に居た女性職員に声をかける。

「お好きにどうぞ。彼女の邪魔だけはしないように」

 下田のイヤミも女性職員の冷たい目も気にすることなく三上は写真データをクリックしていく。

 後藤は周囲に頭を下げながら三上の後ろから写真をのぞき込む。

「……シモ、遺体に損壊は無いよな」

「カミさん、俺ら何年現場にいると思ってるんですか」

「だよな。今回も頭に傷あったか」

 この事件の特徴は被害者が干からびる以外にもうひとつ、頭頂部に直径3センチほどの円形痕があることだった。

「ありましたよ、それがなにか?」

 三上は押し黙ってしまう。

 映像には確かに頭頂部になにか突起のようなものがあった。

 しかし、鑑識が撮影した写真には影も形も存在しない。

「センパイ、もういいでしょう。下田さん、いつもすみません」

「ゴトーちゃんもこんなのと組まされて大変だね……あ」

 下田は電子タバコを咥えようとして、なにかを思い出したように口を開く。

「どうした、シモ」

「一応言っときます、また来られても邪魔なんで。今回、部屋から大量の胞子が観測されました。今までの現場ではなかったものです」

 下田の言葉に三上は食ってかかる。

「胞子?なんのだ」

「わかりませんよ、分析待ちです。見たことも無い胞子らしいんで時間かかるそうです。もう良いですか?」

 話は終わり、そう言いたげに下田はふたりに手をひらひらと振った。

 三上は下田の態度に苛立ちを覚えるが、長い付き合いから出せる情報はすべてオープンにしてくれたことを察する。

「邪魔したな」

「本当に」

 この短いやり取りで部屋を出ていく三上だった。


「センパイ、そろそろ鑑識出禁になりますよ?」

 後藤の運転する車で山宮梨沙のアパートに向かう道中、苦笑いを浮かべて苦言を呈する。

「一刻も早い事件解決のためには仕方ないだろ」

 悪びれもなくうそぶく三上。

 警察組織の良いところはマンパワーだと三上は考えていた。

 ひとりやふたりの異分子がいたところで組織は健全に回っていく。

 むしろ決まりに縛られない人間が多少居て、そのことで事件が解決するなら御の字。

 三上は、自分が異分子サイドであることを理解していた。

 理解した上で今のような行動を続けていることが少しでも早い解決に繋がると本気で信じていた。

「そうっすけどね。……今回の事件、本音は手を引きたいっす」

 後藤のハンドルを握る手に力が入る。

「どういう意味だ」

 三上は声を低くする。

「だって、ヤバくないっすか?さっきまで会ってた人間が次見た時には干からびてる。正直警察の手に負えないでしょ」

 後藤の言葉はかすかに震えていた。

「このままおめおめ尻尾巻けってのか。6人も死んでるんだぞ」

 運転中のためか、直接手を出そうとはしないが平時であれば間違いなく拳が飛んできていただろう。

「そうは言ってませんけど。センパイは……着きましたね」

 未だ保全テープの巻かれた現場に到着するふたり。

 話の途中ながら部屋に向かう。

 中では数名の人間がせわしく作業していた。

「キミたちゴメン、飲み物買ってきてくれない?」

 後藤が先に入った三上に顎をしゃくり、他の人間は納得したように頷く。

 三上が居ては作業が進まないと考えたのだろう、もはや慣れた様子で道具をしまい「30分ですからね」と言葉を残して出ていった。

「センパイ、なに探してるんですか」

 三上は手袋をはめると床に這いつくばり、物の隙間を探っている。

「ガイシャの頭にあった物だ。映像にあって遺体に無いなら現場にあるとしか考えられん」

「そんな物探しにきたんすか?頭に生えた物が取れたとしてもこの部屋にあったんなら鑑識が見つけてるでしょ」

 後藤はため息を吐きながらドアに寄り掛かる。

「で、なんだ?」

 三上はベッドの下を覗き込みながら脈絡のない質問を飛ばした。

「……なんのことっすか?」

「ここに着いたとき聞いてたろ。『そうは言ってませんでしたけど』か?」

 後藤は思い出したように頷く。

「それですか。『センパイは、事件の真相がわかるなら自分もミイラになって良いんすか?』です」

「当然だ。俺の命ひとつくらい安いもんだ」

 その言葉を聞いて後藤は大きくため息を吐く。

「立派ですけど。ボクは外の空気吸ってきます」

 後藤は言葉の通り部屋から出ていってしまう。

 三上は、起き上がりドアを睨みつけていた。

(今回は嫌に消極的だな。あんな弱音を吐くヤツだと……)

 三上の思考はそこで止まった。

 正確にはある一点に視線を集中させるために考えるのを辞めたと言っていい。

(……綿?いや、さっきまでそんなものは)

 三上の視線の先には白い綿が漂っていた。

 先ほどまでなかったソレは徐々に近付いて見えた。

(違う、デカくなってる……?)

『ネガッタ……』

 その時、聞いたことのない声が三上の鼓膜を震わせた。

『オネガイ、キコエタ……』

『シンジツ、シリタイ……』

『ミイラ、ナリタイ……』

 徐々に増えていく声。

 周囲を見ると、先ほどの綿が増えている。

『胞子が検出されたんですよね……』

 下田の言葉が頭の中を駆け巡る。

「まさか……これが……!?」

 綿が三上の指先に触れた。

 瞬間、触れた部分がみるみる細くなっていく。

 まるで、その綿が水分を吸収するように。

「うわぁあぁ!?」

 三上は、周囲を見回す。

 すでに綿に取り囲まれている。

「これが……」

 綿は意思を持ったように三上の身体に吸い付いていく。

 それからは早かった。

 触れた部分から、触れてない部分も水分という水分が目に見えて失われていく。

 三上だったものの水分が尽きるとその場で横倒しになる。

 頭に生えていたキノコがぽきりと折れて消えていく。

『ウマレタ』

『ナカマ』

『フエタ』

誰も聞くことのない部屋で楽しそうな声がこだましていた。

























































































































「センパイ、こんなことになるなんてね」

 後藤は三上の墓に線香をあげて手を合わせていた。

 あの後、捜査は実質打ち切りになった。

 7人の犠牲を出した連続怪死事件としてマスコミに叩かれそうなものだが、身内の犠牲に異例の行動に出た。

 それはマスコミに、情報をすべて流し、判断を委ねるという荒業だった。

 流した情報すべて。

 それは30分前まで捜査をしていた警察官が完全に乾いて発見されるという情報まですべてだった。

 普段であれば刺激を求めるマスコミすら、この事実には沈黙した。

 折りしも良いタイミングで現職大臣の横領が発覚したことも追い風となった。

 7人の犠牲が出たとはいえ一地方都市の事件よりも国民を煽るには充分なスキャンダルだった。

 もちろんそれは建前だ。

 皆、もう触れられなくなったのだ。

 人智を越えた怪異の存在に気付いてしまったのだ。

 誰も近付いた結果、犠牲になりたくなかったのだ。


 この事件はこの記事を最後に一切表舞台から姿を消し、インターネットの怪異譚としてマニアの間に知れ渡る結果となるのだった。


――・――・――・――・――・――・――

『今度は警官!?』

本日14時ごろ、三上剛さん(45)が亡くなっているのが発見された。警察の発表によると同室で無くなった山宮梨沙さん(24)の鑑識作業中、職員が休憩に出たタイミングで入れ違いに同室に捜査に入ったものと見られている。職員が休憩から戻ると亡くなった被害者を発見した。職員の休憩時間は30分ほどとされており、その時間に亡くなったとみて捜査を続ける方針を発表した。

――・――・――・――・――・――・――



あなたは、ある人物の不可解な言動に気付いただろうか。

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