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第9話『灰塚潮は思われたい』

「結局さ、お前城ヶ崎さんと付き合ってんの? どうなの? そこんとこ気になるんだけど」


 翌日。

 城ヶ崎の裏工作が上手くいっているのか、昨日ほど陽キャたちからの歓待は受けなかった。

 その代わり、俺の友人である吉田が、野次馬根性丸出しでそんなことを聞いてきた。

 俺たちはあくまで、互いに惚れさせ合おうとしている関係であり、むしろ恋人同士とは程遠い。

 そもそも、城ヶ崎は付き合っていないことにしたがっているんだから、俺がそれに異を唱える理由もない。

 

「どうもこうも、付き合ってねえよ」


「でもさー、おとといの生配信。あれは完全に城ヶ崎さん側が落とされかかってた反応なんだよなー。同接五百超えてたぜ? あの瞬間」


「そんなに見てたのかよ……暇なヤツらめ」


「いやいや、学院の女王・城ヶ崎咲妃の生告白配信とか、見ないわけないっしょ」


 城ヶ崎のヤツ、自分から大掛かりな仕掛けを打っておいて、盛大に自爆したわけだ。

 そりゃなかったことにもしたくなるだろう。

 つーか、俺をコケにするためにわざわざカメラ設置して生配信までするとか、冷静に考えてちょっとおかしいんじゃないかあいつ。

 吉田は親しげな笑みを浮かべて、俺の肩にポンと手を置いた。


「まあ、でもあれ全部城ヶ崎さんの仕込みだったんだろ? いい演技だったぜ、大田。おかげで女王様の可愛い顔見れちゃったし。俺、アーカイブをバッチリローカルで保存したもんね」


「そりゃどうも」


「いやー安心した安心した。まさか『灰被り姫(シンデレラ)』に続いて『女王様』までお前に落とされちまったんじゃないかって、俺は心配してたんだぜ?」

 

「シンデレラ? 誰のことだよ」


「灰塚潮ちゃんだよ。名前に灰がついてて、美人だから『灰被り姫』知らなかったのか?」

 

「知らん……そんなの。てか、第一俺は別にあいつを落としてなんかいねーよ」


「本当かあ? あの子、お前以外の男子にはぜんぜんはなもひっかけないって有名だぜ?」


「俺があいつを生徒会に誘ったからな。そんだけだろ」


 生徒会に入る前のあいつは、まあ荒んでた。

 遅刻早退の常習犯。提出物もろくに出さないし、授業を仮病でサボるのはしょっちゅう。

 陸上で成功する夢を断たれ、漠然と背負っていた海神合格という目標も達成したことで、完全に燃え尽きていたのだろう。

 当時は自主退学まで考えてたって言うくらいだから、俺もいいタイミングで声をかけたものだと今でも思う。

 吉田が心底安心したように胸をなでおろした。


「なーんだそうだったのか! よかったよかった、ならお前も俺の仲間だな! これからも仲良くしようぜ、大田!」


「ああ」


 吉田はミーハーで若干頭が軽いところもあるが、ノリがよくて楽しいヤツだ。

 俺の方からも、ぜひ仲良くしてほしいと思っている。


「よし、じゃあ土曜日、ぱーっと遊びに行こうぜ! カラオケとかどうよ!?」


 カラオケか。昨日生徒会で行ったばっかだけど、吉田とは行ってないし、別にいいか。

 いや、待てよ。


「すまん、土曜はちょっと」

 

「何だよ。なんか用事でもあんの?」


「ちょっと灰塚とデートの練習があって」


「……デートの練習?」


「ははは、こう言うとなんか部活の練習みたいで面白いな。おっと、勘違いすんなよ。これはあくまで練習であってデートじゃないからな。吉田、お前は高校卒業しても俺の友だち」


「死ねよ……」


「儚っ! 嘘だろ吉田、お前と俺の友情はどうしたんだよ!?」


 豹変した吉田は、血の涙を流しながらわめき始めた。

 

「うるせえ! 何がデートの練習だ! 要するにデートだろ! つーか練習って何だよ! 本番があるみたいじゃねえか! 本番での本番のために練習で本番の練習もすんのか!? ああ!?」


「バンバンバンバンうるせえよ! カラオケバンバンのイメージキャラクターかお前は。日曜日に城ヶ崎とのデートがあるから、灰塚はその練習のために」


「じょじょじょ城ヶ崎さんとデートォ!? しかも練習相手が灰塚ちゃんだと!? 貴様謝れ! 全国一千万の弱者男性に誠意を持って謝罪しろこのカス! 貴様は非モテ男と女の敵だ!」


 どうやら俺の味方は陽キャ男だけのようだ。

 とつぜん発狂し始めた吉田をなだめるのに苦労していると、


「……オタク、それ本当?」


「む、城ヶ崎」


 なにやら機嫌の悪そうな城ヶ崎が、吉田の背後に立っていた。


「邪魔」


「ヒイッ! 覚えてろ大田!」


 城ヶ崎の一言で、蜘蛛の子を散らすように逃げていった吉田の席に勝手に座り込む城ヶ崎。

 足を組み、頬杖をつきながら、俺の顔をジトーっとした目で見つめている。


「うっしーのこと、デートに誘ったの?」


「あ、ああ。そういうことになるな……」


 ちっ、女子とデートしたことがないから、練習のために灰塚を誘ったなんて城ヶ崎には絶対に知られたくない!

 ここは素知らぬフリで城ヶ崎の話に合わせておこう。


「ふ~~~ん……オタクってそういうことするんだ……なーんか意外。実は中学の頃は結構遊んでた?」


「は? 何の話だ?」


「どうせアレでしょ。ウチとのデートの練習のためだーとか言って、うっしーのことそそのかしたんでしょ。ウチにはそのくらいお見通しなんだから」


「うぐっ」


 当たらずとも遠からずといったところか!

 おのれ城ヶ崎、我が好敵手ながら、今はその慧眼が恨めしいぞ!

 そして、何だか良からぬ勘違いをされているようだ。

 まるで、俺が灰塚を弄ぶクズ男のような……。

 断じて違う!

 俺は大急ぎで訂正を試みた。


「そそのかしたわけじゃない。俺は本気で、お前とのデートに臨むために、灰塚に練習を頼んだんだ」


「ほ、本気で、ウチとのデートに?」


「ああ。あくまで、俺にとっての本番はお前だ。城ヶ崎」


 土曜日には、灰塚からデートの秘訣や城ヶ崎の弱点をたっぷり聞き出し、それを日曜日の本番でぶつけてやるつもりだ。

 城ヶ崎も、俺の本気の意思を感じ取り、満更でもなく思ったのか、少しだけ表情の険がとれた。

 

「ふ……ふ~~~~ん……ウチが本番、ね。あくまでうっしーは練習と」


「? そう言ってるだろ、さっきから」


「ま、まあ、そういうことなら、ウチもアンタの本気を受けてあげる義務がありそうね。この学院に君臨する女王として!」

 

「ああ、覚悟しておけ!」


 疑念が晴れてスッキリしたのか、城ヶ崎は足取り軽く去っていった。


 ◆


「先輩、デートとか慣れてないッスよね? なら、無難にショッピングモールでぶらついた方がいいッスよ。一通りデート向けの施設が揃ってますし」

 

 放課後。

 生徒会室で落ち合った俺と灰塚は、土曜日の件について打ち合わせをしていた。

 来客用のソファーの対面に、灰塚は足を揃えて座っている。

 ……ここのソファ、座面が低いから、スカート短い女子が座ると太ももが丸見えになるんだよな。

 正直、視線に困る。


「ショッピングモールっていうと、ららぽとかでいいか?」


「いいんじゃないッスか? あそこなら映画館もありますし。ついでになんか観ましょうよ」


「おお、そうだな。『君に恋してる』とかどうだ? あれ、女子に人気なんだろ」


「いえ、自分恋愛ものはあんまり……アクション系好きなんで」


「あー、確かにそっちの方が灰塚らしいな。じゃ、こっちのアクション映画にするか」


 何気なくそう言うと、灰塚はじっと黙り込んで俺の足元あたりに視線を落とした。


「……先輩、自分って、あんまり女子っぽくないッスか?」


「まあ、そうだな。お前、俳優とかアイドルも興味なさげだし、歌う曲もロック系ばっかだし。俺としては、そっちの方が気安くていいけどな」


「ふーん……やっぱそうなんスね、自分……」


 ……何だ? 今日はやけに女子からジト目で見られる日だな。

 すると、灰塚は意を決したようにうなずいた。


「先輩、会長にガチで勝ちたいんスよね?」


「ああ、無論そうだ。俺の人生は今、ヤツに勝利するためだけにある」


「会長って、女子っぽいッスよね?」


「ん? そうだな。否定はしないが、それがどうかしたか?」


「な、なら……自分も、デート……の練習・・のときは、なるべく女子っぽくしてった方がいいッスよね」


「まあ、その方が望ましいが」


「分かりました。先輩がそう言うなら、自分も覚悟決めます」


「な、なんの?」


 灰塚は若干顔を赤らめながら、意味深に微笑んだ。


「土曜日、自分全力で女子っぽく行くんで、そのつもりでエスコートしてくださいね、先輩」


 思わずドキッとするくらい魅力的なその笑顔に、俺はただ黙ってうなずくことしか出来なかった。

 


 

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[一言] こいつが灰塚ちゃんを選ばなかったらオレがコイツを殺す
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