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第8話『大田美来は信じられない』

美来みく、ちょっと話あるんだけど、いいか」


 チンピラたちを撃退したあと。

 すでにカラオケボックスには料金を払ったあとだったので、そのまま俺たちは解散。

 帰宅した俺は、リビングに寝そべる、妹の美来に声をかけた。

 人を駄目にするクッションにうつ伏せになり、こちらに足を向けたまま、美来はスマホを操作した。


 ピロン


『美来:午後ティー』


「……とってきたら話聞けよ」


 はあ、とため息をつきつつ、俺は冷蔵庫から、美来のご所望のブツを持ってきてやる。

 いつからこうなったのか。

 何かしら、こいつの言うことを聞いてやらないと、ろくにコミュニケーションもとれやしない。

 昔は何かにつけ「お兄ちゃんお兄ちゃん!」って寄ってきたっていうのに。

 兄は悲しいよ。


「ほら。そんでもって身体を起こせ。人の話聞く態度じゃねーだろ」


「っさいなあ……どうせくだらない話でしょ。誰それに勝ったとか敗けたとか、もう聞き飽きてんだけど」


「くだらなくねーよ! これは俺の尊厳に関わる……!」


「はいはい、それがくだらないっつってんの。それで? 今度は何やらかした訳?」


「人が何かやらかしたこと前提で話を進めるのやめろ」


 妙なとこばっかり母親に似やがって。

 そして、相変わらず起き上がる気配ナシ。

 俺の話には毛頭興味がないのだろう。

 ……まあ、実際、趣味から何からこいつとは違いすぎるしな。

 海神の中道部に通う美来は、取り立てて言うところもない普通の女子中学生。

 趣味はショート動画鑑賞。休日は友人とショッピング。

 部活も勉強も、そこそこそつなくこなす、よくできた妹だ。

 俺とて、多少人からズレている自覚くらいはある。

 そんな兄貴を持った、思春期の妹の気持ちを推し量る度量も。

 どうせ、俺なんかとは口も利きたくないんだろう。

 ここは簡潔に、手短に話を済ませてやるとするか。


「実は今度、城ヶ崎とデートすることになったんだが、どうしてもヤツを惚れさせたいんだ。だから、練習として俺とデートしてくれ」


「…………は?」


 美来の動きが止まった。

 

「分かってる。妹しかデートの練習相手がいない俺の不甲斐なさとか、またへんちくりんな勝負始めたとか、言いたいことは色々あるだろうが、まずは俺の話を」


「いやいやいやいやそうじゃなくって! はあ!? 兄貴があの城ヶ崎先輩とデデ、デ……!」


「大王?」

 

「デート! うっっっそでしょ、ありえない! どんな手使ったわけ!? いくら積んだの? まさか通帳持ち出してないでしょうね!」


「金なんか出してねーよ! だいたいデートは向こうから言い出してきたんだよ!」


「…………嘘だ……城ヶ崎先輩が兄貴なんかをデートに……」


 一旦は飛び起きた美来が、失意のどん底に突き落とされたような顔で、再びクッションに溶けた。

 

「そんなに城ヶ崎が俺をデートに誘ったのがショックか?」


「ショックに決まってるっしょ! 全海神女子の憧れの存在が、兄貴みたいなトンチキオタクに気があるとか、解釈違いで頭おかしくなる!」


「待て待て、気があるわけねーだろ。城ヶ崎だぞ? それに、今回のはまあ、ちょっとした人助けのお礼みたいなもんであってだな」


「ない。そんなの絶対口実。女子がお礼感覚で男とデートなんかするわけないもん。普通なら今度学食奢るとか、ジュース奢るとか、そのくらいで済ませるに決まってんじゃん」


「そんなもんかねえ……」


 城ヶ崎の本性を知っているのは、恐らく学内でも俺一人だろう。

 ヤツが俺を敗北させようとしている、なんて話をしても、美来が信じるはずもない。

 ここは適当に話を合わせておこう。


「まあ、それはともかく。デートは日曜だから、土曜あたりどうだ? なんか見たい映画でもないか? チケット代出してやるから付き合えよ」


「うーん……見たい映画はあるけど……」


「お、ちょうどいいな。何の映画だ?」


「『君と恋したい』主演が柿原くんのヤツ」


「あー、主演だけ聞いたことある。それが見たいんだな?」


「でもなあ……どうしようかなあ……」


 美来がえらく迷っている。

 まあ、いくらチケット代が浮くとはいえ、兄貴と休みの日にデートするほどの仲良しだと、偶然居合わせた友だちとかに勘違いされたくないんだろう。

 気持ちは分かるが、ここは俺のために何とか我慢してほしい。


「この先、柿原くんの顔見るたびに兄貴を思い出しそうでイヤなんだよね……」


「いいだろそんくらい! 同じ屋根の下で暮らしてんだから今さらだ!」

 

「だからなるべく顔見ないようにしてんじゃん」


「そんな理由があったのか!?」


 いい加減悲しくなってきた。

 

「ていうか、あたしなんかに頼まなくても、いるでしょ。生徒会って、兄貴以外全員女子なんだから」


「そりゃ女子には女子だけどな。おいそれとこんなこと頼める相手なんていねーよ」


「んー……誰だったっけ。あの人。髪がグレーのかっこいい人。あの人は? よく兄貴と一緒にいるじゃん」


「ああ、灰塚か」


 そういえば、あいつに頼むって手があったな。


「あの人とは仲良くないの?」


「まあ、悪くはないけどなあ……せいぜいカラオケ何回か行った程度だしなあ……」


「……え、二人で?」


「ああ。それと、一人じゃ入りづらいからって濃厚豚骨系ラーメン屋巡りしたり、マンガ喫茶行ってどっちがたくさん漫画読めるか勝負したくらいだし……」


「めちゃくちゃ仲良しじゃん! その人誘いなよ! 百パーいけるって!」


「そうかあ? あいつ、超俺の悪口言ってくるぞ」


「そんなの冗談に決まってんじゃん! なんか心当たりあるでしょ、その人からのなんかサイン的なヤツ! 兄貴のこと気になってるっていう!」


「サインって言われてもなあ……耳元で『好き』って言われたことあるくらいだしなあ……」


「あんじゃねえか! とっとと誘ってこいボケ! あたしなんかに声かけてる場合か!」


「いってえ! 蹴るな!」


 サッカーボールみたいにドカドカ蹴られまくり、俺は慌てて自分の部屋に避難した。

 まったく、すぐキレるところは誰に似たんだか。

 うーむ、『好き』って言われたのだって、からかわれたようなもんだし、別に俺のことなんか何とも思ってないと思うんだけどな。

 しかし、妹にあれだけ言われたからには、聞くだけ聞いてみるとしよう。

 時刻は夜の十時。いきなり電話をかけるのは非常識かもしれない。

 ラインだけ送っておこう。

 えーと、『話があるから電話できないか?』っと。

 

 プルルルルル。電話だ。着信画面を見る。


 相手:灰塚潮。


 おお、早いな。さすがは俺の後輩だ。


「もしもし、灰塚か? 悪いな、こんな時間に」


『いえ、別に。それより、話ってなんスか?』


 灰塚の声は、まるで風呂場にでもいるかのように反響していた。

 よく聞くと、水の音も聞こえてくる。

 あれ、こいつもしかして……。


「……お前、今風呂入ってる?」


『入ってますけど、何か? え、嘘。もしかしてカメラついちゃってます!?』


「いやいや大丈夫! 大丈夫だから!」


 画面越しとはいえ、全裸の女子と通話するのは何だか妙な背徳感があるな。

 まあ、向こうが気にしてないなら、こっちも変に意識するのは失礼だろう。

 俺は努めて冷静さを保って言った。


『すまん、ティッシュとってくるからちょっと待ってくれ』


「……あの、そういうの、わざわざ宣言されると自分としてもちょっと」


「違うから! セクハラとかじゃないから!」


 ちょっと鼻血が出てきただけだ。

 灰塚は遠慮がちに言った。

 

『……興奮します』


「するの!?」


『嘘です』


 嘘かよ、ちくしょう! 分かってたけどな!

 ティッシュを一枚とり、丸めて鼻の穴に押し込む。

 こんな情けない顔を晒すくらいなら、向こうからビデオ通話を申し込んできても断るところだ。


「で、本題だけど、土曜日俺とデートしてくれないか?」


『デ、デートッスか? 自分と?』


「ああ。都合が悪いか?」


『い、いえ。自分としては何も問題はないッスけど、あ、でも今からだと美容院の予約が……!』


「あ、そんなに気張らなくてもいいぞ。城ヶ崎のデートの練習に付き合ってほしいだけだから」


『…………あー。はい。そういうヤツッスね。はいはい。自分なんかで先輩のお役に立てるか分かりませんけどねー』


 なんかすげえ冷たくなった!

 そりゃあからさまに練習台扱いされちゃ、誰だって気を悪くするか。

 俺は慌ててフォローを入れた。

 

「お前なんか(・・・)じゃない。お前にしか頼めないんだよ。城ヶ崎と距離近くて、こんな頼みごとできる女子、お前しかいないんだ」


 先に美来に話を持っていったことは黙っておくことにした。

 しばしの沈黙。

 

『……まあ、そういうことなら、付き合いますけど』


「よっしゃ! サンクス! 助かるわ! じゃ、詳細はまた明日、会って話そうぜ! おやすみ!」


『お、おやすみなさい、先輩」


 通話を切り、俺はベッドに寝そべった。

 ふう、これで城ヶ崎のデート対策はバッチリだな。

 見てろよ、城ヶ崎。必ずお前の鼻を明かしてやるからな!

 


 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] これ灰塚ちゃんと主人公が付き合えば先に恋人作ったってことで城ヶ崎に勝てるのでは?
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