第7話『城ヶ崎咲妃は敗けたくない』
オタク、無双する。
「で? 俺らに何してほしいわけ?」
『表出ろ』だってさ。こえー! 俺らボコられちまうよー!」
「これマジの忠告だけどさ、今のうちに土下座しとけ? そしたら俺らも許してやっから」
あのあと、カラオケボックスを出たウチらは、裏手にある空き地に来ていた。
足元はぬかるんでいて、あちこちに水たまりができている。
そこで、絡んできたチンピラたちとオタクが向かい合っている。
ど、どうしよう……なんかヤバいことになっちゃったんだけど!
オタクのヤツ、マジであいつらと喧嘩する気なの!?
今のうちに、警察とか呼びに行った方がいいのかな?
でも、あんまりおおごとになったら、あとあと大変だし……。
「お、オタクさ! 別にウチのことならいいから!」
「ほら、カノジョもお前のこと心配してくれてんぜ?」
「いやいや、こんなオタクに舐められたままとか、マジねえわ。いっぺんボコらねえと気が済まねえし」
ウチの胸ぐらを掴んできたチンピラが、シュッシュッとシャドーボクシングのような動きをする。
嘘、もしかしてあいつ、格闘技とかやってる系?
ヤバいじゃん、絶対勝てないよ! ただでさえ、相手三人もいるのに!
でも、オタクはぜんぜん気にしてないみたいだった。
「おい、そこのツーブロ。さっき城ヶ崎に暴力振るった件、今この場で誠意を持って謝罪するなら勘弁してやるぞ」
「……は? 何ソレ。意味分かんねえ」
すると、オタクはめちゃくちゃバカにした感じで肩をすくめた。
「お前ら大蛇工業だよな? チンパンジーでも名前が書ければ受かるって本当だったんだな。日本語のリスニングにも不自由していると見える」
「ンだとテメエ……!」
「分からないヤツだな。痛い目見る前に謝った方がいいって話をしてるんだよ。それとも、殴られるのが好きなのか? マゾヒストのチンパンジーってのはなかなか斬新だな。ユーチューバーにでもなったらどうだ? 収益化くらいは通ると思うぞ」
「……テメエ、マジで調子乗んなよ、キメエオタクのくせによ!」
「煽り合いで負けそうになってるヤツの特徴その一。低レベルな人格否定を始める」
「ンだとコラア!」
ちょ、オタクのヤツどんだけ挑発すんのよ!
あれじゃ今更ごめんなさいなんて言っても、百パー許してもらえないじゃない!
「咲妃様、やはり警察の方を呼びに行ってきたほうがよろしいのでは!?」
「ねえ、うっしー! 本当に大丈夫なのこれ!?」
「ええ、まあ、何とかなるかと」
完全にテンパってるウチとカモちゃんとは対照的に、うっしーだけはいつも通りだった。
まるで、オタクが負けるなんて、これっぽっちも思ってないみたいに。
「会長もご存知ッスよね? 先輩の病的な負けず嫌い」
「え? そりゃ、まあ……」
「先輩、中学の頃、高校生にカツアゲされたこと、あるらしいんスよ。それが死ぬほど悔しくて、強くなるために山籠もりまでして、救助隊呼ばれたそうです」
「オタクらしいわね……」
あいつの謎の行動力、ほんとどこから湧いてくるのかしら……。
いつも勝利勝利言ってるけど、ウチに勉強や人望で勝ったからって、特に何かもらえるわけでもないのに。
うっしーは制服のポケットに手を突っ込んだまま、淡々と語る。
「で、ちゃんと強くなるために、今度は格闘技習い始めたらしいんス」
「え、マジ!? あいつそんなのやってたの!? どんな格闘技?」
「えーと、空手ボクシングキックボクシング柔道テコンドー躰道……」
「やり過ぎー!」
どんだけ節操ないのあいつ! なんか聞いたことないのまで混ざってるし!
絶対それ体験レッスンだけしてやめたパターンじゃないの!?
「あと、これは今でも続けてるそうなんスけど――」
「あ、やっぱり他のはやめたのね」
「――ムエタイッス。先輩曰く『たぶん一番実践的』だからだとか」
とうとう完全にキレたのか、ツーブロのチンピラがオタクに突っかけた。
「ぶっ殺す!」
一瞬で距離を詰め、鋭い前蹴りを放つチンピラ。
しかし、オタクはその蹴り足をあっさり片手で掴んで止めると、逆にぐいっと引き寄せた。
ガコッ!
「がふっ!」
そして、オタクのパンチがチンピラの顎にヒットし、すごい音がした。
その一撃で、チンピラはぐらりと頭が揺れ、その場に崩れ落ちる。
「「「「……え?」」」」
ウチだけでなく、チンピラたちやカモちゃんまでもが、驚きの声を上げる。
な、何今の動き!
プロの格闘家みたいじゃん! オタク、あんなことできたの!?
「いきなり前蹴りとか、やっぱなんかやってたみたいだなこいつ」
こともなげにつぶやきながら、オタクは残る二人に向き合う。
「ま、マジかよ……ケンちゃん、キックで大会出たことあるって言ってたのに……」
「こいつも経験者ってことかよ!?」
すっかり怖気づいているチンピラたち。
そりゃ、誰だって驚くよね。あんなザ・オタクみたいな格好してたヤツが、実はこんなに強かったなんて。
でも、いつもの黒縁メガネをとって裸眼になったオタクは――なんだかいつもよりずっとかっこよく見えた。
「どうした? かかってこいよ。それとも二人じゃ不安か?」
「く、くそっ! やってやらあ!」
拳を振りかぶって、殴りかかってくるチンピラ。
ウチから見ても、明らかに素人っぽいその動作に、オタクは無造作にローキックを蹴り込んだ。
バシッ!
「いっ……!」
左足のももを抑え、よろけるチンピラ。
そこに、さらにオタクは何発も蹴りを連発する。
ビシッ! ビシッ!
「あああっ……!」
とうとうこらえきれなくなったのか、チンピラは情けない悲鳴を上げながら地面に転がった。
うわ、見てるだけで痛そう……。
「ひ、ひいい……!」
最後の一人は、完全に戦意喪失しているみたいだった。
へっぴり腰で後ずさりながら、辺りをキョロキョロ見渡している。
と、何かを見つけたのか、目をギラつかせながら大声を出した。
「お、お巡りさーん! こっちこっち! 俺ら喧嘩ふっかけられたんすよ!」
表通りを歩いていた警察官が、こっちに駆けつけてくる。
ええ……自分たちから絡んできたくせに、敗けたら警察呼ぶとかダサすぎでしょ……。
てか、ヤバくない? 確か、格闘技経験者って、人を殴っちゃいけないって法律あったよね?
いや、経験者じゃなくてもダメなんだけど……。
「こいつっすよこいつ! こいつに俺のダチが殴られ……って、おいテメエ何寝っ転がってんだ!」
「うう……痛え……俺、何もしてないのに……」
見れば、いつの間にかオタクは泥まみれの格好で地べたから起き上がり、弱々しい手つきでメガネをかけ直していた。
ジロリ、と警察の人がチンピラを睨みつける。
「……彼を殴ったのは君たちか?」
「おいちげえよクソお巡り! こいつが俺らに喧嘩売ってきて、ケンちゃんと亮平ボコったんだよ!」
「いや、意味分かんないですよ……俺がこんな強そうな人たちに勝てるわけないじゃないですか……」
「テンメエエクソオタクがよおおお!」
地団駄を踏んで悔しがるチンピラ。
でも、はたから見ればオタクが言っていることが正しいようにしか聞こえない。
って、ぼーっとしてる場合じゃない! ウチらもオタクに加勢しないと!
「う、ウチらも見てました! そのオタ……じゃなくて男の子、ウチらがあの人たちにナンパされてるの見て、助けてくれたんです!」
「そ、そうです! 咲妃様のおっしゃる通りです!」
「めっちゃ怖かったッス」
「おいクソアマ! 嘘こいてんじゃねえぞ! じゃあケンちゃんと亮平やったの誰だっつんだよ!」
なんとか立ち上がろうとしている仲間たちを指差し、チンピラが喚く。
でも、ウチは冷たく言い放った。
「は? あいつら、勝手に水たまりで滑ってコケただけじゃん。何言ってんの?」
「はあ!? おい待て待てって! そいつら全員グルなんだよ! お、俺らをハメようとして……!」
「お巡りさん、自分ら海神の生徒会なんで、話聞きたかったらいつでも連絡いただいて結構ッスよ」
「あ、ウチ、生徒会長の城ヶ崎咲妃っていいます! なんだったら証言? とかしますけど」
片や県下トップの進学校の生徒会役員。
片やこのへんでも有名なバカ高校のチンピラ。
自分で言うのもなんだけど、どっちが信用できるかなんて言うまでもない。
「そうか。なら、何かあったら学校側に連絡させてもらうよ。君、大丈夫かい? 立てる?」
「は、はい。なんとか……」
「く、くそっ! どいつもこいつもふざけやがって! ケンちゃん! 亮平! 逃げようぜ!」
「あ、こら待ちなさい! こちら応援求む! 場所は貝塚町三番地四丁目――!」
ほうほうの体で逃げ出していくチンピラたちを追って、お巡りさんは走り去っていった。
「何とかなったみたいだな。城ヶ崎、怪我はないか?」
「あ、うん。平気……」
「そうか。ならよかった」
オタクは何事もなかったかのように立ち上がると、身体についた汚れをパンパンと払った。
す、すごい……あのチンピラ三人、一人で本当にやっつけちゃった……。
「さすが先輩ッス。正直、めっちゃスカッとしました。ありがとうございます。先輩、かっこよかったッスよ」
「へっ、よせやい。照れるぜ」
うっしーがオタクに歩み寄り、ニッコリと笑いかける。
ウチ、あの子があんな風に笑うところ、初めて見たかも……。
なんというか、自慢の彼氏がいいところ見せてくれて、喜んでるみたいな感じ。
あれ、もしかして、うっしーってオタクのこと……。
う、ううん。まさかね
「わ、私からもお礼を言わせてください! 私、副会長のこと、少し誤解してました……」
「おお、そうか。そりゃよかった」
「自分で相手を殴っておいて、罪を全部相手に押しつける狡猾さ、それが海神学院副会長の座を射止めた強さなんですね……!」
「ちげえよ! ちゃんと正々堂々選挙活動したわ! まあいろいろ手は回したけどな!」
それはウチも同じだから責められないわ。
じゃなくて、ウチからもちゃんとお礼言わないと……!
「オ、オタク!」
「どうした、城ヶ崎」
オタクがまっすぐにウチのことを見つめてくる。
や、やっぱりこいつ、裸眼の方が絶対似合ってる!
ヤバい、目合わせらんない……!
「そ、その……助けてくれて……ありがとう……オタクのこと、ちょっと見直した。こ、今回はウチの敗けね。仕方ないから、認めておいてあげるわ」
「別に勝ち負けなんか気にしてねえよ。俺がムカついたからやっただけだ」
ウチの冗談めかした敗北宣言にも、オタクはぶっきらぼうに返すだけだった。
も、もう! せっかく空気変えようとして敗けを認めてやったのに!
いつもはウチに勝つ勝つって言って追いすがってくる変なオタクのくせに、何でいきなりまともになるの!?
……もしかして、勝つとか敗けるとかより、ウチが暴力振るわれたことに怒ってくれた……ってこと?
その途端、顔がカーっと熱くなってくる。
思わず、ぱっと頬を抑えた。
むう~~! オ、オタクなんかにこんな気持ちにさせられるなんて、屈辱だわ!
「こ、このまま敗けっぱなしなんてウチの沽券に関わるわ! アンタに貸しをつくるなんてまっぴらごめんなの! だ、だから……」
「だから?」
「……こ、今週末、デートしてあげる」
「……は?」
オタクの目が点になる。
ふ、ふふん! 所詮はオタクね。デートって単語出しただけで簡単に意表を突かれてるわ!
「か、勘違いしないでよね! 別に、アンタのこと好きになったとか、ぜんっぜんそんなんじゃないから! 本当にただ、助けてもらったお礼と、服汚したお詫びと……あと、アンタを打ち負かして君臨するためよ!」
「お――おう! 望むところだ! やはり俺と正式に戦う気になったようだな、城ヶ崎! まずは前哨戦といったところだが、ここで一気にリードをつけてやる!」
「はっ! オタクのくせに調子に乗るんじゃないわよ! そっちこそ、せいぜいウチに落とされる心の準備をしておくことね!」
見てなさい、ウチがこんなオタクにドキドキするはずなんてないってこと、証明してやるんだから!
◆
「……ねえ、咲妃様と副会長、何の話してるの?」
「常人には理解できない領域の話ッスよ」
「なるほど、さすがは咲妃様です……!」
城ヶ崎ちゃん可愛い! と思った方は星5評価いいねブクマお願いします。
明日は更新おやすみする予定です。
また、面白いと思ってくださった話にはどうかいいねをいただけると、今後の話作りの参考になるので、よろしくお願いします。