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第5話『灰塚潮は呆れている』

前話のラストの展開をサイレント修正しました。

具体的には絡み合っているところを後輩二人に見られた城ヶ崎のリアクションがマイルドになっています。

また、灰塚ちゃんのリアクションも変化しており、今回の話の冒頭にもつながってくるので、最新話を追ってくださっている読者の方はできれば前話のラストだけ読み返していただけると幸いです。

「――つまり、さっきのアレは決して先輩の方から襲いかかったわけではない、ってことッスか?」


 数分後。

 ドリンクバーのあるところまで灰塚を引きずっていった俺は、なんとか事情を説明することに成功していた。


「もちろんそうだ……そんでもって、俺は別にあいつと付き合ってはいない。ヤツは俺と付き合っているような素振りを見せるかもしれんが、それは全てヤツの計画だ」


「計画……」


「ああ。実は今朝、俺は城ヶ崎と、ある勝負の取り決めをしたんだ。俺と城ヶ崎でお互いにモーションをかけあって、先に惚れた方が敗けってルール。題して『恋愛戦争ラブ・イズ・ウォー』のな」


「そのネーミングセンスはともかく、先輩の言いたいことは分かりました」


「ともかく?」


 俺のネーミングセンスは理解に苦しむと言いたいのだろうか。

 灰塚は深くうなずき、悲壮な面持ちで言った。

 

「つまり、会長と付き合っていることは内緒にしてほしい、と」


「ぜんぜん違ぁう! なんにも分かってねえじゃねえか! 言っただろ! ヤツは俺を敗北させるために、俺を惚れさせようとしてるだけなんだって!」


「え? 惚れさせられると何で敗けなんスか? 恋愛に勝ちも敗けもないっしょ。そんなことで勝負すること自体がまず意味不明です」


「作品の根幹を否定するようなこと言うのやめろ! よく言うだろ、恋愛は惚れた方が敗けって! だから、俺があいつに惚れたら、あいつにとって俺は永遠の敗北者になっちまうんだよ!」


「もうますますもって訳が分かんないッス。久々に先輩の頭ん中見てみたくなりました」


「そんなにちょくちょく俺の思考回路を疑っているのかお前は」


「二ヶ月ぶり六十度目です」


「出会って以来ほぼ週一じゃねえか!」


 どんだけ頭のおかしいヤツだと思われてるんだ俺は。しかも律儀に数えているところも腹が立つ。

 俺はただ、敗けたくない男というだけの、至極単純な人間のつもりなんだが。

 と、ここでクスリと灰塚は笑みをこぼした。


「冗談ッスよ、先輩。先輩が会長と付き合ってないのなんて、普段の言動見てれば丸分かりッスから。これでも自分、先輩のことはよく観察してるんスよ?」


「お、おう。そりゃよかった」


 俺の脳内を覗きたいと思っているのは冗談じゃないんだろうか。

 

「その変な勝負とやらに、自分も協力します。女の子がキュンとくるような言動なら、自分も多少はアドバイスできると思うんで」


「マジでか! 助かる! 俺一人じゃ心細かったんだ! 女子のお前が助けてくれるとあれば百人力だ!」


「ふふ、褒めても何も出ないッスよ。要するに、会長を惚れさせれば先輩の勝ちってことッスよね?」


「そうだ。だが、イケメンでもないし、金もない俺が女をドキドキさせるなんてこと、本当にできるのか?」


「そんなのやり方次第ッスよ。確かに先輩はお世辞にも美形ではないですし、甲斐性もなさそうですし、頭のネジが五、六本外れてるところはありますけど、そのくらいはカバーできます」


「今余計な罵倒が入らなかったか?」


「すいません、口が滑りました」


「ったく、分かりゃいいんだよ」


「ネジなんてついてないッスよね」


「ついとるわ! 頭蓋骨ガッタガタじゃねえか!」


 俺、こいつの恨みを買うようなことでもしたんだろうか。

 今日……ていうかさっきからやけに当たりが強い気がする。


「もともと、先輩と会長は結構相性がいいんスよ」


「本当か? いっつもあいつにイジられて笑いものにされてるんだけどな」


「本気で嫌ってる相手ならそもそも構ったりしないッスよ。人が人を好きになるステップは、心理学的には『親密化過程』って呼ばれてて、先輩と会長は五段階あるうちの第三段階までをクリアしてるんス」


「そ、そんなにか!」


「はい。まず、第一段階は出会い。第一印象ッスね。外見とか性格とか肩書とか。外見は……まあさておき、性格も……ちょっとアレですけど、肩書は生徒会副会長ってことで、トータルでは申し分ないッス」


「言うほど申し分ないか?」


 第一印象を決定づける三つの要素のうち、二つを否定されたんだが。

 副会長であること以外まるで価値がないみたいじゃねえか。


「次に、第二段階。単純接触効果って知ってますよね? 先輩と会長は日常的に生徒会役員として、半年以上密な交流をもってますから、ここも問題ないッス」


「なるほど、ここは本当にそれっぽいな」


「お次は第三段階。『共通項・類似性の原理』って言って、人は相手と自分に共通してる点を見出すと、自分と価値観を共有してるように感じて、相手に親しみを覚える習性があるんス」


「ふむふむ」


「聞いた限りだと、会長も先輩と同じ『負けず嫌い』ってところが共通してますから、この原理が働く可能性は高いッス」


「そうかあ? むしろ負けず嫌い同士がぶつかりあったら不倶戴天ふぐたいてんだろ。現にこうして、決着つけるために勝負までしてるんだぞ」


「そんな頭のおか……変な勝負、他人同士ならしないッスよ。会長が先輩のことを気に入ってるのは確かッス。オモチャとしてなのかペットとしてなのかはともかく」


「どっちにしろ人間扱いされてねえじゃねえか!」


 せめてどっちかを『男として』に入れ替えろよ。

 俺は中世の奴隷かよ。

 灰塚は人差し指を一本、ピンと立てた。


「ここから一歩先――第四段階に進むには、第三段階の逆……お互いの違いを認識し合うことが重要になるッス」


「俺と城ヶ崎の違い?」


「はい。あんまりにも初めから違いすぎるとさよならバイバイッスけど、お互いの理解が進んだ状態なら、プラスに働く可能性が高いッス。これを『相補性の原理』って呼ぶんスよ」


「相補性?」


「たとえば、金持ちのブ男と頭からっぽな美人がくっつきやすいのは、お互いのコンプレックスを補完し合うことができるからッス」


「生々しいたとえやめろ」

 

「つまり、今先輩がすべきことは、会長の弱点を見つけて、そこをカバーしてあげることッス。そうすれば、会長は自分にないものを持っている先輩に惚れるはずッス」


「なるほど。いい話を聞けた。しかし、城ヶ崎に弱点なんてあるのか? 美人で成績優秀で、おまけに実家も金持ちって話だろ?」


「まあ、それは自分も同感ッスけど、それを探すのが恋愛の醍醐味ってもんじゃないんスか?」

 

 うーむ、ヤツの弱点か……。

 ただでさえスペック的には完璧超人で、おまけに君臨至上主義者のヤツが、そう簡単にボロを出すとは思え、


「……いや、ある。ヤツには、致命的な弱点が一つある!」


「ええっ! ちょ、マジすか!? あの会長に弱点!?」

 

「ああ、あるんだ! いいか、よく聞け。城ヶ崎はな――不意打ちで好きっていうとビックリする!」


 すると、灰塚はスッと白けたように目を細めた。

 

「……先輩、そんなこといつ言ったんスか?」


「え? 昨日と今日」


「二度も? 何で?」


「ええと、昨日は嘘告白されたときにムシャクシャして隙を突いてやろうとして、今朝は恥かいた責任とれっていうから、じゃあお前と付き合ってやるよーみたいな感じで」


 あれ、こうしていざ言語化してみると、俺本当意味分からんことしてるな……。

 灰塚が見下げ果てたように短く鼻を鳴らした。

 

「……先輩、実はタラシなんスか?」


「タラシじゃねえよ! 俺はただ、ヤツを敗北させるために恥を忍んでだな……!」


「うわー、なんか幻滅したわー。先輩、好きでもない相手に好きとか言えちゃうタイプなんスね。なんかがっかりッス」


「べ、別に言うくらいいいだろ! ただの言葉じゃねえか!」


「言葉には人間の魂が宿るんスよ。気軽に言っていい言葉と悪い言葉があるんス。先輩はもっと言葉遣いに気をつけてください」


「む……善処する」

 

 ご説ごもっともだが、俺からも言ってやりたいことが一つあった。


「お前散々俺をさっきから侮辱してなかったか?」


「あれはぜんぶ言っていい言葉ッス」


「ダブスタクソ後輩がよ!」


 世が世なら決闘を申し込んでいるところだ。

 さて、あんまり長話していると、せっかくカラオケに来たのに金がもったいない。

 誤解は解けたし、そろそろ戻るとするか。


「先輩、待ってください」


「ん? 何だ」


「さっき話してた会長の弱点、あんなのは弱点なんて言えないッス。いきなり異性から『好き』なんて言われたら、誰でもドキッとして当たり前ッス」


「いやいや、そうでもないって。ちゃんと隙を突いて言わないと効き目ないし、すぐ耐性ついちまうからな。俺もそれで、さっきはヤツにいっぱい食わされ――」


 そのときだった。

 不意に、灰塚が俺の耳元に背伸びをして、ささやくように告げてきた。


「――実は自分、先輩のこと好きなんスよ」


「うえっ!?」


 鼓膜を伝って、灰塚の吐息とハスキーな声が脳の中枢にまで響いてくる。

 こ、これは……別の意味で耐え難い感触だ……!

 灰塚はタッと跳ねるように俺から離れ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「ほーら、こんな何でもないタイミングで言ったって効果あるじゃないッスか」


「お、おおおまおまお前! 何すんだよ急に!」


「別に? 先輩の発言の不備を指摘してあげただけッスよ。それじゃ」


 灰塚は軽やかな足取りで、俺たちのルームへ戻っていってしまった。

 残された俺は、まだゾクゾクする右耳を抑えたまま、その場に立ち尽くしていた。

 ……なるほど、今度は城ヶ崎の耳元でボソッと言ってみるか。参考になったな。

 やはり灰塚は頼れる後輩だ。


 

 

灰塚ちゃん可愛いいい! ってなった方は星5評価お願いします。

感想の方も平日は多忙なので無理ですが休日にまとめて感想返ししたいと思っているので、全て目は通させていただいています。

感想も評価と同じくらい作者の活力になりますので、一言でも感想いただけるととても嬉しいです。

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