第4話『大田國光は騙されない』
「すいませーん、予約してた城ヶ崎ですけど~」
「はい、六時からご予約の城ヶ崎様ですね。三十二番ルームへどうぞ」
「あざまーす」
三十分後。
俺たち生徒会一行は、学校の最寄りにあるカラオケボックスへ訪れていた。
中は同じ海神学院の生徒と思しき生徒たちでごった返しており、入れるかどうか心配だったのだが。
「わざわざ予約してたのか、城ヶ崎」
「ま、そのくらい気ぃ利かすのは会長として当然っしょ」
「さすがです、咲妃様! なんとお手際がよろしいのでしょう!」
カラオケ店で合流した鴨鍋が、恍惚とした表情で城ヶ崎を賞賛する。
鴨鍋つみれ。
我らが生徒会の庶務を務める一年生で、灰塚の同級生だ。
城ヶ崎をリスペクトしているのか、髪は明るい茶色で、髪型は城ヶ崎とは逆の方で結んだサイドテール。
はたから見れば、姉妹のように見えないこともない。
「咲妃様、此度の六回連続学年一位、おめでとうございます! 容姿端麗にして成績優秀! まさに海神学院全生徒の模範としてふさわしい存在です!」
「ま、それほどのこともあるわ」
ベッタベタのべた褒めに、城ヶ崎は満更でもない様子で返す。
ともすれば見え透いたお世辞とも受け取られかねない発言だが、鴨鍋のことだから、まず本心だろう。
なにせ、鴨鍋は城ヶ崎に憧れて海神学院に入学し、さらに生徒会の門戸を叩きに来たほどなのだから。
最初の挨拶のときに、自分からそう言っていたから、まず間違いない。
「……全生徒の模範って部分はどうかと思うけどな」
「はあ? 何をおっしゃってるんですか、副会長。咲妃様のどこに人目をはばかる要素があると?」
「いや、別に」
俺がボソッと小声でつぶやいたのを、鴨鍋は聞き逃さなかったようだ。
ギロリと親の仇を見るような目でにらまれてしまう。
こいつが尊敬しているのは城ヶ崎だけで、俺はまるっきりの例外だ。
正直、ちょっと悲しい。
鴨鍋がフンと鼻を鳴らし、俺を上から下までジロジロ眺め回す。
「寝癖」
「寝癖?」
「寝癖がついています。そこじゃないです、後ろです。眉毛も手入れしていませんね? あと、顎の下にヒゲの剃り残しがあります。ネクタイも緩んでいます。校則違反です!」
うぐっ! 今の一瞬で俺の身だしなみチェックを済ませたのか。目ざといヤツ!
さすがは風紀委員も兼ねているだけのことはある!
鴨鍋が呆れたように腰に手をやった。
「まったく、仮にも咲妃様に準ずる地位にある方が、そんなみっともない格好をされていては、咲妃様の品位にも関わります! もっと身だしなみに気を使ってください!」
「ぐっ……善処する……」
くそ、後輩のくせに、相変わらず歯に衣着せないヤツだ。
しかし、言っていることは正論なので、素直にうなずくしかない。
今朝は昨日の告白事件を引きずっていて、身支度に気合が入らなかったのだ。
「先輩、ここッスよ。ほら、じっとしてください」
「い、いいって、別に……」
灰塚がウェットティッシュを使って、俺の寝癖を直してくれる。
気持ちは嬉しいんだが、人前でやられると何だか気恥ずかしいな。
しかし、灰塚は断固としてやめようとしなかった。
「いいえ、やらせてください。あのカモ女が調子づいてると、自分イラつくんで」
「カモ女って……」
「誰がカモ女ですって?」
「アンタ以外いないッス。どんなに先輩をけなしたって、それで自分が会長みたくなれるわけじゃないッスよ?」
「だ、誰がそんな畏れ多いことを! 副会長の腰巾着のくせに、知ったようなことを言わないでちょうだい!」
「腰巾着はそっちっしょ」
「なんですってー!」
キャットファイトを始めんばかりの剣幕で睨み合う二人の間に、城ヶ崎が割って入った。
「はいはい、二人とも。喧嘩はそこまで! カモちゃんもさあ、オタクイジりが楽しいのは分かるけど、いちおう先輩だってこと忘れないようにネ?」
「灰塚も、そのへんにしとけ。俺の見た目がだらしないのは事実だ。指摘されても仕方ない」
「会長がそうおっしゃるなら……」
「……はい、すいません。先輩」
俺たちにとりなされ、渋々といった様子で矛を収める灰塚と鴨鍋。
しかし、一触即発の雰囲気は続いている。
俺を慕ってくれている灰塚と、城ヶ崎を慕っている鴨鍋。
それらしくいえば派閥が違うわけで、二人の仲がよろしくないのは無理もないかもしれない。
しかし、聞くところによれば、彼女たちは生徒会に入る前から険悪だったらしい。
となると、俺や城ヶ崎とは無関係な部分で、あるいはそれを含めて相容れないのだろう。
何にせよ、先輩として、いつかそのへんの軋轢も解消してやらないとな。
「咲妃様! お飲み物はいかがなされますか? 自分が後から持っていきます!」
「先輩。コーラでいいッスか? 氷なしの」
「カモちゃんありがと~! ウチはジンジャーで!」
「おう、悪いな」
それぞれ、コップを両手に持った後輩二人が、俺と城ヶ崎のドリンクを用意してくれるようだ。
代わりに、俺はマイクと領収書つきバインダーの入ったカゴを持って、城ヶ崎と三十二番ルームへ。
しめたっ! ようやく城ヶ崎と二人きりになれた。
今のうちに、聞きたかったことを聞いておこう。
「城ヶ崎。『全部が嘘じゃない』ってどういうことだ。俺とお前の勝負は継続ってことでいいのか?」
「勝負ぅ? よく分かんなーい。そんなことよりさ、普通にカラオケ楽しもっ。ねえ、オタク何歌う? アンタ結構灰塚ちゃんとカラオケ行ってるっしょ。最初、なんか一緒に歌わない?」
「う、うわっ!」
選曲用のタブレットを持った城ヶ崎が、俺の隣にぴったりとくっついてきた。
城ヶ崎の髪から、甘い頭髪用洗剤の匂いが漂ってくる。
な、なんだこいつ! いきなり距離なんか詰めてきやがって!
「ちょ、何だよお前! 近えよ!」
「なーに照れてんのよオタク。こんくらい普通っしょ? あ、これ歌わない? スピンズの『Emotion』ウチ、これめっちゃ好きなんだよねー」
慌てて離れても、城ヶ崎の方からグイグイ近づいてきて、ついには壁際に追い詰められてしまった。
「そ、そういう作戦か!? 俺の警戒を解いて、その隙に俺を惚れさせようってことなのか!?」
「だーかーら、惚れさせるとかウチぜんっぜんそんなつもりないから! ただ単に、ウチはオタクと仲良くなりたいだけ。イヤ?」
小首をかしげながら、ニコッと微笑みかけてくる城ヶ崎。
く、くおおお! なんて素直に攻めてきやがるんだ!
俺はそういう普通のアプローチに弱いと知ってのことか!?
おのれ、騙されんぞ! 俺はお前の本当の顔を知っているんだ!
これも全て、俺を敗北させようとする過程に過ぎんということを!
ならば、今こそ逆襲のとき!
「イヤじゃない。むしろ望むところだ!」
「望むところ!?」
よし、効いたぞ! やはりこいつには、こういうド直球のセリフが有効だ!
「俺は、城ヶ崎と親密になりたい! お前のことがもっと知りたいんだ!」
顔を真っ赤にしていた城ヶ崎は、腕組みをしてプイとそっぽを向いた。
「ふ、ふーん! ウチだってそうよ! もとはアンタとカラオケに行きたくて企画したことなんだから!」
「お、俺と……? 本当か……?」
城ヶ崎が、俺とカラオケに行きたかった……?
そ、それって、もしかして俺のことが、
「ウ・ソ」
「っ……!」
「やーい、引っかかってやんの、ばーかばーか。普通に生徒会の皆で打ち上げしたかったからに決まってんでしょ」
「ぐ、ぐうううう!」
バカな……! もう耐性をつけたというのか、俺のセリフに!
畜生、頭では分かっていたのに!
密室、密着、密接の三密構造が、俺の精神を敗北に追い込んだんだ!
また俺は……城ヶ崎に敗北してしまった!
「ことわざ『オタクの早とちり』意味:ちょっと可愛い子に馴れ馴れしくされたくらいですぐに自分のことを好きだと思い込むオタクのこと。また、その滑稽さを笑う言葉」
「やめろ! 何だその本当に辞書に載ってそうな侮辱は!」
「ねえねえどんな気持ち? 自分のこと好きかもって思ってた女の子が、実はからかってただけって気づくのってどんな気持ち? ん? ん? ほら、言ってみ?」
「うるせえ! 顔覗き込むな! つーか、いい加減離れ――」
ガチャリ
「お待たせしました、咲妃様! ちょっと迷ってしまい……」
「ったく、だーから最初から案内表示見ろって言ったんス……よ……」
部屋に入ってきた鴨鍋と灰塚が見たもの。
それは、薄暗いカラオケルームで、もみくちゃに絡み合っている俺と城ヶ崎の姿だった。
「は、はれんち……」
「先輩……」
「ま、待て二人とも! これは本当に違うんだ! 今お前たちが考えていることは勘違いだから!」
「そう! 本当に違うから! ウチがオタクとイチャイチャしてたとか、ぜんっぜんそんなことないから!」
何が違うんだかさっぱり分からない弁明を繰り返しながら、俺と城ヶ崎はズザザっと距離をとった。
しかし、鴨鍋はきっと目を吊り上げて、城ヶ崎を庇うように立ちふさがった。
「だ、大丈夫ですか咲妃様! まさか副会長がこんな公共の場で不埒な行いに及ぶとは……!」
「お、及んでねえよ! だいたいあれは城ヶ崎の方から……!」
「違うもん違うもん! オタクの方からだもん!」
「ほら、咲妃様もそうおっしゃっているでしょう! 言い訳はしないでください、見苦しい! 私たちをドリンクバーに行かせた隙に会長を手籠めにするつもりだったくせに!」
「んなわけあるか! どんだけ早漏なんだよ俺は! って何言わせてんだ!」
「早漏……?」
「何で手籠めは分かるのに早漏は分かんねえんだよ!」
ええい、こいつと話してもラチが開かん!
まずは灰塚の誤解を解く方が先だ!
「は、灰塚! 落ち着いて聞いてくれ。俺は城ヶ崎と妙なことをしようとしたわけじゃない。分かってくれるな?」
「……はい。分かってます」
「おお、分かってくれるか!」
灰塚は無表情のまま、ポロポロと涙を流し始めた。
「本当は……先輩は会長と……付き合ってるんスよね……? どうして正直に言ってくれなかったんスか……?」
「灰塚ああああ! ちょっと来いお前! 話をしよう俺と二人で冷静に!」
「やめてください、先輩! 自分はもう全部分かってますから!」
「大人しくお縄につくのです、副会長! 一度ならず二度までも罪を重ねるおつもりですか!」
「この流れからそんな流れになるか! 性欲魔神か俺は!」
俺は灰塚を引きずって、無理やりドリンクバーまで連れて行った。
◆
「咲妃様、本当に大丈夫なのですか?」
「う、うん。本当に大丈夫だから……」
ウチは心配そうな鴨鍋ちゃんをなだめながら、ジンジャーエールをジューっとすすった。
本当は、ちょっとくっつくだけで済ませるつもりだったのに、二人がなかなかこっちに来ないから、つい調子に乗っちゃった……。
だって、しょうがないじゃない! オタクがいちいち面白い反応するから!
でも、所詮はなんとかのひとつ覚えね。
あいつが私をドキッとさせようとするパターンはもう把握したわ!
毎回同じ手が通用すると思ったら大間違いなんだから!
……でも、もしさっきカモちゃんたちが入ってこなかったら。
ウチら、ちょっと変な感じになってなかった?
自分でもビックリするくらい距離近かったし……。
それにちょっと、二人が来たとき、ウチったらちょっとがっかりしてたような……。
う、ううん! そんなことあるわけないわ!
あんなダサいオタクなんかとイチャイチャして楽しいわけじゃない!
あれはぜんぶただの演技! そうだったでしょ!
……オタクも、そうだったのかな? ぜんぶ嘘だったのかな……?
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