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第10話『灰塚潮はつながりたい』

灰塚ちゃんデート回、開幕!

 そして、迎えた灰塚とのデート(練習)当日。

 俺はショッピングモール『ららぽ』の東館入り口付近に来ていた。

 服装は、襟付きの白いシャツに黒のスキニーパンツという無難なもの。

 目の前にある『ららぽ君』と名付けられた像の前は、ここで遊ぶときの鉄板の待ち合わせ場所らしい。

 

 待ち合わせ時間は十一時。現在の時刻は十時半。

 若干早く来すぎたかと思ったが、家にいてもソワソワして落ち着かないので、さっさと出てくることにした。

 今まで、灰塚と二人で遊ぶときは、いつも集合時間ギリギリに着くのが常だったので、あいつも驚くだろう。

 しかし、明確にデートと明言した上で女子と遊ぶのは、結構珍しいことかもしれない。


 人は、異性相手には自分の好意を隠そうとするものである。

 デートと銘打ってしまうと『私はあなたと男女の関係になりたいんです』と赤裸々に打ち明けているようなもの。

 もちろん、遊びに誘う時点で、ある程度の好意は示しているも同然。

 だからこそ、人は『食事をしたい』とか『映画を観よう』と、別の目的を上書きして、下心をオブラートに包んでいるのだ。

 普通、デートという言葉を明確に使うのは、付き合ったあとの男女が主だろう。

 そう考えると、城ヶ崎がお礼という名目で俺をデートに誘ったのには、もしかすると裏の意味があるのかもしれない。

 まあ、そのへんも踏まえて、今回の灰塚とのデート(練習)に臨むとしよう。


 さて、あいつはどんな格好でくるかな。

 いつもはオーバーサイズのパーカーにジーンズのような、体のラインを見せないボーイッシュなファッションばかりだから、自ら『女子っぽく行く』と宣言したあいつの服装には興味がある。


 ピロン


『灰塚:つきました。ららぽ君前でいいですよね?』


 お、ちょうど到着したようだ。

 俺は開いた自動ドアをくぐって現れた人物に、何気なく目を向ける。

 と、思わず持っていたスマホを取り落としそうになった。


「お……おはようございます、先輩。早いんスね」


「お、おう……おはよう」


 ぎこちない挨拶を交わす俺たち。

 灰塚は気恥ずかしそうに視線を落とし、俺と目を合わせようとしない。

 それもそのはず。

 今日の灰塚のファッションは、清楚系ガーリーコーデ。

 水色のシャツワンピースに、ベルトを締め、見慣れないポーチまで肩からかけている。

 ギュッと握りしめているスカートの丈は、制服のときよりも長いはずなのに、なぜかいつもより魅力的に見えた。

 

「自分、女子っぽい服ってこれくらいしか持ってなかったんスけど……変じゃないッスかね?」


「い――いや、ぜんぜん変じゃないぞ。むしろ、よく似合ってる。そのポーチも洒落てるな。もともと持ってたのか?」


 にわか仕込みのデート知識その一。

 女子を褒めるときは、小物やアクセサリーを褒めろ。

 男からはあまり意識していないような部分に、女子は強いこだわりを持ってコーディネートしていることがあるから……とのこと。

 さっそく実践してみたのだが、効果はあったようだ。

 灰塚は嬉しそうにポーチをこちらに見せてきた。

 

「は、はい! 前見かけたとき、どうしても欲しくなって買ったんスけど、でも使う機会なくてずっとしまってたんスよ」


「そうか。今日使えてよかったな」


「そッスね。やっぱり飾っとくだけじゃもったいないんで。……ていうか、先輩そういう普通の褒め方できたんスね。今のは自分的にポイント高いッスよ」


「そりゃ調べたからな。城ヶ崎とのデートのために」


 たとえ付け焼き刃でも、一度実戦を経験しているかどうかでは天地の差がある。

 今日の灰塚とのデートで、可能な限りのデート知識を実践してみるつもりだ。

 すると、上機嫌だった灰塚の表情が曇った。


「……そこは嘘でも、自分とのデートのためって言うもんッスよ」


「え? でも、今日はデートの練習ってことで集まったんだし」


「ああもう! 先輩、本気で女子落としたいなら、ちょっとは嘘つくこと覚えてください。先輩は正直すぎるんスよ。今日は自分とのデ……デートなんスから、自分を喜ばせることを意識してくださいね」


「む……分かった。努力する」


 要は、何を言えば相手が喜ぶか、考えて喋れというわけだ。

 確かに、城ヶ崎に勝利するためには、そういう言動を意識して行うのは必須項目だろうな。

 俺もラブコメ漫画はよく読んでいるし、どの状況で何をすればいいかはだいたい想像がつく。

 嘘と割り切れば、歯の浮くようなセリフを言うことにも、さほど抵抗はない。

 ……なんか、相手を騙してるみたいで気は引けるけどな。

 

「じゃ、軽く中見て回るか」


 俺はさりげなく灰塚の細い手をとってみた。

 ひんやりとした指先の感触から、灰塚が緊張していることが伝わってくる。

 

「あっ……」


 しかし、灰塚が驚いたように、とっさに手を引っ込めてしまう。

 しまった、いきなり手をつなぐのは早すぎたか!?

 館内はそれなりに混雑しているから、はぐれないために手をつなぐのはそれなりに理にかなった行動だと思ったんだが……!


「わ、悪い灰塚」


「い、いえ! ちょっとビックリしただけなんで、自分は、別に……」


 灰塚はしばらくためらっていたが、やがておずおずと手をこちらに差し出してきた。


「イヤじゃ、ないんで……」


「お、おう……」


 俺は差し出された手をとり、指同士を絡め合う、いわゆる恋人つなぎをしてみた。

 やはり、カップルで手をつなぐといったらこれだろう。

 ところが、またも灰塚がビクッと身体を震わせる。


「せ、先輩! こういうときは、こう……握手するみたいにつなぐのが普通ッスよ! いきなり恋人つなぎとか、絶対相手に引かれますから!」


「ええっ! そうだったのか、すまん!」


 くっ……! 俺のデート知識のなさが露見してしまった。

 俺は慌てて手をほどき、握手つなぎに直す。

 

「ま、まあ、会長相手に飛び道具として試してみるならいいんじゃないッスか? 絶対ビックリしますよ」


「そうだな。やってみよう」


 なるほど、デートで初っ端から恋人つなぎをかませば、城ヶ崎のヤツをビビらせることは可能だろう。

 あえてセオリー通りにいかないことで、城ヶ崎の虚を突くわけだ。

 俺は灰塚と手をつないだまま歩き出した。


「……なんか、思ったより恥ずかしいな、これ」


「そ、そッスね……」


 手をつないで歩く=俺たちは付き合っていますと公言しているに等しい行為だ。

 たとえ周りは気にしていないとしても、思春期真っ只中の俺たちにとっては劇薬である。

 それに、手をつないでいる関係上、自然とお互いの距離も近くなる。

 時折、軽く肩が触れ合うたびに、灰塚が身を固くしているのが感じ取れた。

 デートの空気感を体験するという意味では、すでにこれ以上ないほどのものを俺は得ていた。

 

「…………」


「…………」


 か、会話のとっかかりが見つからん!

 何故だ、いつもなら漫画なりゲームなり、いくらでも話題がひねり出せるというのに!

 デートという緊張感が、俺と灰塚の間に厚い障壁を作り出しているかのようだった。

 くっ……! こういうとき、モテる男はどんな話をするんだ!?

 おっと、焦るな俺。これはあくまでデートの練習。

 分からないことがあったら、素直に灰塚に聞けばいいんだ。


「灰塚。正直に言うが、俺は今緊張している。お前にどんな話題を振ったらいいか分からない状態だ。どうすればいい?」


「……い、いえ。別に、無理はしなくていいんじゃないッスかね? 先輩の自然体が一番ッスよ」


 そう言いながら、灰塚は俺の手を握り直す。

 どっちだよ!? さっきは喜ばせる嘘をつけとか言ってたくせに!

 いや、これは……ただ手をつないで歩いているという状況を楽しむということも、デートとしてはアリだと言いたいのか?

 なるほど、自然体か。なら、正直に思ったことを言ってみよう。


「灰塚。手汗すごいけど拭かなくて大丈夫か?」


「……先輩、そこは嘘をついてほしいところです」


 あ、やっぱり?

 

 

デート回、まだ続きます!

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